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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 後宮で最も大きい宮殿、瑞鳳宮は、後宮中を睥睨できる、皇后が住まうべきところだ。


 皇太后はその瑞鳳宮を占有していた。


 ゆったりと椅子に腰かけた皇太后が、龍仁を見おろす。


 美しい。


 皇太后はその美貌でこの地位までのしあがった人だった。


 微行で邸に訪れた先々帝の眼に止まり、孫ほどの歳の差がありながら、後宮へ迎え入れられた。


 が、すぐに先々帝が崩御してしまう。


 寡婦として後宮を出てどこか廟に入らねばならないところを、今度は先々帝の息子、当時皇太子であった先帝に見初められた。


 父子二代にわたって皇帝を魅了した女。


 若さこそ失ったものの、その美貌の冴えは子が成人を迎えてもいささかの衰えもない。


 いや、それどころか高々と結った髪に金の歩揺や鳳凰の簪を飾り、金糸銀糸で瑞兆を織りだした錦の衣をまとっている様は、娘時代よりさらに華やかさを増し、女帝の風格すらある。


 だが龍仁にはわかる。


 綺麗にぬぐい隠した彼女の眼に宿る、冷たい無機質な光が。


 皇太后のこちらを見る眼、これが〈母〉とは思えない。


 まるで空っぽの器を相手しているような、精巧につくられた与えられた言葉だけを話す絡繰り人形の相手をしているような、妙な違和感がある。


 向かいあっているのにこの女の真意が読めない。


(父上や弟の雅叡になら、情もわくのだがな……)


 わざわざ会いたい相手ではない。


 時候の挨拶などをおこなってしばらくすると、皇太后が唇の紅をきらめかせて言った。


「ねえ、この頃私のところへ伺候する者が減ったのだけど、どうしてかしら」


「私が即位した際に人事異動をおこないましたから、皆忙しいのでしょう。

 そのせいでは」


「ふ一ん、ならあなたのせいよねえ、龍仁?」


 独り言のように言うと、皇太后が首をかしげた。


「ねえ、龍仁。

 あなた、私のことが好き?」


「……母を嫌う子がどこにいるでしょう」


「なら、私の喜ぶことはなんでもしてくれるわよねえ。

 男の子なんてつまらない。

 大きくなったらもう母のことなど見向きもしないのだもの」


 退屈なの、と笑う赤い唇が眼についた。


「でも、男でないと皇帝にはなれないから。

 二人産んでおいてよかったわね……」


 それは脅しか。


 いざとなれば雅叡がいると。


 龍仁は気づかないふりをしてさりげなく話題を望む方向へ向ける。


「お寂しいのでしたら父上のおられる離宮へ行かれてはいかがです?

 供をいたしますよ」


「いやよ、私は出歩くのは嫌い。

 お部屋で遊ぶのが好き。

 何か玩具でもあつらえようかしら。

 ああ、猫なんかいいかもね。

 とってもかわいくてえぐりだしたくなる緑の眼の猫とか」


 我知らず、龍仁の手が怒りにふるえた。


「そう言えば龍仁、あなた猫を飼っていたわね。

 白銀の毛並みの。

 あれはどうしたの?

 皇城にはいないようだけど」


 ちらりと流し目をされて、龍仁はゆったりとくつろいだ顔の下で感情を押し殺す。


「あれは辞めさせました。

 まだ子どもゆえ、皇城に仕えるのは無理ですから」


 やはり皇太后は朱音をさがしている。


 早くこちらが主導権をにぎる必要がある。


 龍仁は孝行息子の顔で提案した。


「そんなにお暇でしたら宴でも開きましょうか。

 秋の夜長を楽しむために」


「あら、いいわね。

 この瑞鳳宮でならいいわよ。

 私ここを出るのは嫌だから。

 妃候補たちや侍女、女宮たちもすべて集めましょ。

 あなたも妃候補たちと顔合わせができていいでしょう?」


 愛情深い母めいた言葉にまぎれて、面通しを要求してくる。


 どこをさがしても見つからない朱音を、妃候補か侍女に紛れこませて隠したと疑いだしたか。


 だが朱音はそんなところにはいない。


 もとは売り言葉に買い言葉でおこなった端女偽装だが、意外に役に立つ。


 龍仁は丁寧に皇太后に辞去の挨拶をおこなった。

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