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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 龍仁がこれ見よがしにため息をついた。


「俺は逃がす気はないと言っているのに、いつまでも往生際が悪いな。

 もうすぐ皇城に引っ越すだろう、その準備のことを言ったのだ。

 今日は遠駆けついでに様子を見てきた。

 気の早い後宮の妃候補どもがもう荷を運び入れていたぞ。

 お前も後れをとるな」


「後宮、ですか……」


 国中からえりすぐりの娘を集めた、皇帝の妃が暮らすための場所だ。


 そして妃候補というのは、これから数ヶ月の準備期間をへて、妃の階位を与えられる予定の令嬢たちのこと。


 そうか。


 この人もとうとう妃を迎えるのか。


 他人事のように思った。


 前から予定されていたことなのに、なんだか現実味がない。


 この年齢の皇族なら、妃が一人や二人いて当たり前なのに、龍仁は今まで邸第にそういう女人を入れたことがなかったから。


 隣に座る龍仁を見る。


 身長差があるから顔をあげずに向かいあうと、朱音の視線は龍仁の胸元でとまる。


 表情は見えない。


 でもそれでいい。


 こちらの顔も見えないだろうから、遠慮なくを見ることができる。


 朱音がまっすぐ向きあったのに、今度は龍仁が気まずかったのか、少し身をそらす。


 つくづく息のあわない主従だなと思う。


 龍仁はどうしてこんな気のあわない女嬬に我慢しているのだろう。


 自分の忍耐力を試して楽しんでいるのだろうか。


 朱音がいろいろと龍仁について考察していると、彼がまたぽつりと言った。


「俺は後宮などいらないと言ったのだがな。

 皇后陛下にしきたりだからと押し切られた。

 娘を差しだす高官どもとの兼ねあいもあるしな」


 皇后。


 龍仁の母だ。


 もうすぐ皇太后と名を変えるけど。


 皇后のすすめは当然だ。


 彼には世継ぎを残す義務がある。


 だからこの場合彼に仕える女嬬の身としては、おめでとうございます、と言うべきなのか。


 それとも、頑張ってください、と?


 どちらにすべきかと考えて、朱音はためらう。


 だって彼は今も朱音の〈玉〉をどこかにもっているはずで。


(私の玉をもったまま、他の女の人と戯れるの……?)


 不潔だ。


 むかむかむかといらだちがこみあげてくる。


 彼が誰と何をしようが、形だけの伴侶である自分に関係はないし、文句を言う権利もない。


 だけど嫌だ。


 だって〈玉〉は朱音そのもの。


 魂の一部。


 ずっともたれているだけでも、彼と常につながっているような、直に心をつかまれているような妙な感覚がして落ちつかないのに、このうえ知らない女人と、はい、あ一ん、などと甘い手料理を食べさせあうようないちゃいちゃ夫婦生活でもされたら。


(やだっ。

 まるで私も一緒になってただれた女遊びしてるか、二人の仲をのぞいているみたいじゃないっ。

 私にそんな趣味ないものっ。

 龍仁様の変態つ、助平つ)


 最低だ。


 だけど他の女の人といる時は玉を体から外してくださいというのもなんだか変で。


 ああ、もう、こんなややこしい関係にしないでほしい。


「おい、何を顔をしかめている。

 やきもちでも焼いているのか?」


「違います!」


「……お前は変わらないな、大人の話もできん。

 子どもっぽい。

 育て方を間違えたか」


 大きなお世話だ。


 だいたいこちらは育てられた覚えはないし、子どもと対等に口喧嘩したり、いじめてきたりする大人げないそちらだって問題があるのでは?


 朱音が胸の中で罵詈雑言をはいていると、龍仁が朱音の白銀に輝く髪を手もとった。


「ではやはりしょうがないな、姿を変えさせるしか。

 月夜に輝く白牡丹の、露をおいた花弁の色か。

 瞳の色はどうしようもないから胡人の血を引いているとごまかすとして、この髪は染めねばならんな。

 もったいないが」


「な、なんですか、いきなり」


「何って俺が銀の毛並みをした珍しい猫を飼っていることは皆が知っている。

 目立つわけにはいかないだろう。

 後宮は女の苑だ、さすがの俺も眼が届ききらない。

 いじめられでもしたら俺も寝覚めが悪いからな。

 幸いお前の顔を知る者は少ない。

 身分を偽れ」


 ちょっと私は猫扱いなの?


 と、怒りかけて、聞き捨てならない単語があったのに気がつく。


 後宮?


 自分は皇帝となった龍仁とともに皇城に引っ越して、奥向きにある彼の居城、雲竜宮で、今までどおり傍仕えとして働くのではないの?


 眼をまたたかせると、龍仁が聞き間違えようのないはっきりした言葉で言った。


「皇城では、俺の世話は専任の官がおこなう。

 臥所周りだろうと公の場だ。

 人も多い。

 お前のような女嬬のいる場所はない。

 だからお前は後宮に入れ」


 一瞬、朱音の思考がすべてとまった。


 衝撃が脳天からつま先までをかけおりる。


 しばらく呆然としてから、朱音は急いで考えた。


 彼はどういうつもりでこんなことを言っているの?


 話の流れからすると、朱音は龍仁の傍仕えの任をとかれて、新しく後宮に入れられる、そういうことのようだけど。


(私じゃ皇城づとめはつとまらないってこと……!?)


 そんなっ。


 全身から血の気が失せていくのが自分でもわかった。


 確かに不本意な女嬬生活だった。


 ずっと逃げたいと思っているし、龍仁のことも大嫌いだ。


 女嬬の勤めには向いていないかもとも思う。


 この邸第にきた最初のころは自分のおかれた立場がわからなくて泣いてばかりいたし、自分なりに心を納得させて女嬬の仕事をやると決意した後もずっと嫌味を言われる。


 だけど文句を言いつつも彼が朱音を傍仕えから外さなかったのは、仕事ぶりを認めてくれていたからではないの?


 最初の出会いこそ珍しい蝶を見つけてつい捕らえてしまったような感覚だったとしても、その後、朱音を認めたから、花仙の力を見せろとも言わずに女嬬の仕事をあたえたのではないの?


 だから朱音だって、頑張ろうと思ったのだ。


 玉を取り戻すことはあきらめていないけど、ここにいるかぎりはしっかり働こうと。


 彼もきっと根は悪い人じゃない、そのうちできる女嬬と認められたら他の侍女たちのように優しい顔を向けてくれるのではないか、玉も返してくれるのではないか。


 そうなれば胸を張って父や母のもとへ帰れるのではと、いいほうに考えた。


 難癖をつけられながらも、今度こそ彼から満足の声を引きだそうと自分なりに考えて、彼の洗顔の水や茶の温度、彼の反応を一生懸命に見て好みを覚えようとした。


 頑張る目標があったから、熱くても茶釜の傍にずっと座っていられた。


 龍仁の傍を独占しても蒼夫人や他の侍女たちが新参の朱音に文句を言わないのは、努力を認めてもらえたからと思っていたのに。


(あなたにとって、私っていったいなんだったんですかっっ!?)


 簡単に替えのきく女嬬にすぎなかったの、それともただの玩具?


 四年も一緒にいたのに!?

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