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と、その手をつかまれた。
「……寝込みを襲う気か」
「ち、違いますっ。
というか、どうしてそう龍仁様って勘がいいんですかっ」
反論しかけて、襲うつもりだったと言えばそうだったのだと気がついて、黙る。
「おい、どうした朱音。
やっぱり変だぞお前」
「なんでもないです。
私、今日も朝から働いてつかれていて、この体勢はきついんです。
離してください、って、きゃっ、どうしてもっと深く抱きこんだりなさるんですっ」
「また寝込みを襲われてはたまらん。
このまま拘束しておくから、お前も一緒に寝ろ」
「わ、私は寝ません。
龍仁様こそ風邪ひきますよ」
「それはもう聞いた」
「今、後宮では妙な病が流行ってるんですよ」
「俺は体を鍛えているから大丈夫だ。
いいものも食べているしな」
「自慢ですか。
言っておきますけど、病に倒れているのは上位の妃候補の令嬢ばかりですからね。
いいものを食べているお嬢様ばかりです。
なのに病にかかるんですよ」
急に龍仁が顔をあげた。
「俺はそんな報告受けていないぞ。
宴にも全員出席している。
病の令嬢の名はわかるか」
真剣に聞かれた。
自分の妻になる令嬢のことだと興味がでて眼が覚めるのか。
ちよっとむっとしながらも朱音は名をあげていく。
龍仁が眉をひそめた。
気にかけていた令嬢だったのだろうか。
「正直、こちら方面は期待していなかったのだが。
お前、密偵より役にたつな」
期待してなかったって何。
怒ろうとしたら、龍仁が地面に寝そべった。
もちろん朱音も道連れだ。
「褒美だ、共寝の栄誉を与えてやろう」
「そんなのいりませんっ。
さっきから離してくださいって言ってるじゃないですかっ」
じたばたしながらも彼の傍にいて、彼の香をかいで、ほっとしている自分がいる。
居心地が悪いのに、体に回された彼の腕に妙に馴染んでいる自分に朱音は混乱する。
どうして?
どうしてこんなに龍仁様はくっついてくるの?
何か意味があるの?
わからない。
この人のことが。
あいかわらずふりまわされてばかりだ。
暴れる朱音を押さえつつ、彼は何も言わなかった。
だから朱音も無言のまま暴れた。
口を開けばまた売り言葉買い言葉になってしまうから。
この時間が気まずいけどここちよかったから。
別れる時、龍仁が、ああ、と思いだしたように言った。
懐から小さな壺を取りだす。
「手に塗る軟膏だ。
もらったからやる。
使ってみて効果があったか報告しろ」
「私はお試し役ですか」
憎まれ口をたたくけど、うれしい。
手をだすと、あかぎれを見られてしまつた。
あわてて隠したけどもう遅い。
「……相変わらずやわだな、お前は。
牡丹の花というよりか弱いひな菊だ」
龍仁が眉をひそめる。
「こんなことで大丈夫か?
俺はもうそうそう様子を見に来れないぞ?」
龍仁の顔が妙に深刻だ。
まるで別れを告げているような。
不安になる。
すると彼が少し眼を細めてこちらを見た。
なんだか心配してくれているみたいで、今なら令嬢の首に巻きついていた陰の気のことも、自分の密偵仕事への不安も言えるかと思った。
口を開きかけた時、また龍仁が突き放したように言った。
「あかぎれはできるわ、簡単に侍女どもに捕まって玩具にされるわ。
お前、花仙のくせに人より勝ったところはないのか、情けない。
主の器量まで疑われるだろうが、しっかりしろ」
朱音の胸にまたむかつきがこみあげる。
処罰するなら処罰すればいい。
これ以上、彼の掌の上で遊ばれるのはまっぴらだ。
「大っ嫌い!」
朱音は龍仁の顔めがけて、思いきり軟膏を投げつけた。




