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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 昔々ある男が、廃寺に咲く牡丹の花を愛でていた。


 詩をひねりながら夜更けになるまで長居してしまった男は、月明かりを浴びながら一人で酒杯をかたむけて、牡丹に詩を捧げていた。


 すると天上の花もかくやとばかりに匂うような美姫が、突然幻のように現れた。


 男が息をつめて見とれていると、女は、


『私は花仙、花の精ですわ。

 あなたが詠じた詩のあまりの美しさに酔わされて、つい姿を現してしまいましたの』


 と言って、傍らに咲くひときわ見事な牡丹の花を指さして消えた。


 男はひと目見た女の美しさが忘れられず、翌日、夜になるのを待って彼女が指さした牡丹にさらなる詩を捧げ、酒をそそいだ。


 すると酔いに花弁をほの紅く染めた花は、ふたたび美しい女に姿を変えて、男の前に現れた。


 男が恋い焦がれる胸の内をせつせつと語ると、ほだされた女は伴侶となる証としての核である小さな玉を男に与えて夫婦になることを承知した。


 二人は仲睦まじく人界で暮らした。


 比翼連理のたとえ通りに。


 そして男が老いた後には、ともに仙界へ居を移して、今でも二人で酒を酌み交わしつつ詩を吟じ、睦みあっているという。





 崔国に伝わる伝承だ。


 いや、ただの伝承ではない。


 朱音の父と母はまさにそうして出会い、相思相愛の夫婦になったのだから。


 今ではめったに人界に姿を現さない花仙だけど、朱音は半分その血を継いでいる。


 朱音の母は美しい白銀の髪に翡翠の瞳、匂やかな肌をもつ白牡丹の精、花仙。


 そして父は落ちぶれてはいたものの、文官の名門、嶺家の詩と花を愛する風流な青年だった。


 二人の出会いは劇的で美しく、母から語られるたびに、朱音は、うっとりと聞き惚れたものだ。


『朱音にもそんな運命の人が現れるかもしれないわね……』


 幸せそうな母の言葉を、幼いころの朱音は信じていた。


 いつか満開の牡丹の苑で、素敵な青年と巡りあって恋に落ちるのだと。


 そして朱音もある日出会ってしまったのだ。


 花に宿っているところを、酔わせて捕らえる人の少年に。


 ただ、娘の朱音が母と違っていたのは……。


(相手がこの意地悪公子だったってことなのよね)


 どうして父のような優しい青年と巡りあえなかったのだろう。


 外れくじをひいてしまったと、朱音は顔をしかめる。


 朱音が龍仁と出会ったのは四年前、十二歳の時だった。


『朱音、けっして人に花仙の正体をばらしてはいけないよ』


 父と母には幼いころから何度も言われていた。


『人は自分とは違うと思うだけで区別をする生き物だし、花仙を手に入れれば力を得られると思っているからね。

 知ればきっと朱音、お前を捕えようとするから』


 だから母の正体も内緒だよと、父は言った。


 朱音と母は嶺家の奥深くで暮らし、顔をあわせた者には異国の出とごまかしていた。


 それらを目にしながら、父と母に慈しまれて育った朱音は、人に警戒心をもてなかった。


 人とは父のように愛情深く、邸の乳母や使用人たちのように優しい人ばかりではないの?


 と、かえって首をかしげていた。


 だって花仙にできるのは体を幻のように透けさせて花に同化したり、草木と心を通わせたりすること、陰や陽の気に敏感なこと、伴侶となった人を仙界へ連れていけることくらい。


 特別扱いをされるとは思えなかったから。


 だからあの夜、朱音は過ちを犯したのだ。


 皇城で開かれる花を愛でる宴に、父が詩の詠じ手として招かれた時、噂に聞く皇城の花苑を見たくて、父が冠に挿した牡丹の花に内緒で宿ってついていった。


 無事、皇城に入った朱音は、歩む父から離れて、広い禁苑を探検してまわった。


 そこかしこに花や木が植えられている苑はうっとりするほど美しく、隠れる場所に困らない。


 朱音は牡丹の花仙だが、一時的に宿るだけなら切花でも他の花でも代用できる。


 人がくれば傍の花木に宿ってやりすごし、朱音は皇城の奥へとどんどん入っていった。


 そして後宮の一画に迷い込んで、見つけたのだ。


 一面に広がる、見事な牡丹の苑を。


 朧にかすんだ月明かりの中、重たげな花弁をゆらして牡丹の花がそこかしこに咲いていた。


 白い花弁に紅い花弁、それ自体が光をはなつかのような見事な花々。


 まるで満点の星が姿をかえて降りてきたかのようだった。


(綺麗……)


 朱音は頬を上気させて、牡丹の苑を歩きまわった。


 あちらの花こちらの花と蝶のように行き来して、花の香に酔ってしまった朱音は、少しだけ休むつもりで一輪の牡丹に宿った。


 人としての体を霞のようにうすれさせて、花に身を重ねて。


 幾重もの花弁をもつ牡丹に同化して眠る朱音は、花そのものにしか見えない。


 誰にも見とがめられないはずだった。


 なのに次に覚えているのはくらくらする強い酒の香。


 そしてこちらを見つめる、焼けつくように熱をおびた、当時十六歳の龍仁の瞳だった。

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