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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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15

 朱音の声が聞こえたような気がした。


 龍仁は走らせていた華をおくと、椅子の背にもたれて息をはいた。


「おい、茶をもて」


 言われる前に動け、気がきかないと言いかけて、もう朱音は傍にいないのだと思いだす。


 むっつりと眉をひそめる。


 いつもなら朱音が控えていて、龍仁が休憩を欲していると、花仙ゆえの敏感さで気配を悟って、声をかける前に茶菓の用意をしてくるのに。


 朱音の大輪の牡丹のような芳しい香や、かすかに傾けられたほっそりとしたうなじ、優しい白い指先を思いだして、龍仁の眉間にみるみる深い溝ができる。


 窓の外を見る。


 見える範囲の景色には、後宮の甍さえない。


 これでも後宮に近い殿舎を選んだというのに。


 もっと近くに……と思いかけて顔をふる。


 これ以上、官吏の出入りする政務の間を後宮に近づけるわけにはいかない。


(我ながら、姑息……)


 衣の上から、いつも肌身離さず持っている玉にふれる。


 少し温もりの移った小さな玉の感触は、硬い蕾をもてあそぶような心地がして、はじめて彼女にふれた時のことを思いださせる。


 今でもよく覚えている。


 美しい月の夜だつた。


 後宮の苑には月より美しい花々が咲きみだれ、花よりも美しい少女がいた。


 長い衣の袖をなびかせて、花の間を舞っていた少女。


 あの時、自分はまだ十六の若僧だったが、それなりに女のことは知っていると思っていた。


 母や後宮の紀たちを見て、女に夢や期待を抱くのは馬鹿のすることと冷めていた。


 なのに彼女を見た瞬間、全身に衝撃がはしった。


 絶対に欲しい、逃がすものかと思った。


 美しいだけの女なら山ほど見た。


 だがあれほど無垢で、楽しげな少女ははじめてだった。


 彼女が花に向かって浮かべた笑みに心を射抜かれた。


 憑かれたように少女の姿を眼で追っていると、彼女は疲れたのか、一輪の牡丹の前でとまった。


 それから起こった、自分の眼を疑うような不思議な光景は忘れない。


 少女の体の輪郭が霞のように薄れて、幾重にもゆれる白い花弁にふわりと重なった。


 次の瞬間、彼女はその埸から跡形もなく消えていた。


 そこには月の光を受けた牡丹が一輪、咲いているだけだった。


 それを見て、彼女が花仙だと知ったのだ。


 あわてて周囲を見て、彼女を見ていたのが自分だけであることを確かめた。


 守役から聞いたことがある。


 花仙を捕まえるには酒をかけて酔わせればいいのだと。


 そして魂の一部である玉を奪えば双方の魂がつながれて、比翼連理の伴侶になれるのだと。


 急いで宴の席までとって返すと、酒の入った水差しを奪って戻った。


 彼女がまだ同じ花に宿っていることを苦しいくらいに祈りながら、根元に酒をそそいだ。


 酒精の香が広がって、大輪の花に少女の顔がうかびあがって見えた。


 まだ彼女がそこにいた安堵感に、体から力が抜けた。


 少女の白い頰に酔いの紅がさすのを間近で眺めた。


 初陣の時より興奮した。


 酒に酔い、ふにゃあ、とおかしな声をあげて腕をのばした無邪気な少女にさらに心を奪われた。


 無事、彼女の玉を手にした時には、喜びに魂がふるえた。


 紅く染まった彼女の唇にくらいつきたくて、でも恐ろしくてできなくて。


 極力、その肌にふれないよう、やわらかな身体を衣ごと抱きあげた。


 軽くて、頼りなくて、それでいてしっかりと生きている証である鼓動を感じて、熱い何かに胸をくすぐられた。


 はじめての感覚だった。


 誰にも奪われないようにいそいで邸第へ戻った。


 人さらいのような真似をしてしまったが、朝になれば身元を聞きだして、もし親がいるなら許しを請えばいいと思っていた。


 翌朝、少女が目覚めたと聞いて、花仙ならば好きだろうと、両腕いっぱいに花をつんで会いにいった。


 そして、その後に起こったことは……。


 龍仁は渋面をつくった。


 ため息もでてこない。


 自分のいたらなさ加減に怒りさえ覚える。


 あれから四年。


 いろいろあったが、朱音を見守ってきた。


 どこよりも安全な後宮へ閉じ込めた。


 さしものあの人にとっても死角だろう。


 密かに優秀な護衛もつけたし、これでしばらくもつはずだ。


 ついでに、万が一ふらちな男の花仙が宿ってまぎれこんでいたり、うかつな朱音が花に見惚れて花仙の正体を現したりしないように、後宮中の牡丹も引っこ抜いた。


 完璧だ。


 それでもまだ落ちつかないのは何故なのか。


 龍仁は腕を組んで黙りこんだ。

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