3.フランベリーの場合
うららかな昼下がり。
俺は家事を終えて遅めの昼食をとったあと、定位置のソファにうつ伏せで寝転がった。やっと訪れた至福の瞬間だ。そのままの体勢で一度伸びをしてからソファーに深く座り直した。
討伐隊としての務めを果たしてからは聖男の力を活かし治癒士として働いている。とはいっても聖ファレンシア王国の国民は「聖なる泉」のおかげで、病知らずの健康な人しかいないので診療所はほとんど開店休業状態だ。
今日は一日お休みの日なのでたまっていた家の仕事を昼までに終わらせて、午後はのんびり読書をしようと朝早くから動いていた。ライケインと三人の子供達はそれぞれの職場なりに出かけていて家には俺一人しかいない。
今日は紅茶を飲みたい気分なので、隠し持っていた頂き物の焼き菓子と紅茶で一人ティータイムをすることにした。窓から聞こえてくる小鳥の囀りや川のせせらぎ、風の抜ける音が耳に心地よく、まだ読みかけの本を片手に黙々と読み進めていく。
残りのページ数がそんなになかったのもあって、紅茶を二杯飲み干すころには読み終えることができた。本の内容は騎士と治癒士という別々の人生を歩んできた二人が町中で運命的な出会いを果たし、魔王の出現により荒れ果てた世界を救うために諸悪の根源である魔王を倒すまでの道のりを描いた冒険譚だ。どこかで聞いたことのある話だが、これは俺とライケインの話ではない。俺たちの先代の勇者と聖女の話をモチーフにした作品だ。この話は冒険の過程で愛に目覚めた二人が結婚して終わるのだが、実際に先代の勇者と聖女も討伐後に結婚し、その後子供を二人儲けて末永く幸せに暮らしたとされている。
俺はあまり本を読まないのだが、この本は長女のフラン(フランベリー)がお薦めといって数週間前に持ってきたものになる。フランはこうやって自分の好きな物をよくお薦めしてくれる子なので、フランが今どういった物に興味があるのかを知る良いきっかけになっている。ちなみにゼインは研究の過程で生まれた鉱物を使ってアクセサリーを、ガインはよく森で摘んだ花で花束をくれる。その花束は整えてから家に二つある花瓶の一つに活けている。もう一つの花瓶は玄関に置いてあるが、その花瓶には週一でライケインが買って来てくれる花束を活けている。この花束のプレゼント?はライケインの中での決まり事らしく、一緒に住み始めるようになった日から欠かしたことがない。前に花を交換するタイミングの日に買い忘れて帰って来た時には、仕事から帰宅したその足でまた町に戻って花を買ってきた程だ。
ガチャっとドアが開く音がして見てみれば、タイミング良くフランが帰宅したところだった。
「お帰りー」
「ただいま」
細い金縁の丸眼鏡にピンクブロンドの髪をおさげにしたラフな格好はフランのお気に入りで、王家の一員として行事に参加する以外はだいたいこの姿で過ごしている。絵や彫刻、版画、音楽など芸術に秀でているフランは、現在、王立芸術学院に在籍している。沢山の分野を自由に学べるように特別に取り計らってもらい、学院初の研究室持ちの学性として熱心に過ごしている。
また、学院の展示会などで作品を販売すれば即完売する人気の芸術家でもある。彼女の描く風景画や静物画は繊細な筆遣いと大胆な色使いで人気を博し、彫刻は素材が何であれ、まるで生きているかのような躍動感を感じさせると評判だ。音楽の面では流行りの劇団に自作曲を提供したらしく、最近その劇団から招待を受けて巷で大流行中の音楽劇を友達と観覧しに行ったと聞いた。
「今日は早かったな」
「うん。貸してた本そろそろ読み終わる頃かなーと思って」
「すごいな、さっき読み終わったばっか」
「やっぱりね。で、どうだった?」
フランが俺の横にストンっと座った。
「面白かったよ。なんか久しぶりに討伐に行ったときを思い出した」
「ママとパパはさ、私たちが生まれたから結婚したんだよね」
「うーーん、まあそうなるかな」
「その時はさー、パパのこと何とも思ってなかったんだよね?」
「何ともってことはないよ。信頼の置ける誠実で頼れる奴だなーって思ってたよ」
「そういうことじゃなくて、恋愛面でってこと」
「そーいうことなら、そうかもな。人としては好きだったけど」
「今はどうなの?」
フランの真剣な瞳が俺を見つめている。その顔には嘘をつくのは許さないぞと大きく書かれていた。
出会ってからこれまで三人の子供達の親として一緒に過ごす内に、討伐隊の頃には知りえなかった色々なライケインを知る機会が沢山あった。それこそ週一で贈られる花とか、真面目な奴ということは知っていたが、ここまで律儀な奴だとは思わなかった。なんでも兄である王太子から「うちの妻もそうだが、パートナーには花を贈るのが喜ばれるぞ」と聞いたのがきっかけで、俺に花を贈ろうと決めたらしい。今まで男から花をもらったことはなかったが、ライケインからもらったときはびっくりしたけど普通に嬉しかった。俺が花粉に強い男で良かった。それに子供達がまだほんの赤ん坊だった頃は、連日の夜泣きで徹夜していた俺に、自分も同じ環境で疲れているだろうによく気遣ってくれて、初めての育児で大変な時期を協力して乗り越えることができた。結婚記念日も欠かさずに祝ってくれるし。俺の周辺で調査してみたところ、ライケインみたいにまめな奴はなかなか居ない事が判明している(普通にみんな夫婦中良いけど、さすがに毎週花は贈れないとか、結婚記念日はもちろん祝うけど一日遅れてしまったことがあるなどの意見が多かった)。
本人に聞いたことはないから俺に恋愛感情を抱いているかは分からないけど、ライケインが俺のことを大事に思ってくれているのは確かだ。じゃあ、俺は今ライケインの事をどう思ってるのかって言うと・・・
「前よりずっと気にしてる・・・かな」
子供にこんな事を言うのはちょっと恥ずかしいが、フランは聡い子だから嘘をついたりするとすぐに見抜いてしまうので、ここは正直に話すことにした。
俺の答えにフランは満足げに唇を片方だけ上げ、ニヒルな笑みを浮かべた。
「ママ、それは恋してるっていうのよ」
「恋?」
「ママを見てれば、なんとなーくわかるもん。考えてみて、最近夕ご飯に煮込みハンバーグが出てくる回数が月一回から月二回に増えたよね。あれってパパの好きなやつだよね」
「それはたまたまだよ」
「家族でお出かけの時も前はパパとガイン、ママと私とゼインの二つに分かれて私達と手を繋いで歩いてくれてたのに、最近はパパとママ横並びで私達は後ろ三人で歩いているよね」
「それはお前達が大きくなったからだって」
「今使っているカップだって、パパとママだけ色違いのお揃いだし」
「これもたまたま買いに行ったお店で三つセットになったやつと、二つセットのがあったからこうなっただけだって」
「んーん、違うね。きっと前のママだったら、意地でも五個お揃いセットを探してるもん」
「それは・・・」
「いいのよママ、それでいいの。無理して否定することない。恋ってね、自然に相手の事を考えてしまうの。ママの最近の行動は自然にパパのことを想って動いてる証拠よ」
フランが右拳を顔の前でぎゅっと握った。いつもキラキラな目が更に光り輝いている。
「お、おお」
なんかよく分からないフランの圧に、変にどもってしまった。
「ただいま」
「あ、パパお帰りー」
「お、お帰り」
ライケインも帰ってきた。さっきまでフランと話していた内容が内容だけに、顔を見るのが少し気恥ずかしい。
「リベイン、どうした?」
「いや、なんも?」
「そうか」
ライケインはそのまま洗面所へと入って行った。
「私は部屋に行くね。ママ、この調子で頑張って」
フランが俺にウインクを一つ飛ばしてから、貸してた本を回収してさっさと自室へと引き上げた。何を頑張れというんだ。
入れ替わりに洗面所からライケインが出てくる。出勤時の制服から家でのラフな格好に変わっていた。
いや、着替えめちゃくちゃ早いな。
「フランは部屋に行ったのか?」
「うん」
「そうか。・・・そういえばこれ、お前が好きなやつ買ってきた」
ライケインが俺の横に腰を下ろしてから、ポケットからかわいらしいピンクの包みを取り出した。赤いリボンで口を縛られているそれは、俺達がよく行くお菓子屋さんのものだ。焼き菓子が有名なお店で、近くに来た時はほぼ寄っている。ちなみに一番のお気に入りはざらめが乗ったリーフパイです。
「ありがと」
包みを開けてみると、何とまあリーフパイが入っていた。
「俺の好きなやつ覚えてくれてたんだ」
「もちろんだ」
「みんなのは?」
「新作のお菓子を買ってある。キッチンに置いてるから、後でみんなで食べよう」
さらっと言ったが、このパイは俺だけに買ってきてくれたって事だよな・・・。
「ありがとな」
「お前が喜んでくれたら嬉しい」
そう言ってふっと微笑んだライケインに俺の心臓がどくんっと跳ねた。いつも見ているはずなのに、初めましての人みたいだ。こいつってこんなにカッコよかったっけ?
「そーうだ、マーサさんからもらった紅茶飲んでたんだ、これすっごい美味いからお前の分も淹れるわ。ちょっと待ってろ」
「ありがとう」
ソファーにライケインを残してキッチンに向かう。手早く紅茶の準備をしてライケイン専用のカップを取り出して注いでいく。手元にあるカップを見て「二人だけお揃い」のフレーズと共にフランの顔が浮かんで消えていった。確かに前までの俺なら五人お揃いにこだわっていただろう。でもこのカップを選んだ時は確かにライケインとお揃いもいいかもなって思って買ったんだった。ライケインの瞳と同じ鮮やかな緑色に縁とカップ全面の細やかな蔦の模様がそれぞれライケインが金色、俺が銀色で彩られているお揃いのカップ。これを渡した時、ライケインも凄く嬉しそうにしてた。そういえばその表情を見て、俺も嬉しくなったんだよな。
トレイの上にソーサを置き紅茶を淹れたカップをセットして、さあライケインのところへ持っていこうとした時。視線を感じて顔を上げればライケインがソファーの背もたれに腕をかけてこちらを見ていた。俺と視線がばっちり合うと慌てふためいたように前に向き直る。でもちらっと見たその顔は心なしか赤かったように思う。まるで今の俺みたいに。
「それは恋」というフレーズと共にフランの顔が浮かんで消えていった。
――――――
一部始終をこっそりドアの隙間から覗いていたフランは、喜びの雄叫びを上げそうになるのを抑えるため、深呼吸をしながら瞑想をしていた。彼女にとって両親は自分へ無償の愛をくれる唯一の存在であり、とても大切な存在である(兄弟ももちろん大切に思っている(時々ムカつくけど))。そんな二人の結婚のきっかけが突然生まれた自分達であり、愛情を持って結婚した訳ではないと知った時は悲しい思いをした。だが、一緒に過ごしていく内に二人のお互いへの気持ちが、微妙に変化し始めているのに気付いた時は飛び上がる程に喜んだ(実際に数日間、夜空を飛び回っていた)。本人達も兄弟も気付かない程度の心の機微は、日頃から作品に活かそうと人間観察に勤しんでいたフランだからこそ察することが出来たと言える。最初のきっかけが何であれ、これから先二人が手を取りあって幸せになってくれれば言う事なしだ。その為にフランは今後も二人の関係を後押しする為の努力を惜しまない。
パパは多分、恋の自覚有なんだよね。ママは鈍感さんだから、恋って認めるのに時間がかかるタイプ。本を貸して出会った当初の気持ちと今現在の気持ちを比較してもらったのは良かったな。結果的にママに恋だと自認させられたし。次の作戦はどうしようかな・・・
―――フランの瞑想はまだ終わりそうにない。
今回は紅一点、長女兼恋のサポーターのフランベリーのお話でした。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。ここまでお読み下さりありがとうございました。




