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君は魔王様

作者: 詠城カンナ

~君は不機嫌な魔王様~


 魔王様は今宵も不機嫌であるらしい。

 深い夜を思わせる黒髪、そしてその長い前髪からのぞいて光るのは金色コンジキの双眼――男は窓辺で紅いワインに口をつけながら、ゆっくりと笑みを広げた。

「で、それのどこが心配なんだ?」

 聞かれ、側近はちょっと戸惑いの色を浮かべる。この人には危機というものがわからないのだろうか? 彼はひとつ深呼吸すると、辛抱強く男に再度口をひらいた。

「ですから、冥界から力を持った悪魔たちの刺客が入り込んでいる可能性があります。あの方は外見からしても侮られていますし、なにより善良な魔王様として有名ですからね」

「ああ、そうだな。とても魔王とは思えない」

 くっくっと声をたてて笑い、男は金色の瞳をさっと細める。彼は『刺客』という言葉にすら、なんの危機感も覚えぬらしい。

「サン様、どうか油断なさらないでくださいませ。彼らは魔王の座を狙っている……一気にたたみかけるため、封印されたデイヴルの子孫を躍起になって探しているらしいのです! あの、史上最悪にして最強の末裔を……!」

「ああ、それで一時攻撃が弱まったわけだ!」

 側近の訴えにもあまり耳を貸さず、サンと呼ばれた男はぐいとワインを飲みほした。そのまま立ち上がり、さっとマントを翻す。

「なあジバルド。欲望は尽きないものだと思わぬか?」



†††***†††


「アッシュ!」

 サンは思いっきり彼女――絹のような白銀の長い髪を腰までたらし、すらりとした身体は不気味なほどうつくしく、なにより紅い血のような瞳が異様な魅力を漂わせている――に抱きついた。そしてそのまま、ベッドへ倒れ込む。

「なにを勝手に入ってきているんだ! ここはわたしの部屋であって、おまえの部屋ではない!」

 アッシュは頬を赤く染めて、あわてて身を起こそうとする。だが、それはすぐさま冷たい手に阻まれて、身体は軽く押し倒された。

「つれないなー。ねえ、アッシュ?」

「アッシュと呼ぶな馬鹿者」

「じゃ、アッシェリーザ?」

 どさくさにまぎれて触ってくる男の手を必死で拒みながら、すごい剣幕で彼女は罵った。しかし、彼にはまったくと言っていいほど効いていない。むしろ楽しんでいるようだ。

「サン! おまえが気安くわたしの真の名を呼ぶな! おまえはわたしの弟で――」

「黙って」

 しっ、と長い指をそっと彼女の唇へあて、サンはにっこりと笑った。びっくりして固まるアッシュに満足すると、そのまま彼女の白銀の柔い髪に指を通していく。

 そして静かに、「でも、血は繋がっていないだろ」とささやいた。

 サンがこの城へやってきたのは、十二のとき。前魔王に腕を買われ、魔王の護衛として拾われてきたのだった。

 アッシュはなにか反論してやろうと言葉を考えているようだったが、結局なにも思い浮かばず、頬を膨らますだけで終わった。サンはそんな彼女に笑みをもらし、そういえば、と聞きたいことを思い出して口をあけた。

「ところで、どうして魔王様は今宵も不機嫌なんでしょうかね?」

「それは――」

 そのとき、ちょうど部屋の戸をノックする音が響いた。つづいて、高い声がする。

「失礼いたします、ミミーラでございます。食事をお持ちしました」

 茶色い髪をした、愛想のよいメイドが入ってくる。食事ののった盆をベッド脇のテーブルへと並べはじめるのをながめ、サンはアッシュが声をあげて拒否するのも構わず、「俺の分もここでいいよ」と命じた。

「彼女、新しいコ?」

 ミミーラがサンの食事も取りに部屋を出ると、サンはぽつりと尋ねた。

「ああ。前のメイドが怪我をしたらしくて……ジバルドから聞いているだろう?」

「あいつの話はつまらないからね」

 軽く笑ってアッシュの食事をつまみ食いする男に、彼女はため息以外のなにも出そうになかった。なにを言ったって無駄なのだ。所詮、こいつはこういう生き物なのだから。

 仕方がないとため息をこぼし、アッシュも食事に手を伸ばす。赤い果実が光沢をみせて、皿に飾られている。

 ややあって、再び部屋の戸がノックされた。

「あの、サン様……魔王様はこちらに……?」

 半分開いた戸から、側近の緑の眼がこちらをのぞいていた。声はひどくかすれている。あきらかに様子がおかしい。

 てっきり食事を持ったメイドかとわくわくしていたサンは、肩すかしをくらったように、きょとんとしながら肩をすくめて応えた。

「アッシュならいるけど……」

「では、お逃げください! あの女は――」

 その後の声は低い呻き声に変わった。つづいて、扉が大きく開かれる。

 そこにいたのは、ナイフを背に刺された側近と、ニヤリと不気味な微笑を浮かべるメイドの姿であった。

「あら、役立たずね。アンタはおとなしく人質になっていればよかったのに」

 ミミーラはふんと鼻をならすと、そのままナイフを引き抜いて男を床に投げ捨てた。そして彼の傷口に足をのせ、ぐりぐりと圧迫する。

 断片的に呻くジバルドに顔を歪め、アッシュは唇を噛んだ。

「……望みを言え。その男を生かすなら、聞いてやる」

「だめだアッシュ!」

 すっくと立ち上がり、アッシュは紅い瞳をまっすぐにサンへ向ける。それからミミーラへ向き直り、再び口をひらいた。

「おまえは刺客だな? さあ、要求を言え」

 ミミーラはにんまりと口元を引き上げると、手に持つ血だらけのナイフを彼女の胸の高さまでもっていき、口を切った。

「では、魔王の座を……つまりは、おまえの死を」




†††***†††


 刺客の要望に、彼女が頷くのを見て、サンの瞳の色が濃くなった。彼には許せなかったのだ――彼女が死ぬことが。というよりは、彼女が他の男のために死を選ぶことが。

「――覚えてろよジバルド……『アッシュが命よりも自分を選んでくれる』という俺のあこがれシチュエーションを体験した貴様には、生きて助けられたことを後悔させてやる。だがまずは……ミミーラあ!」

 空気が変わる――サンのまわりに濃い大気がはったように、その場に風が起こり、地響きがする。彼の髪は逆立ち、マントはたなびいて揺れている。そしていつの間にか、彼は自ら黒い光を放っていた。

 強大な魔力が色をもち、目に見えるはずのない姿を現した瞬間であった。

 サンは腕の一振りで、ミミーラをジバルド共々吹き飛ばした。ミミーラは部屋の壁に頭をうち、よろよろと身を起こす。

 目の前に、肌にもじんじんと感じ取れるほどの魔力を持った男を見て、もはや足は動くことをやめ、震えだす。

「き、聞いていないわよ……こんなの……魔王の弟はいつも戦闘にも出れない――弱い魔力しか持ってないはずじゃ……魔王は女だし、貧弱な部下しか残っていないはずじゃ……こんなの聞いてないわよ!」

 悲鳴に近い声をあげて怯える女に、サンはニヤリと笑みをもらす。

「聞いてない? ……そりゃそうだろうな」

「こいつは出れないんじゃない……出ないんだ。デイヴルの強大な力では、一瞬で敵など世界もろとも藻屑となるからな。まったく、嫌味な奴だよ」

 アッシュはほとほとあきれたという表情でそうこぼすと、サンの魔力に怯むことなく、彼の隣へ立った。

「さて、どうする? このまま消してしまうの?」

 その問いに、サンは金色の瞳をさらに細めた。

「だってそれじゃあ面白くないだろう?」

 妖魔のような、悪魔だ。本当にこいつは、破壊を心からおもしろがっている――アッシュは「お好きに」とだけ答え、あとは傍観者のようにミミーラをながめた。

 サンは口角をあげると、そっとミミーラの顎に手をのせる。

「おまえのことは許さないよ。でも、今は殺さないで、主のもとへ帰してあげる……だから、さ。おまえの主に伝えてくれない? 大軍を連れておいでって」

 びくっと肩を震わせる女の額に手を当て、サンはにこりとしてつづけた。

「俺が相手をしてあげるよ。まあ、死んでも文句は言わないでほしいけど」

「あ、あああ……そんな……」

 かすれる声でミミーラが悲鳴をあげる。彼女の身体は薄く、消えはじめていた。

 そして最後に、絶望的な声で叫びを残していった。

「嘘よ――デイヴルの子孫が魔王に仕えているなんて!!!」



†††***†††


 静けさが再び部屋を支配した。いつの間にかサンのまわりに漂っていた禍々しい気配も消え失せ、いつもの不敵な笑みを浮かべている。

「魔王様が不機嫌なわけ、わかっちゃった」

 ぴくり、と彼女の眉が動いて反応を示したのに満足し、彼はさらに笑みを広げた。

「俺が敵を野放しにするのが、嫌なんでしょ? 俺が弱いふりをして、たくさんの敵に攻め込ませる隙を与えているのが、気に食わないんでしょ? ――犠牲者が出ちゃうから」

「煩い」

 ぐっと奥歯を噛みしめるようにして、アッシュはサンを一にらみすると、さっさと踵を返して部屋を出ようとする。サンはそれを見て苦笑を押し殺した。

「さっさとジバルドの手当てをしてやれ! こいつは――」

「こいつも、刺客ですけれどね」

「なんだと?!」

 サンの言葉に、アッシュは思わず勢いよく振り返ってしまった。彼は構わずに、笑みを浮かべたまま説明する。

「別の悪魔からの刺客でしょうけど。俺から魔王様の情報を引き出そうとしてたし。デイヴルの子孫の封印を解こうと探している悪魔もいるみたいだってことを聞けたし。弱そうだったから、泳がせてました……案の定、他の刺客に使われてしまうくらい弱いですしね。ま、演技は抜群にうまかったなあ」

 言葉を失い、アッシュはただ呆けて彼を見つめる。この男は抜かりない。ただ、どうしようもなくついていけなくなる事が多々あるのだ。

「封印されたはずのデイヴルの子孫は、実は魔王のもとにいる。魔王の弟とされる男は、実はその最強にして最悪の悪魔である。そして彼は、実は魔王様にぞっこん――そんな極秘がバレてしまう日も、近いんだろうなあ」

 ケタケタといかにも楽しそうに声をもらし、サンはアッシュの白銀の髪に触れた。

 彼女は顔をしかめたまま微動だにせず、彼が自分の額にキスを落とすのを黙って許した。そして静かに、問う。

「どうしておまえは、なにもかも秘密にしたがるんだ」

 そんなの決まりきったことじゃないか、とサンは柔く笑い、頬にまで口づける。

「だって男は未知数のほうが魅力的――だろ?」




 魔王様は今宵も不機嫌らしい。善良な魔王様にはその座を狙う敵がたくさんいる。

 けれど魔王様には強力な護りがいるのだとか。そいつは最強にして最悪の悪魔――。


「善良な魔王様……俺のほうがよっぽど魔王に近い気さえする」

 彼は今宵も、彼女のために謳う。

「それでも俺は君に従う……俺だけの魔王様」

 そうしてそっと呟きながら、魔王様のご機嫌を取るために誘惑の笑みを浮かべるのだ。


「ねえ? 俺の愛しい魔王様?」







いやー。

書いちゃいました、勢いで。

そして考えていたよりも長くなってしまいました。

最初はギャグ一直線だったはずですが、ちょっとギャグを削って……こんな感じに。


魔王様といえば、魅惑・誘惑の美男子!っていうのが私のなかの定番。

けれど今回の魔王様は、女の子!

そんな彼女をひそかに護るのが、血のつながらない弟であり、最強・最悪の悪魔の子孫……

そんな設定で書いてみました。

考えていくうちに、どんどん広がっていった感じです。

本当はもっと丁寧に長く(連載とかで)、彼らの過去とかも掘り下げて、もっとアッシュをツンデレにしたかった……笑

そういうエピソードを削ってしまいましたが、まあ、楽しかったので。

たぶんこれは、読者様の妄想を強めに出して読んでいただければ、もっと楽しめるかと思います(ぇ


いつかまた、彼らを書ければなあと思います!

ではでは、ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました!


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