雪の日
ある、雪の日のことだ。
一人の男が家路に帰る途中、小さな女の子が道に立っているのに気がついた。
あたたかい服装をしてはいるが、もう長いこと路上に立っているようで、頬には赤みがさしている。じっと動かずに立って、何かを待っているようだ。
「こんばんは、お嬢ちゃん」
何となくその様子が気になった男は、女の子に話しかけた。
「こんなところで、何をしてるんだい」
女の子は、見ず知らずの大人に話しかけられて、少しびくりとしたようだった。
しかし、優しそうな男の様子に、安心したのか、小さな声でこう答えた。
「お父さんを待っているの」
「こんな時間にかい」
男はあたりを見まわした。
人気はなく、街灯には明かりがともっている。
「ええ」
女の子はそう言うと、寒そうに身を縮めながら息を吐いた。
男はもっと少女と話したい気持ちにかられたが、帰り道のことではあるし、深くは聞かずにその日は帰っていった。
また別の日、男はふたたび同じような時間にその道を通った。すると、果たして女の子は同じように、道に立っていた。
「やあ」
男は一回見知った気安さで、また女の子に話しかけたけた。
「こんにちは、お兄さん」
女の子は男の笑顔につられて、少しにこりとしながら挨拶をした。
「今日も待ってるのかい」
「ええ」
女の子は頭の耳当てを直しながら答えた。
「まだ来ないのですもの」
その言い方は、年齢の割に落ち着いた印象を男に抱かせた。
「そのお父さんは」
男は気になってたずねてみた。
「いつ来るんだい」
その男の問いかけに、少女はすぐに答えなかった。少女の帽子には、真っ白な雪が少しずつ積もっていく。
「分からないわ」
少女はそっけなく、そう言った。
「分からないのに、待っているのかい」
男は純粋な疑問として、そう投げかけた。
またしても、少女はすぐに答えなかった。しかし、
「そうよ」
少女はさきほどよりも心なしか小さな声で答えた。
「お母さんが、そう言うんですもの」
ぽつりと、少女はそうつけ加えた。
「お母さん? 」
男が聞く。
少女はきまりが悪そうに、やや目をそらしだした。
「お母さんに、ここで待つように言われてるのかい? 」
男は、自分が少々しつこいのではないかと思いながらも、聞かずにはいられなかった。
少女はしばらく、何も言わなかった。つられて男も、無言になっていた。
「お父さんは」
時間が経って少女は口を開いた。
「私が小さい時に出ていったの。それで、ずっとお母さんと二人きりだった。でも、最近になってお母さんが、『あんたのお父さんが帰ってくるから、ここで待っていなさい』って言うようになったの。それで、待っているのよ」
「そうか…………」
何日も? ずっと一人で? 私はなおも話したい衝動にかられたが、もう少女はそれ以上口を開いてくれそうにはなかった。
私はそのあともたびたび少女を同じ場所で見かけたが、私を見ると少女はふいと目をそらすようになった。なので私はそれ以来、遠巻きに眺めることしかしなくなった。
その姿はいつも寒そうで、何かをじっと耐えているように見えた。
しばらく少女のことを見かけないと感じるようになったのは、それからずいぶん経ってからのことだ。この地域は冬が長いので、まだまだ冬は終わる気配がない。あの少女は、暖かい家に帰ることが出来たのだろうか。
そんな気がかりをする私の肩にも、相変わらず冷たい雪の結晶は降り積もっていく。
雪はまだまだやみそうにはなかった。




