20
崔国、皇城の中心にいるのは皇帝だ。
当然、政をおこなうのは皇帝で、百官は無条件で従うもの。
民はそう理解している。
だがそううまくいかないのが現実だ。
「皇太后派に寝がえる官がでただと?
すぐ原因を調べろ」
新皇帝の執務室で、龍仁は佑鷹に指示を与えていた。
つい眉間にしわがよる。
皇太后は後宮から一歩もでない。
それでいて外の男たちを器用にあやつる。
(まったく、我が母ながらどうやってあれだけの力を得たのか)
彼女は後宮入りする前はただの箱入り娘だった。
親族の韓家も権勢欲はあるが、ありふれた高官一族にすぎない。
皇帝の龍愛があったとしてもただの女ではこうはいかない。
佑鷹がおそるおそる話しかけてきた。
「皇太后様は希少な生薬を買いあさり、怪しげな道士も集めておられるとか。
中には消息を絶った者もおります。
何かつけ入る隙になるかもしれませんが、どこまで調べていいものか」
舌打ちがもれる。
これが他の官であれば自分も容赦しない。
徹底的に調べてやる。
だが実母だからやっかいなのだ。
へたに近けば、その血を引く自分にまで傷がつく。
今は龍仁に子がないため、同母の弟、雅叡が皇太子の座についている。
だが均衡が崩れれば飢えた狼のような皇族どもが名乗りをあげる。
そうなれば国が乱れる。
(いや、国以前に、他の誰が正当な皇位継承だと主張してこようと、俺はこの座を渡せない)
皇帝の位にいなければ守れないものがあるから。
龍仁はこつこつと指で卓をたたいた。
「……皇太后の動きを封じたいが、あの女がすまう瑞鳳宮は手の者で固めてあるな。
ご機嫌うかがい名目で誰かをおくりこもうにも、警戒されるか」
「皇太后様が気を許しそうな者なら私の母がいますが。
母は陛下の乳母となる前は皇太后様腹心の侍女でしたから。
瑞鳳宮には前から半月とあけずに出入りしていますし。
ですが」
佑鷹が逡巡する。
当然だ。
愛と厳しさをもって龍仁を皇帝たれと育ててくれた乳母だが、佑鷹が龍仁に心から仕えるように、乳母もまず皇太后に忠誠をつくす。
こちらの真意を話さずに利用する手もあるが。
「乳母の病のぐあいはどうだ」
「重篤というわけでもありませんが、起きるとつらいらしく、まだ床にふせっています」
乳母は龍仁の成人に安心したのか、ここ数年寝ついている。
そのことに龍仁は安堵する。
あの忠義の塊の乳母を巻きこみたくない。
「一度見舞に行こう」
「よ、よしてくださいっ」
母譲りの生真面目さで、佑鷹が悲鳴をあげた。
「今のご自分の身分をお考えくださいっ。
何かあれば我が家の責任になります、それに母に与える衝撃もっ。
皇帝に病間にこられたら、緊張のあまり治る病も治らなくなりますっ。
私の胃にも穴が開きますよっ。
ただでさえ皇太后様から瑞鳳宮で養生せぬかと申し入れられていて、断る理由をさがすのに四苦八苦しているのですからっ」
大事な側近を胃痛で死なせるわけにはいかない。
龍仁はあきらめた。
「……不自由だな、皇帝の身分は。
一見なんでもできるように見えて、制約だらけだ」
その時、控えめな声が帳のむこうから聞こえてきた。
「……陛下、失礼いたします」
顔をあげると、渋面をつくった侍中官が、身をすくめるようにして扉の前に立っていた。
「どうした。
しばらく声はかけるなと命じておいたはずだろう」
「それが……」
歯切れが悪い。
何事かと問いなおそうとすると、後ろから苦み走った壮年男が顔をだした。
「ふっ、龍仁、元気にやっているか?」
「ち、父上……!?」
「皇太后に会いにきたついでによってやったぞ。
驚いたか?」
龍仁は絶句した。
いかにも微行といった地味な官服に身をつつんだ男は、先頃、位を降りたばかりの先帝だったからだ。
(位を降りたとたん、自由人になった人だが、この訪問の仕方はなかろう……)
さいわい護衛が二人控えているようだが、その身になにかあったらどうするつもりか。
これでも皇太子時代および皇帝時代は、名君と名高かった人なのだ。
頭痛がしてくる。




