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次の瞬間、朱音は龍仁に高々と抱きあげられていた。
しかも子どものように片腕に座る形で。
「ち、ちょっと待ってくださいっ。
こんなの人前で未婚の娘にすることですか……!?」
真っ赤になって抗議した朱音の耳に、馬場に集う男たちの感心する声が聞こえてくる。
「あれだけ華奢で小柄とはいえ、人を一人、片腕で軽く抱きあげてしまわれるとは」
「しかも主に蹴りを入れようとするとんでもない女嬬を怒らず、〈一人では戻れないのか〉など、並みの皇族が言える言葉ではないぞ。
なんという度量の広さだ。
さすがは殿下……」
(な、どうしてそういう解釈になるのよっ)
どう見ても理不尽な意地悪をされて強制撤去されているだけなのに、何故にそんな尊敬の眼を向けてくるのだ。
(確かに女嬬ふぜいが、皇族である龍仁様に生意気な態度とるのは変ってわかってるわよ。
だから私だって最初は遠慮したもの。
いつも顔をうつむけて謙虚にしてたもの。
でもそうすると龍仁様が不機嫌になってさんざんいじってくるんだからしょうがないじやないっ)
そして我慢しきれずに朱音がむっとした顔をすると、龍仁は喜ぶ。
それからもっとちょっかいをかけてくる。
救いようがない。
だから今では朱音も馬鹿馬鹿しくなって、最初から喧嘩腰になっている。
(何が完全無欠の皇太子殿下よ。
この人ってば怒った顔が見たくてわざと意地悪してくる性格悪か、逆らわれるのが好きな変態様かどっちかに違いないんだからっ)
主従関係がうまくいかないのは朱音のせいではない。
主が気まぐれの変人すぎるのだ。
そうこう考えている間にも、じたばたする朱音を拘束したまま龍仁は歩を進める。
朱音の抵抗や重さなど、まったく彼の妨げになっていない。
かなりの速度で歩いて、あっという間に外廷と内廷の境を越え、人の少ない華やかな宮殿部分に入っていく。
朱音は自分を抱く男の顔をにらみつけた。
人目が減ったのをいいことに、遠慮なく言ってやる。
「外廷の皆様は、龍仁の普段の私への意地悪をご存じないから完全に思い違いをなさっていましたよ。
誤解を正さないなんてあんまりではありませんか。
優しい主ぶって逆らえない女嬬をいじめるなんて、次期皇帝にあるまじき行為だと思います!」
「それはお互いさまだろう。
お前だってしおらしい女嬬の顔で茶を運んでみせて、俺が油断したら次は眠り薬でも仕込んでやろうと思っていたのではないか?
俺の懐を常に狙っている雌猫のくせに、澄ました女嬬の顔などするな」
朱音の顔が屈辱でさらに赤く染まる。
「なっ、た、確かに私にはあなたから取り戻したいものがありますけどっ……!」
だからといって隙をずっとうかがっているわけではない。
今日の出迎えは純粋に彼を気づかってのことだった。
なのにこんなふうに言うなんて。
だが彼に優しい気持ちを抱いたことを認めるのもしゃくだ。
朱音はぷいと顔を背けた。
「わ、私が隙を狙ってると知っているのに、どうして傍においておられるのですか、不用心です。
お前には無理だと自信満々に笑っておられるのですか?
そういうのを慢心って言うんです、いつか足元をすくわれますから」
「その言い方、そうかそうか、そんなに俺が心配か。
なら素直にそう言えばいいものを」
「だ、誰が心配なんかしていますかっ。
ああ言えばこう言う、龍仁様ってどうしてそう俺様なんですかっ」
口で勝てたためしがない。
どうせ動じないとわかっているけど、龍仁の逞しい胸板をぽかぽかと殴ってやる。
皇太子に対する態度ではないが、今さらだ。
「おい、暴れるな。
落ちるぞ」
「きゃあっ」
いきなり腕を離された。
あわてて彼にしがみつく。
そんな朱音を抱きなおして、龍仁がまた意地悪く笑った。
そして顔をよせると揶揄するようにささやいた。
「そう、そうやってせいぜいしっかりつかまっておけ。
お前は俺の伴侶なんだろう?」
朱音はさらに頭に血がのぼるのを感じた。
悔しい。
掌の上で遊ばれているみたいですごく悔しい。
だがこんないいように扱われても、朱音には彼から離れられない秘密がある。
他の誰も知らない、龍仁と朱音だけの秘密が。
胸の奥がつんとして、眼が熱くなった。
(私、どうしてこの人に囚われてしまったの……)
朱音の脳裏に、初めて会った時の龍仁の、焼き尽くされるかと思った黒い熱い瞳がふっとよぎった。




