4.ガインの場合
「大きくなったらママと結婚します」
ガインはほんの小さい頃、リベインに何度となくそう告げてきた。ガインお手製の小さな花束を受け取りながら、子供がママと結婚すると言うのはどこも同じなんだなあと、子供の頃の自分を思い出して感慨深くなったものである。ガインはけっこう本気で考えていたらしく、「ママに振り向いてもらえるようにパパと同じ道を行きます」と王立騎士団への入団を早々に決めて入団テストを一発でパスして帰ってきた。今となれば微笑ましい思い出である。
王立騎士団へ入団してから早二年が経過したが、その驚異的なポテンシャルからあっという間に昇格をして、今では最年少の小隊長として働いている。まあ、実年齢五歳だから今後この最年少記録は破られることはないだろう。
さてそんなガインだがどうやら最近思い悩んでいることがあるらしい。仕事から帰ってきても難しい顔をして自室に引っ込み夕食まで出てこないことが多くなった。休日も朝から出かけて辺りが暗くなってからしか帰ってこない。治癒魔法が使えるしそもそも王立騎士として申し分ないので怪我の心配はしていないが、何も言わずに一人で悩みを抱え込んでいるのではないかとその点が心配なのだ。
今日も騎士団の業務を終え自室に向かおうとしたガインをとっつかまえて、俺はとうとう尋問を開始することにした。何か言ってくれるまで待とうと思っていたが、もう待ってられません!
「ガイン、最近なにかあった?悩みがあるなら話してみ」
「悩みというか・・・」
「最近いつも思いつめた表情してるし、休みの日も一日中外に出てるだろ?」
「それは・・・ちょっとありまして・・・」
「何?恋か?」
「いえ、恋じゃなくて・・・。聖獣のことでちょっと」
「聖獣?」
「はい。先週、聖なる森を散歩してたときに、聖獣と出会いまして」
「まじ?」
「はい」
「すご・・・」
聖獣とは聖なる森に生息している魔力を有する生き物のことだ。普通の動物とはもちろん違い、鳥の聖獣には羽根が四枚、鳥以外の聖獣には羽根が二枚生えているのが特徴だ。あとは個体によって違うが、治癒、攻撃、防御、混乱などの魔法を使える。双方が同意の下、契約を結ぶ事ができればパートナーとして行動を共にすることもできると言われている。普通の人は聖なる森に近づくために相当の時間を要するのだが、子供たちは飛行魔法が使えるのでガインのように聖なる森に散歩しに行ったりも余裕なのだ。聖獣はなかなか人前に姿を現さないため、存在自体が希少で、ここ二百年間は一度も目撃されていなかった。
「ガインそれって相当すごい事だぞ」
「はい。僕もこの機会に聖獣と契約を結べればと思ったんですけど、なかなか難しくて」
「だから最近あんな風だったんだな。うまくいってないって事か」
「聖獣と契約ができるといってもだいぶ古い時代に一度聖獣と契約したという伝説が残っているだけで、方法に関しては何も情報がないんです」
「わかった。俺も手伝うよ」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。俺はお前のママだからな。明日は休みだし、聖獣に会いに行くんだろ?
一緒に行こう」
「ありがとうございます。心強いです」
「任せなさい」
――――――
翌朝。
「どうでしたか、初めての空中飛行は?」
「町を上から見とあんな感じなんだな、空も近くに感じられて最高だった!ありがとな」
「そうだな。空を飛ぶのは気持ちがいいな」
ガインと俺と急遽参加が決定したライケインの三人はガインの飛行魔法により聖なる森へと来ていた。ここには討伐隊として任務で来て以来二度目になる。森の雰囲気は討伐後の穏やかな印象のままで、色とりどりの小ぶりの花や瑞々しい緑色で溢れていてる。
「楽しんでもらえて良かったです。それじゃあ行きましょう、僕についてきて下さい」
あの花はガインがくれる花束の中にたまに入ってるやつだよなーと道端に咲く花を見ながらガインを先頭に森の中へ入って行く。
「ライケイン、お前は討伐のあと来たことあるのか?」
「ああ。ゼインが開発した乗り物を使って半年に一度見回りをしているからな。魔石を動力源に動くやなんだが、スピードは自転車の十倍も出る」
「まさか一人で行ってないよな?」
「もちろんだ。必ず十名程の小隊を作り、ガインにも毎回参加してもらっている。」
「そうか、なら安心だな」
ライケインはこの国最強の騎士だが、聖なる森までの道のりは険しく、今は魔物の危険性はないが狼が群れを成して生息している場所があるので、治癒魔法を始めとした魔法を使えるガインが居てくれると心強いことだろう。まあ今回はガインの飛行魔法であっという間だったけど。
まあまあ歩いたところで、ガインの足が止まった。俺とライケインも合わせて止まる。
「あれが聖獣です」
静かな声でガインが指さすほうを見れば、開けた場所に聳え立つ一本の大木の根本に丸くて真っ白いもふもふが居るのが見えた。それは眠っているようで小さく縦に動いている。遠目から見てもわかるつやつやの毛並みが木漏れ日に反射してキラキラ煌めいていて、その背には二枚の純白の羽根が畳まれていた。
「すごい綺麗だなー」
「狼なのか?」
「そうですね、ほぼ狼の形です。ただ狼よりも優し気な顔立ちをしていますよ。彼は会話もできるんです」
「へえー、すごいな。名前とかはあるのか?」
『私の名はフォルだ』
いきなり低い声が聞こえてきたと思ったら、もふもふがその頭を上げた。確かにガインの言う通り狼よりも優しい顔立ちをしている。その瞳は空を切り取ったような青色をしていた。フォルと名乗った聖獣は上体を持ち上げてゆっくりとこちらに近づいて来る。近づいて来てわかったことだが、毛並みはとても綺麗なことは間違いなかったが、その身を覆う毛並みは真っ白ではなく俺の髪と同じプラチナブロンドで歩く度にキラキラと輝いている。
「リベインと同じ色をしているな」
「だな。なんか親しみを感じる」
フォルが俺達の目の前で前足を立てて座った。
「フォル、紹介させて下さい。こちら、僕のパパとママです。パパ、ママ、こちらが聖獣のフォルです」
「お初にお目にかかる。ガインの父のライケインというものだ。よろしく頼む」
「初めまして、ガインの父兼母のリベインです。息子がお世話になっています」
人生初の聖獣にドキドキしながら自己紹介をして、隣のライケインと一緒に一礼をした。そんな俺達にフォルも優雅な動作でお辞儀をしてくれた。
『ご挨拶どうも!お二方は存じ上げています。この国の第三王子であるライケイン氏と聖男のリベイン氏ですね!改めまして僕はフォルです、よろしく!』
始めに名乗った時より明らかに口調が軽い上に声も高くなっているのにびっくりして思わず目を見開いた。
『不思議そうな顔をしてますね。さっきのイケてた低めの声と違うからびっくりしました?いやー、威厳を出そうと思ってわざと堅苦しく名乗ったんです!』
「フォルはお茶目なんですよ」
「そのようだ」
『僕は堅苦しいのは嫌いだから、敬語は使わないでね。僕もここからは普通に喋るよ!ガインみたいに普段から丁寧な話し方ならそれはそれで大丈夫だけど。ガインのパパさんはそのままっぽいけど、ママさんは?』
「それじゃあ、いつもの感じで話すよ。ありがとフォル」
『いいって事よ。それはそうとガイン、君また今日も契約の件で来たんだね』
フォルは獅子のような尻尾を右に左にリズム良く打ち付けながらガインを見た。その青い瞳は日差しの下ではより明るく透き通っているように見える。フォルの視線を受け、ガインは斜め掛けのウエストポーチに手を掛けると中からナッツの蜂蜜掛けが入っている瓶を取り出した。瓶の蓋をあけて蓋の上にナッツを出すとフォルの前にすっと差し出した。
「いつものやつです」
『わー、ありがとう』
フォルが嬉しそうにナッツを食べ始める。
それはガインが一番好きなお菓子なのだが、最近やたら買ってくるなーと思っていたがこういう事だったのか。最近の謎が一つ解けたのはいいが肝心の「聖獣との契約問題」は何も進んではいないので様子を見てみる。
あれから延々と瓶の中身が空になるまで食べたのを見届けたあと、ようやく本題に入る事ができた。あの瓶は家族五人で一週間はもつのだが、それをまあ一気に空にするとは。どんだけ好きなんだよ。あと、虫歯に気を付けろよと、心の中で言っといた。
フォルは思う存分食べて満足したのか、さっきと同じく行儀良くお座りの形を取りニコニコしている。
『ガイン、いつも悪いねー』
「いいんです。それより今日こそ契約をお願いできませんか?」
『契約ね、いいよ!』
「いいの!?」
「え、いいんですか?」
『もちろん!』
長丁場を覚悟していた俺達にとってフォルの二つ返事は予想外の出来事だった。フォルは立ち上がり背中の羽根をばさっと大きく広げて、何か呪文のようなものを唱えたかと思えば、青色に光り輝く魔法陣が空中に出現した。ごく小さな光の粒が周辺に浮かび、とても神秘的な光景が広がっている。
『ガインこの魔法陣に手を触れてくれたら契約完了だよ』
「わかりまs・・・」
「ちょっと待った!!」
すぐにでも魔法陣に触れそうなガインに待ったをかけ、俺はライケインの後ろにガインを隠した。聖獣が人を害すとは思っていないが、契約の詳しい条件を確認しているのかうちの次男坊に確かめないといけない。我が家の三兄弟はみんな興味のある物には一直線に向かっていくタイプなので、考え無しに突っ込んでいって今まで何度も痛い目を見ているのだ(主に長男、次点で長女)。
「契約する前に、どういう内容なのか、条件や代償があるのか、ちゃんと確認したのか?」
「もちろんです、二回目に会った時に書面にしてもらいましたので。それがこちらです」
ガインはウエストポートから丸められた羊皮紙を取り出した。丸く括っていた麻の紐をしゅるっと外すと、中の書面には青色に光る文字で確かに「契約書」の文字が書かれていた。
「フォルが「親御さんも心配するから、目に見える物で残しといた方がいいよ」と言ってくれたので作ってもらったんです」
「手際が良いな・・・」
フォルの素晴らしい気遣いにライケインも感嘆の声を出した。
『気にしているみたいだから説明すると、僕とガインが結ぼうとしている契約っていうのは「聖友の契約」なんだ。ただ友達になるだけなら別に契約なんて必要ないんだけど、「聖友の契約」を結べばここ聖なる森の力をガインが使えるようになるんだ。自動的ではなくて呪文を唱えてっていう形になるんだけどね。呪文は然るべき時に教えるね!あと万が一ガインが瀕死になっちゃったら危険を察知して僕が一瞬でガインの元へ駆けつけることができるよ!』
「それはめーっちゃ、ありがたいな」
「確かに」
『条件や代償の件だけど、条件は「僕の好物をくれる事」だったからもうクリア済みだよ。代償なんてのは元から聖獣の契約にはないんだ。ただ契約をする際は聖獣と聖獣と契約を結びたい者が互いに好意を持っていないといけない。どちらかが死んでしまうか、魔法陣をもう一度触れば契約は解消されるよ』
「「好物」ってナッツのことだな」
「フォルがずっと持って来てって言ったのはその為だったんですね」
『そうだよー、わがままで言ったんじゃないよ。契約したいって言うから「条件」を提示したんだ』
「ガイン、契約して良し!」
「はい!」
『ガインはこの見た目だけど、まだ生まれて五年だからねー。パパさんもママさんも「契約書」もあるし。これで安心でしょ?』
「そうだな、心遣い感謝する」
「フォル、ありがとう。ガインの事よろしくな」
『任せて!じゃあガイン、手を前に出して魔法陣に触れてもらえる?』
「わかりました」
フォルの声にガインがそっと右手を出した。いまだにキラキラと輝いている魔法陣に向かって手を伸ばしていく。その手が魔法陣に触れた瞬間にリーンと音が鳴った。その後青く輝いていた魔法陣は白銀の光に変わり、すーっと溶けるように空中に消えていった。
『よし、これでオッケイ。ガイン、右手の甲を見てみて』
「これは・・・紋章ですね」
「どれどれ。・・・いや、何も見えないけど」
フォルに言われてガインの手をチラ見したが、紋章なんてものは見えない。
『契約の証の紋章は契約を交わした者達しか見れないんだ。だからママさん達には見えないんだよ。ちなみに僕も右にあるよ』
「本当ですね、確かに確認できます」
フォルとガインはお互いの紋章を見比べながらふんふんと頷いている。聖獣と遭遇する事自体がとっても珍しいので、契約を交わした証である紋章が他の人には見えないというのは安全上良い事なのかもしれない。国王に話すかどうかは一旦ライケインと二人で相談しよう。
「フォル、君はいつもここに居るのか?」
ライケインがフォルに聞く。
『ガインが来る時は分かるからここで待ってるんだ。普段は聖なる森の中をお散歩してるよ』
「だから僕が来るといつも、あの木の下でお昼寝してるんですね」
確かに滅多に会う事のない聖獣に来る度に会えるという事自体がありえない事だ。聖獣自身が待っていてくれたのならばもちろん会う事もが出来る。ガインは今日までの事を振り返って納得した表情を見せた。
「フォル、俺とライケインもたまに会いに来ていいかな?」
『もちろん!大歓迎!言ってなかったけど一応お子さん達とは顔見知りだよ』
「え、そうなの?」
「そうみたいです。僕も最近知ったんですけど・・・」
『ゼインは魔術の為の調査で定期的に来てるし、フランベリーは新しい絵の具を作りたいと言ってつい先日来てたよ。あの二人は自分の事で忙しいって感じで、聖なる森でたまたま会っても挨拶するぐらいだけどね』
「あいつら・・・」
せっかく聖獣に会ったならもっとこう、軽めでもいいから交流をしなさいよ。出会うだけで幸運と言われているのに。夢中になったら他にはまったく関心がなくなるのは、良い事なんだか悪い事なんだか・・・・。家に帰ったら少し説教しとこう。
『じゃあ僕はもう行くよ』
「わかりました。また会いましょうフォル」
『うん!これからよろしくね、ガイン!僕はこのまま契約した事を精霊王に知らせに行くよ!パパさんもママさんもまたねー!』
大きな翼をバサバサとはためかせながら、徐々に空へと浮かんでいくフォル。その高度が高くなるにつれて、日の光が白銀の身体を強く照らしていき光の粒子を纏っているようにキラキラと輝いていく。
「またなー!」
「また会おう」
フォルは一度頷くと空高く彼方へと飛び去っていった。残された俺達も帰る為に来た道を戻る。ガインの飛行魔法は適当な物に魔法をかけて、空を飛べるようにするものだ。本人だけの場合はその身一つで空を飛んでいくらしいが、今回は俺達も居るので安全に移動できるようにと空飛ぶベンチにしてくれた。ベンチに座って空を飛ぶのは傍から見たらけっこうシュールかもしれないけど、飛び心地と座り心地は抜群である。来た時と同じく俺を真ん中にして両端にライケインとガインが座った。
「契約できて良かったな。聖獣と契約出来るなんて何百年ぶりなんだから、この機会をくれたフォルに感謝して相棒として誠実に付き合っていくんだぞ」
「ママの言う通り、この機会に感謝して誠心誠意、騎士道に恥じることなく行動するんだ」
「はい、これからもっともっと精進します」
「でも無理はするな。何かあったらすぐに俺やパパに言うんだぞ!」
「はい!」
「ガイン、今回は良くやったな」
「ありがとうございます!!」
父であり騎士の大先輩でもあるライケインに褒められて満面の笑みになるガイン。ゼインとフランに比べて自己主張の少ないタイプで、あまり大きく感情を出さない所があるのだが、こんな風に思いっきり笑うっていう事はきっと相当嬉しいんだろう。そう思うと俺もつられて笑顔になった。
「では帰りましょう」
「安全運転でよろしくお願いします」
「頼む」
「任せて下さい!」
ガインの元気な声が響いて、ベンチがふわーっと浮き上がる。俺達を乗せたベンチは特にぶれる事もなく空へと垂直に上がっていく。どんどん目線が高くなって、足下にはさっきまで居た場所が小さく映っていた。
少しずつ速くなっていくベンチの手すりを掴みながら眼下に広がる美しい森を眺める。俺とライケインと三人の子供達の始まりの場所。俺とライケインはこの森で不思議な縁から新しい家族と出会い、意図せず人生の伴侶となった。最初は違う形だった夫婦の形も今は別の形になろうとしているのを感じる。いつの日からか同じベッドで寝るようになった俺達の未来の関係にフランが言っていた“恋”や“愛”が加わるのもきっとそんなに遠くない。ライケインもきっと同じ気持ちだろう。だって俺の右手に自然と重なったライケインの手の温もりが、そう伝えているように感じるから。
この作品はシリーズとしては今回のお話で一旦終了となります。
良いお話が出来たら追加していこうと思います。ここまでお読み下さり、ありがとうございました!




