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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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「皇帝陛下が瑞鳳宮で紀候補と侍女たちを集めた宴を開かれるのですって?」


「雅叡様と先帝陛下もご臨席なさるみたいよ、すごいわね!」


 翌日の後宮はその話題で持ちきりだった。


 華やかな催しもなく退屈しきっていた女たちが、ようやくおとずれた見せ場に興奮している。


 気合満々、当日の衣を選ぶ令嬢方の横で、朱音たち端女も大忙しだ。


 宴の給仕は皇太后に仕える女官たちがおこなう。


 端女は瑞鳳宮には入れない。


 だがそれでも忙しい。


「さあさあ、瑞鳳宮にいたる歩廊と苑を磨きあげなくては。

 酔い覚ましに散策をなさる方のために四阿などに椅子の用意も。

 宴は夜だから灯も準備して」


 庭師が整えた苑をさらに人海戦術で徹底的に掃き清め、毛氈を敷いたり天幕をはる。


 人の背丈ほどもある大きな花瓶を飾ったり、美しい細工の施された衝立を倉から出してきたり。


 秋も深まり寂しげな風情を見せていた瑞鳳宮の周囲が、みるみる美々しい装いになっていく。


 だが華やかな宴の席にしては何かが足りない。


 端女の一人がぽつりとつぶやいた。


「花がないのが寂しいわよね」


「しょうがないわよ、今の後宮には花を手折ってはならないって陛下の勅命がでてるから」


 え?


 それは何、初耳だ。


 朱音は眼をまたたかせる。


「即位されてすぐに出された勅命なのよ。

 陛下は花がお好きらしいわ。

 切られた花を見るのは忍びないんですって。

 お優しいのね」


「で、でも牡丹の花は根こそぎ抜かれたって聞いたけど」


「ああ、そのこと。

 丁寧に根を縛って運びだしたっていうから、植え替えただけじやない?」


 どういうこと?


 朱音はとまどった。


 あれは嫌がらせかと思っていたけど、違うのだろうか。


 そこまで考えて、いや、待ってと警戒心を引っ張りだす。


 いつもそうして優しいほうへ心が傾くと、必ず龍仁が一発、腹の立つ言葉を撃ちこんで反対側に跳ね飛ばしてくれたから……。


 と、考えかけて、朱音の胸に風が吹いた。


(そうだった、もう龍仁様は私のこと忘れておられるかもしれないんだった……)


 朱音がちょっと寂しくなった時、わっと端女たちの歓声があがった。


 見ると、庭師たちが美しい陶器の鉢に植わった色とりどりの花を大量に運んでくるところだった。


 今を盛りと咲き誇る、菊に秋桜、秋明菊……。


 すべて丈を小ぶりに抑えることで、狭い鉢に植わっているのに大きな花を咲かせている。


 丹精した花が歓迎されて嬉しいのだろう。


 庭師たちが顔をほころばせる。


「陛下直々の贈り物だよ。

 宴が終われば一房につき一鉢それぞれ持ち帰っていいそうだ。

 たくさんあるから、あんたら下働きの房にもきっと持ち帰れるよ」


「噓、私たちにまで!?

 素敵、なんて粋な計らいをしてくださるのかしら!」


 端女たちは頰を紅潮させて鉢をうけとる。


 と、いつの間に話を聞きつけたのか、ほうぼうの殿舎から妃候補の侍女たちがやってきた。


 そして戦が勃発する。


「ちょっとっ、この鉢はうちのお嬢様のものよ、うちのお嬢様の隣には、この凜々しい陛下をほうふつとさせる竜胆の花こそふさわしいわ!」


「なんですって!?

 あなたのご主人様なんてそっちの地味な秋海棠でじゅうぶんよ!」


 いきなり争奪戦がはじまって、朱音はあっけにとられた。


 仲間の端女たちと離れた場所にかしこまって、騒ぎがおさまるのを待つ。


 隣の端女がぼそりと言った。


「私たちは残り物をもらえたらじゅうぶんだから気楽だけど、あちらは大変ねえ」


「どうしてこんなことで争うの?

 綺麗な花がほしいのはわかるけど、ここにいるのはお嬢様ばかりでしょう?

 自分でいくらでも新しい花を買えるのに」


「馬鹿ね、ここは女の戦場よ?

 しかもあれ、初めての陛下からの下賜品じやない」


 あきれた声で言われた。


「宴の間、目立つ花を隣に置いとけば陛下に声をかけていただけるかもしれないでしょ。

 一番美しい花を下賜されたって見せびらかせば他の人への牽制にもなるし」


「でも夫婦になるのでしょう?

 妃候補同士で争うより前にすることある気がするけど。

 そ、その、恋に落ちるとか、陛下と互いにわかりあえるようにお話ししたりとか」


「恋に落ちたくても、肝心の陛下にお会いできないんだからしょうがないじゃない。

 先に妃の位を手に入れて優位に立っておかないと陛下とお話しもできないわよ」


 それはそうだけど。


 はがゆい。


 というか、もどかしい。


 だってこれでは妃の位に恋しているみたいだ。


 龍仁が正当に評価されていないみたいで、胸がもやもやする。


「白白は後宮に夢を見すぎよ。

 ここの女は争いも覚悟の上というか、どうしてもほしいのよ」


「何が?

 妃の位?」


「違うわ、視線よ」


「視、線……?」


「白白ってやっぱりお嬢様よね。

 一人っ子でしょ。

 見てもらえるのが当たり前って思ってる。

 あのね、妃って何人いると思う?

 で、その中の何人が陛下に顔を見ていただけると思う?」


 後宮に集められた妃候補はすでに五十人。


 宴の席順は当然、上位の令嬢からで。


「見られてなんぼなのよ、女は。

 誰にも見てもらえず、声もかけてもらえず、後宮の片隅で老いていくなんてぞっとするわ。

 そりゃ殺気立つわよ」


「しかも自分だけの問題じゃないもの。

 一族の期待をしょってるわけだし。

 駄目でしたっておめおめと家へ帰れると思う?

 侍女だって主の令嬢と一蓮托生でここにきてるのよ。

 主がぽしゃれば自分もそこまで。

 戦場で命運を共にしてる将と軍馬と同じよ」


(だから必死になるの……)


 朱音は争う侍女たちを見た。


 そう聞かされると彼女たちが悲壮な顔をしているように思えた。


 同僚たちから遠巻きにされた孤独な最初のひと月を思いだす。


 たったひと月だった。


 なのにどうにかなりそうだった。


 ここにいる妃候補たちは家族に望まれてここにきた。


 寂しいからと逃げ戻っても誰も迎えてくれない。


 居場所はもうないのだ。


 せめてもの望みを託して後宮にきたのに、ここでも空気のように扱われたらさすがに心が折れる。


 朱音はぐっとつまった。


 なんだかわからない重苦しいものが胸に押しよせる。


 皆、さがしてる、自分の欠片を。


 他人の中に。


 誰かが自分のことを見てくれている、想ってくれている、その証を。


 朱音もそうだ。


 彼がまだ自分を覚えていてくれている、自分の存在が彼の中から消えていない、そんな証をほしがっている。


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