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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 朱音がとっさに腕をふりまわした時、鈍い音がして、突然、男が動きを止めた。


 こちらに腕をのばしたまま、妙な角度に首を曲げてじっとしている。


 と思ったら、男がいきなり地面に倒れこんだ。


(え、えっと……?)


 何がおこったのだろう。


 男はそのまま起きあがってこない。


 気絶しているみたいだ。


 まさか朱音の鉄拳で倒れたのだろうか。


「……私ってもしかして拳法の才能ある?」


『なわけないだろ。

 俺には勝手に倒れたように見えたぞ。

 朱音の鉄拳、届いてなかったし』


 ふわふわと朱音の袖からでた黄黄が、男に近づいて頬をつっつく。


 朱音もおそるおそる近づいてみた。


 男の側頭部に痛そうな瘤ができている。


 そして少しはなれた草陰に、かなり大きな石ころが落ちていた。


(偶然?

 たまたま誰かが石を投げてあたったとか?)


 一瞬、龍仁の顔が浮かんだ。


 なんでも嫌味なくらいにうまくできる彼は、剣の腕だけでなく、こういった礫当ても得意だった。


 男の瘤がついた角度から判断して、石が飛んできたらしきほう見る。


 誰もいない。


『とりあえずこいつが正気づいたらまずい、はやく逃げようぜ』


「ま、待って。

 いちおうこの人がどういう人かさぐっておいたほうがよくない?」


 男の顔を改めて見る。


 典型的な真面目武人といった顔だちで品がいい。


 どうしてこんな人が男子禁制の後宮にいて、いきなり襲ってきたのか。


 首をかしげながら鎧の下をさぐってみる。


『……なんか衣の中さがすの手慣れてるな、朱音』


「四年も龍仁様の隙をうかがっては玉をさがし続けてきたから。

 龍仁様ったら最初のころは私が手をのばしただけで眼を覚まして腕をつかんでたのに、慣れてきたら私が一生懸命さがしてるの笑いながら狸寝入りして見てるのよ、腹が立つったら!」


『なんつーか。

 その、ご馳走さま?』


「それ、どういう意味」


 男の人の懐をさぐって平気な自分が恥ずかしい。


 ついでにどこらへんに私物を入れるか見当がつくあたりも嫌だ。


 帯の間をさぐった時、ぽろりと割符がでてきた。


 後宮を囲む門や各宮殿へ出入りする時に見せる身分を証明する札だ。


 そこに刻まれた字を見て、朱音は驚いた。


(これ、まさか……!)


 瑞鳳宮に仕える証。


 この男は皇太后直属の武官だ。


 その時、視線を感じた。


 あの女人がこちらに向きなおっていた。


 距離があるし薄暗いから、顔立ちは細かなところまではわからない。


 だが首をかしげるようにしてこちらを見る顔に、既視感がある。


 少しやつれているが、すっきりのびた眉、気の強そうな険しい眼の綺麗な人だ。


 かすかに白髪の混じる髪からして、四十過ぎくらいか。


 そこまで見て、はっとする。


(この人だ……!)


 歳はとっているけど、あの陰の気の記憶で見た女人だ。


 じっと目を凝らせば、彼女の背後にどす黒い陰の気が渦を巻いているのを感じる。


 同時に悟る。


 彼女もまたこちらに気づいたと。


 あの陰の気が見せた光景。


 あれはこの女の記憶だ。


 そしてあの時のぞいていたのが朱音だと、彼女が気づいたことを、そそがれる視線で直感した。


 女の唇が動く。


『見つけた』


 距離があって声は聞こえないが、そう彼女がつぶやいたとわかった。


 ぞくりと悪寒が走る。


 女がにたりと笑って舌なめずりする。


 その女の顔に、朱音の頭の中を今までに見聞きしてきたことが一気に駆け巡った。


 龍仁が攻めあぐねている皇太后の不思議な力、陰の気の糸に巻きつかれて病に倒れたのは龍仁に味方する官の娘、襲ってきたのは皇太后直属の武官、そして陰の気をまとった女がここにいる。


(ま、さか、この方、皇太后様!?)


 他に考えられない。


 寿命の半分と引き換えに、陰の気に腕を差し伸べていた皇太后。


 彼女はあの時、陰の気をつかって外の官吏たちをも操る力を手に入れたのではないか。


(このこと、龍仁様に知らせなきゃ!)


 だがまずい。


 皇太后は後宮を牛耳っている。


 朱音を捕らえよと命じられたら、龍仁のもとまでたどりつけない。


 朱音は自分の顔に手をやった。


 大丈夫、顔をおおう紗はとれていない。


 周囲には倒れている男の他に人の気配もない。


 皇太后はお忍びでここまで来ていたらしい。


 なら、この場を逃げきれば、後宮の女たちの中にまぎれ込める。


 皇太后に見つける手立てはない。


「黄黄、逃げるわよ」


 小さくささやくと、じりじりと後退する。


 廟の捜索どころではない。


 こんなところで自分たちが捕まったら、病床の龍仁の足を引っ張ってしまう。


 陰の気がざわめいている。


 だがまだ黄昏時だ、陽の光が残っている。


 こちらをにらむように見つめる女と距離をとると、朱音は身をひるがえして木立の中へ駆けいった。


 陽のさす場所を縫うようにして人の多い殿舎のあるほうへと逃げる。


 女は追ってこなかった。


 皇太后ともあろう者が自ら人を追うまでもない、すぐ捕まえられると余裕をもっているのだろうか。


 朱音には確かめられない。


 振り返る余裕はなかったから。


 必死に駆ける朱音の背後で、真紅に染まった夕日がゆっくりと沈んでいった。


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