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蒼夫人がそっとうながしてきた。
「さあ、気持ちはわかりますがそろそろ参りましょう。
あなたは私の遠縁の邸の下働きだったのを推薦したという建前になっていますから、詰所までは一緒に行ってあげられますよ」
「あ、あの、蒼夫人、詰所に行く前に一か所だけ、寄り道していただいていいですか?」
「まあ、どこへ?」
「私が龍仁様とお会いした牡丹苑です。
仕事につけばもう勝手に出歩けないでしょうから」
「あら、思い出の場所なのね?」
とたんに蒼夫人がにまにま顔になるけれど、このさい我慢する。
だってこんなに心が落ちこんでいるのだ。
勇気づけるためにあの美しい光景をもう一度見たい。
自由だった自分が最後に心の底から笑えた思い出の場所を肌で感じたい。
(あの牡丹の苑、確かこっちだったわよね?)
苑の名など知らないから、記憶を頼りに歩を進める。
後宮へ入った門はこの槐の大木が茂った通用門、梅林を越えてしばらく行ったところで……。
そして見つけた。
見覚えのあるが奇岩を重ねた築山と、その上に立つ楼の姿を。
朱音の顔がぱっと明るくなる。
「ここです、蒼夫人!」
言って、先に駆けだした朱音は、築山をまわって愕然とした。
ない。
ない、ない、ない。
あれだけ咲き誇っていた牡丹の木が一本ない。
代わりに見渡す限り札の花が咲いている。
これはこれで美しいのだけど、朱音が求めていた光景とは違う。
蒼夫人がけげんそうに眉をひそめる。
「本当にここですか?」
「の、はずです……」
夜目にも見えた胡桃の大木や、湾曲した橋のかかった池に見覚えがある。
(花の盛りが過ぎたから、植え替えたの?)
通りかかった庭師に蒼夫人が聞いてくれた。
「ああ、牡丹苑か。
ここだよ」
「で、でも一本もないんですけど」
「皇帝陛下の命令でな、全部引っこ抜いたんだ。
新しい陛下は牡丹がお好きでないようだな。
万が一眼に入ったら困るとかで、他にも何か所か根こそぎ抜いたところがあるよ」
朱音の足がふらりとよろめいた。
(そこまで牡丹が嫌いなのっー!?)
ここまでくると憎まれているといったほうがいいかもしれない。
朱音の体がふるふるとふるえだす。
父母との幸せな暮らしを奪っただけでは飽き足らず、美しい思い出の場所までをも消し去った男への怒りのあまり、息すら満足につけない。
龍仁を偲ぶ感傷がきれいさっぱり飛んで増えていく。
次の瞬間、朱音は拳をにぎって、秋の空にむかって叫んでいた。
「あんの意地悪大王、大っ嫌いっー!」




