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今と変わらぬ艶やかな笑みをうかべて、この女は四年前、十六だった自分の耳に真実という名の毒をふきこんだ。
『このことがある限り、あなたは一生、私とのつながりを断てないの。
あなたを守れるのは私だけ。
よく覚えておきなさい、そしていつまでも私の可愛い息子でいてね……』
あの夜、当時まだ皇后だったこの女は、うっとりとした顔で我が子に秘密を、皇帝位に関わる事実を睦言のようにささやいた。
『あなたの父は陛下ではないの。
陛下の御父君、崩御された先帝陛下なのよ』
あの時の衝撃は忘れられない。
龍仁を身ごもり先帝の崩御を迎えた母は、そのことを隠し、父の妃となった。
どんなすべを使ったのかはわからない。
後宮の医官や宦官を抱きこみ、新しい皇帝の後宮へ入りこんだ。
そして月足らずの子を産み落とした。
皇位継承の正当性がないと知った時、信じていた世界のすべてが脆く崩れたように感じた。
皇帝の血は継いでいる。
ただし、祖父の血だ。
おぞましくて自分の体を引き裂き、すべての血を流しつくしたくなった。
だが自分がこのことを公にすれば仕えてくれている皆に迷惑がかかる。
父も傷つき苦しむだろう。
雅叡にまで疑惑の眼がいくかもしれない。
一人すべてをのみこんで耐えるしかなかった。
抜け殻のようになっていた自分が息を吹き返したのは、無邪気に笑う朱音に会ったからだ。
彼女の笑みを見た時、知らず涙がこぼれた。
自分が愛され、浄化されたように感じた。
朱音に救われたあの時から、叛逆の牙をといだ。
皇太后もそれに気づいたのだろう。
だからこそ朱音を奪おうと執着して、今、毒杯をすすめてみせる。
これは脅しだ。
自分が飲まないことを前提とした。
拒否すればこの女は、子が母のすすめた酒も飲んでくれないと父に泣きつく。
何も知らない父を味方につけてこちらをなぶる。
そして朱音の居所なり何らかの譲歩を引きだすつもりだ。
(こちらが下心ありで宴をすすめたように、この女もこのために話を受けたか)
さすがは母子だ。
思考が似ている。
ならばどう言いぬけようと退路は断たれている。
この女の望みは朱音を手に入れ、香凜を皇后にすえて、韓一族のさらなる繁栄を約束すること。
それを叶え続ける限り、自分はこの女がもつ不思議な力に援助されて、崔国歴代の皇帝の中でも比類なき力を得るだろう。
国が傾こうともびくともしない、孤独な皇帝位を。
だが。
(子とはいずれ巣立つものなのですよ、母上)
いつまでもいいように扱われる気などない。
そちらがその気なら、どんな攻撃も利用してやる。
もとからそのつもりで用意してきた。
この手を使えばしばらく不自由になる。
が、朱音にも会った。
無事は確かめられたし、しばらく自分が動けなくなっても彼女なら大丈夫だ。
(俺も補給はたっぷりしたしな)
龍仁は杯に手をのばした。
まさか飲むとは思っていなかったのか、皇太后が軽く眼を見開くのが見えた。
「いただきます、母上」
それを横目に、龍仁はそっと自分の袖口から、小さな薬包を取りだした。




