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ぱちぱちと篝火のはぜる音がする。
しばらくその場に座り込んでいた朱音は、のろのろと立ちあがった。
清掃を再開する。
香凜の忠告通りにしたくても、仕事を終えないと房に戻れない。
汚れものの入った桶の中身を所定の場所に捨てにいって、今度は綺麗な玉砂利のはいった桶をもって戻ってくる。
汚れた砂利をとりのぞいたせいでくぼんでしまった箇所に、新しく砂利をしいて竹箒でならす。
その時、誰かの視線を感じたような気がした。
顔をあげてみたが、誰もいない。
(気のせい、か……)
まだ何か期待しているのだろうか。
そんな自分に腹がたった。
(しっかりしなさい、朱音!
そんなだから人形だの猫だのいろいろ言われるのよ!)
自分に活を入れる。
いろいろ考えるから後ろ向きになるのだ。
体を動かさないと。
朱音がやけくそのように力を込めて地面を掃いていると、低い、耳に馴染んだ声をかけられた。
「おい、何をしているんだ、地面がえぐれているぞ」
「え?」
言われて見てみると、玉砂利の層をつきぬけて下の土までけっこうな穴ができている。
(嘘、箒でこれだけ掘っちゃうなんて、私、どれだけ力込めてたの!?)
あわてて手にした箒を見ると見事に先がちびてなくなっている。
というよりこの声はまさか?
背後を確かめようとした時、いきなり逞しい腕が朱音に巻きついた。
そのまま声をだす暇もなく、背後の茂みに引きずり込まれる。
朱音はあわてて竹箒をふりまわした。
「だ、誰!?
さっさと解放しないと、て、鉄拳がうなるんだからっ」
「まったく、主の声もわからんのか。
やはり手っ取り早く強制収容してよかったな。
さもないと声をかけた時点で逃げだしていそうだ、この物覚えの悪い薄情な猫は」
この厭味ったらしい声。
間違いない、龍仁だ。
羽交い絞めにされたまま、朱音はふり返る。
噓でも幻でもない、本物の龍仁がそこにいた。
皇帝の豪華な衣装のまま、窮屈そうに身を折り曲げて、朱音を背後から抱きよせている。
その顔にうかんだ、いつもと同じ意地悪な笑み。
つんと眼の奥が熱くなつた。
嬉しい、素直にそう思えたのに、朱音は次の瞬間、条件反射で顔を横に向けていた。
「ど、どうして龍仁様がこんなところにいらっしゃるんですか」
「……お前な。
会えてうれしいくらい言えんのか」
あきれた声で言って、龍仁がさらに茂みを奥へと、朱音を抱いたまま移動する。
荷物のように連ばれているだけなのに、体に回された腕が気になる。
別に彼に運ばれるのは初めてではないのに恥ずかしくてしかたがない。
「あ、あの龍仁様、離してください、私、自分の足で歩けますからっ」
「しっ。
静かにしろ、いじめっこな侍女どもがまた来るぞ。
さっき姿が見えた」
「え?」
身をすくめて、茂みの葉ごしに苑を見る。
確かにいる。
それも五人も。
一度引いた侍女たちが、数を増やして戻ってきていた。
「あら、あの猫もう帰っちゃったの。
つまんない」
「陛下も中座なさっちゃったし、がっかりね、今夜の宴。
って何、この穴。
危ないじゃない」
侍女たちがきょろきょろしながら朱音をさがしている。
危ないところだった。
朱音は口を押さえて侍女たちがあきらめて立ち去るのを待つ。
朱音の背後では、ぴったりくっついた龍仁の体が笑いをかみ殺すようにゆれているのを感じる。
けっこう悪戯好きなところがあるのだ、この人は。
二人で茂みの奥に身をひそめて、侍女たちが行きすぎるのを待つ。
隠れんぼをしているみたいだ。
朱音の胸の鼓動がどんどん大きくなって、今にも体から飛びだしそうになる。
(龍仁様ってばどうしてここに来られたの?
まさか侍女たちにからまれているのを見て助けにきてくれた、とか……?)
答えを求める胸が苦しい。
それからちょっと反省する。
龍仁の姿は後宮では目立つ。
端女と話す皇帝の姿を見られたくなくて、朱音を茂みに引きこんだだけと気づいたからだ。
考えてみれば単純な理由だ。
自意識過剰な自分が腹立たしい。
とにかくこの体勢が駄目なのだ。
冷静になれない。




