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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 端女は勝手に夜の後宮内をうろつくことは禁じられている。


 それに朱音も陰の木がざわざわとざわめきまわる夜に外へでる勇気はない。


 禁足令もでている。


 なのでぎりぎり陽が沈みかけてから夜になるまでの時間、入浴や食事にあてる外出許可時間にさがしにいくことにする。


 今日は食欲がないから残ると断って、同僚たちが食事にいった隙に行李から私物の衣をだす。


 佑鷹がくれた衣だ。


 一枚くらい私服があってもいいだろうと持ってきたのが役に立つ。


 さすがは皇帝の側近があつらえてくれた衣だけに、遠目でもわかる豪華なつくりで、妃候補の令嬢か、その侍女に見えなくもない。


 衣をこっそり持ちだして、木立の中で着替える。


 薄い布を頭からかぶれば、黄昏の薄闇も手伝って朱音の顔も瞳の色も見えない。


『結局さ、朱音って龍仁にいいようにつかわれてるよなあ』


 どこからともなく現れた黄黄が、ふよふよと宙を飛んでついてきてくれる。


『なあ、やめないか?

 妃候補の選定をしろって言われただけなんだろ?

 なんでそんな後宮に巣食う陰の気を調べるなんてとこまで深入りしてんだよ。

 意味わかんねえ』


「ベ、別にあの人に言われたからしてるんじゃないもの。

 私が気になったからしてるだけ。

 だって龍仁様はうろうろするな、花仙の力はつかうなって言っておられたし」


『そこは龍仁が正しいぜ。

 そんなに会いたいのか?』


「え?」


『だって何か見つけたら、報告って形で龍仁のとこにいけるかもって頑張ってるんじゃないのか?

 佑鷹あたりに頼んでこっそり後宮から連れだしてもらって』


 それは……考えてもみなかったと言えば嘘になる。


 無事とは聞いたが、この眼で彼の姿を見たいと思う。


 なのに今までのことがあって照れくさいのか、口を開くといつもの憎まれ口が飛びだしていた。


「ベ、別に。

 私は仕事をやり遂げて今度こそあの人をぎゃふんと言わせたいだけ。

 そんなに言うなら黄黄はひきかえしていいわよ。

 危ないんだし」


『馬鹿、俺が帰ってどうするよ。

 お前一人で大丈夫なわけないだろ』


「大丈夫よ。

 私、護身用に拳法習ってるんだから」


『元の邸第にいた時、一人で房にいる暇つぶしに型だけ格好つけてただけだろ。

 それにあれって龍仁が毎朝やってる体操もどきで、別に実戦の型じゃないじゃないか』


「す、すべての基本は型にあるのよ、だから大丈夫!」


『それも龍仁の受け売りじゃねえか。

 ほんと好きだよなあ。

 冬の寒い中、龍仁の鍛錬終わるまでずっと待ってるとか。

 けなげっていうか』


「あれは龍仁様が見ておかないと機嫌が悪くなるからしかたなく見てるのよ。

 終わったらおしぼり渡さないといけないし、仕事よ、仕事っ」


 軽口をたたきあっている間に、後宮の裏手に茂る木立のかなり奥まで入りこんだ。


 むせかえる木の香は深い森にいるみたいだ。


 だがこれだけ木があるのに、声が聞こえてこない。


 皆、息をつめて気配を殺しているような。


 陰の気が凝って廟の姿をとるなら、嫌な気配がするほうへいけばいいはず。


 気をとぎ澄ませながら、今まで近づこうともしなかった方へと歩をすすめると、人がいた。


 香凜だ。


 侍女たちもいる。


 華やかな衣はそのままに、急ぎ顔だけ紗で隠したような女たちが数人、そこにいた。


 毎日さんざんいじめられたのだ。


 顔を隠しても仕草で誰かはわかる。


 声をださずに広範囲に散らばっているのは、こっそり何かをさがしているのだろうか。


(気になるけど、私が見つかるのも困るのよね)


 朱音も隠密行動中だ。


 黄黄には長い袖の影に隠れてもらうと、朱音はこっそり木立を迂回した。


 香凜たちがいたのとは反対側から、嫌な気配のする木立の奥へと入ってみる。


 足音を殺してすすんでいくと、どんどん嫌な気配が濃くなった。


 陽の光のあたらない木陰には、陰の気が蜘蛛の巣のように黒い糸を張りめぐらせているのが見える。


 当たりを引いたのだろうか。


 そして、人影が見えた。


 ぽっかり開けた窪地のような場所で、一人の女人がこちらに背を向けて立っていた。


 顔は見えないが、高々と結いあげた髪や着ている衣から、かなりの身分とわかる。


 侍女ではない。


 誰か妃候補だろうか。


 彼女は何かを待つように、その場に立ちつくしていた。


(誰? 何をしているの?

 もしかして廟が現れるのを待っているの?)


 朱音は顔を確かめようと前に踏みだした。


 そこへ、急に風圧がわいた。


(え?)


 とっさに身をすくめる。


 と、傍の木の幹に匕首がつき刺さった。


(な、なんなのっ!?)


 ふり返ると、男が一人、音もなくこちらに駆けよってくるところだった。


 略式の鎧に身を固め、手は腰の剣にかかっている。


(賊?

 どうしてこんな後宮の奥深くに!?)


 とっさに花仙の力を使おうかと思った。


 足元に小さな女郎花が咲いている。


 牡丹ではないから窮屈だけど、花は花だ。


 宿れる。


 花と同化すればめくらましになる。


 だができない。


 男の眼は完全に朱音をとらえている。


 今さら隠れられない。


 それに背を向けたら斬られる。


 朱音は直感した。


 逃げられない。


 いや、逃げないって決めた。


 龍仁の練習はいつも見ているし相手をしてもらったこともある。


 花仙だけに身が軽くて逃げ足だけは早いと笑われた。


 剣を避け続けていればきっと相手に隙ができる。


「ち、近づいたら鉄拳がうなるわよっ」

 

 怖じ気づきながらも、拳法の型をとってみせる。


 男が脅すように剣を抜き放った。


 不吉な鈍色の刀身が夕日の紅に染まる。


 男が朱音を捕らえようと空いているほうの手をのばしてくる。


(捕まるっ)


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