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「待ちなさい!」
と、取り囲まれてしまう。
彼女たちの眼には嗜虐の光がゆれていた。
いつもなら香凜の獲物ということで朱音には手をださないのに、今は離してくれそうにない。
皆、自分の主が期待するように龍仁に近づけないことにいらだって、朱音をいじめてうっぷん晴らしをするつもりらしい。
「お前、まさかとは思うけど、陛下のお姿が見たくて忍び込んできたの?」
「馬鹿ね、端女が中に入れるわけないでしょ」
侍女たちの言葉が朱音の心に突き刺さって、自覚したくなかったことを暴きたてる。
自分は龍仁が憎くて噛みついていたわけではない。
噛みついても許してくれる彼を見ると、近しい存在になれたようで、うれしかったから、夢中で憎まれ口をたたいていたのだ。
(馬鹿だ、私……)
こんな、彼に視線を向けてもらえなくなった今頃になって気がつくなんて。
なんとなく眼の前にいる侍女たちが可哀そうになった。
彼女たちも同じだ。
自分の主のために一生懸命、龍仁の気を引こうと努力して、叶わなくてここにいる。
胸にある焦りといらだちをなんとかしたくて。
いじめの加害者であるはずなのに、寂しい被害者に見えた。
「何よ、その憐みの眼!」
頭を下げない朱音に、侍女たちが声を荒らげる。
朱音が侍女たちにつめよられた時、あきれたようなけだるげな声を投げかけられた。
「何をしているのかしら、あなたたち?」
香凜だ。
侍女もつれず階の上に立っている。
彼女は眼をすっと細めて待女たちを見た。
「もしかして遊んでいたの?
その猫は私のものだと言わなかったかしら?」
「も、もうしわけございません、香凜様っ」
かしこまる侍女たちに、香凜が手をふってさがるように命じる。
侍女たちが気まずげに自分の主のもとへ戻っていって、篝火のたかれた苑には朱音と香凜の二人だけになった。
朱音が平伏すると、香凜が領巾をなびかせて階を降りてきた。
独り言のように眩く。
「まさか端女なのにここにくるとは思わなかったわ。
油断したわね。
早めに知らせてもらえてよかったわ。
それにしてもほんと目ざといったら」
早めに知らせて?
誰が香凜に朱音がここにいることを告げたのだろう。
「あなた幸せね。
ずっと見てくれている人がいるのですもの」
香凜がふっと笑った。
「あなたのように愛されて育った娘にはわからないでしょうね。
皇帝の子を産めないなら何の価値もない。
私はそう育てられたわ。
でも私も陛下もお人形じゃない、ちゃんと自分の意思で動けるの。
私、欲しいものは必ず手に入れてよ。
負けるつもりはないわ、必ず勝つの」
いきなり私的なことを語られて、朱音はとまどう。
どう答えていいかわからずうつむいていると、香凜に言われた。
「こうまで言っても動かないなんて、本当にお人形ね、あなた。
言われるままにしか動かないお人形。
ずっといじめてきたけど少しも反抗しない。
つまらないわ、陛下の猫はいつも毛を逆立ててるって聞いたから期待したのに」
それは何。
猫に見立てるには大人しすぎると言いたいの?
こちらは香凜を喜ばせるために怒る義理はない。
そもそも端女の自分が反抗などしたら処刑される。
できるわけがない。
じっと動かない朱音に、香凜が肩をすくめる。
「ここまで言っても気がつかないお子様なのね、あなた。
なら、せめて私たちの邪魔をしないようにさがっていなさい。
宴の席には近づかないで」
そう言って香凜は、きた時と同じにふわりと去っていった。
朱音を少しもいじめずに。
これは何?
彼女は何のために声をかけてきたのだろう。
まさか朱音を侍女たちから助けてくれるため?
それに欲しいものとは何?
皇后の座……?
朱音にはわからなかった。




