2.ゼインの場合
あれから五年が経過した。
三人の子供達は精霊王が言ったように人間の成長速度よりもかなり早い速度で成長していき、今では全員十五歳ぐらいの見た目になっている。精霊の力なのか精神年齢も見た目と比例して成長しているようでその点は安心だ。誕生した瞬間に「ママ」「パパ」と単語を発しただけあって知識の吸収スピードも早く、生後半年で王立図書館の蔵書を読み尽くしたほどだ。それに加えて全員学習なしで基本的な魔法を扱える上に、それぞれ魔術、体術、芸術の面で類い希な才能を持っていた。
魔術に秀でているのはブロンドヘアのゼイン。ライケイン譲りの眩いブロンドヘアと俺譲りの真っ青な瞳に、どちらかというと女顔の俺に近い甘い顔立ちをしており、そこにうまいことライケインの男前が合わさったような、全男が羨むルックスを持っている。
体術に秀でているのはもう一人のブロンドヘアのガイン。ゼインと同じくブロンドで真っ青な瞳に、ライケインの要素が強い彫りの深いクラシックな男前の顔立ちに少しだけ甘さを含んだこれまた全男が羨むルックスを持っている。
芸術に秀でているのはきらきら輝くピンクブロンドのフランベリー。俺のプラチナブロンドに少しピンクを足したような髪色と、他の二人と同じ真っ青な瞳に、俺の顔立ちを女性にしてそこに精霊の美しさをぼーんと放り込んだ美の暴力とも呼べるようなルックスを持つ女の子だ。
各々駆け足で成長していったが、生後五年ということには変わりなく。言葉遣いや立ち居振る舞い、学習状況などは見た目相応、いやそれ以上のものを身に付けているのだが、人間にしてみればまだ親離れはしない年頃なのでたまにがっつり甘えてくるときがある。かわいいのでよしよししている。
今日はその中でも兄弟一の問題児であるゼインについて話そうと思う。
ゼインは三兄弟の中で一番上のお兄ちゃん、つまり長男である。決め方は単純で目を開けた順だ。あの日一番最初に目を開き、俺のことをママと呼んだ赤ん坊がゼインだ。ゼインが得意とするのは魔術全般。この世界では魔法と魔術には明確な差があり、魔法を使える人間は基本的には居ない。魔法とは精霊が扱えるもので人間が魔法を使えるようにするには、精霊から加護を受けなければならない。つまり人間で魔法を扱えるとすれば精霊の加護を受けた者だけであり、精霊の加護を受けて産まれた聖男である俺や聖女様たちは例外的に使うことができる。三兄妹はそもそも精霊の祝福を受けて産まれた存在であるため、基本的な魔法とされる四属性(水、火、風、光)の全てを使うことができた。そんな中魔法と最も近しいものとして開発されたのが魔術になる。きっかけは初代聖ファレンシア国王が精霊王と契約を交わした際に贈り物の一つとして精霊王から魔石「ミスティストーン」を受け取ったことだった。魔石の発する情報を取り出すことを目的として、魔石鑑定士が誕生し、魔石鑑定士が取り出した情報を読み解くことを目的として魔石解術師が誕生、それらを発展させる存在として魔術師が誕生した。魔術師は解読された術式を実際に扱える人達の総称だ。そんな中もともと魔法の扱えるゼインがなぜ魔術の勉強を始めたかというと、それは「好奇心を満たすため」である。あくまで魔術は魔術であって魔法ではない。魔法のようにゼロから何かを生み出すことは出来ず、どんなに改良を施しても術式なくては発動はできない。ゼインはそこに興味を抱いたらしく、魔術関連のあらゆる文献を読み漁り、いまだ見たことのない術式の解読や開発、魔石から五百年ぶりの新情報などを抽出するなどしてファレンシアの魔術界において多大なる貢献を成し遂げた。
と、ここまでは良いことなのだが、だがしかしこいつは兄妹一の問題児なのである。
王立魔術院にて特別名誉研究員「プロミスティ」の称号を得て気ままに働いているが、元来の性格が人懐っこく誰にでも優しいことから数多の女性からの好意に呑気に「YES」と言い続けた結果、職場が地獄になることがすでに数回。
そしてよく物を壊す。研究に深入りしすぎて建物を崩壊させることも早数回。握力も強くて幼児サイズだったときは何度もドアノブを壊しては一人で大笑いしていた。無意識女たらしの怪力魔術師なんて誰だったら敵うんだと思うが、パパママの言うことは素直にきいてくれるので今の内に何とかしたすぎるのである。
「ライケイン、相談がある」
「なんだリベイン」
「ゼインを何とかしよう、まじで」
「何をどうしたいんだ」
「女の人に対しての曖昧な態度とか、よく物を壊しては全然反省しないとか、今の内になんとかしないとダメな大人になるぞ」
「確かに」
「人に好かれるのはいいことだし、元気がないよりはあった方がいいけど、あいつは何事も度が過ぎるんだよ」
「人に好かれるのはゼインが魅力的だからだろうが、好意を持ってくれた相手に対する曖昧な態度は良くないな。断り切れないところもあるだろうが」
「そう、そこ!相手を思って断れないって本人も言ってた」
「力に関しては何とかコントロールの仕方を身に付けてもらわないといけないだろう」
「うんうん。ドアノブ壊れて数十回。俺はもうドアノブ修理のエキスパートだよ、専門の修理屋でも開こうかな」
「本気か?」
「冗談だよ」
「すまない。とりあえず力のコントロール方法については王立騎士団に心当たりの人物が居る。訓練を頼めるかきいておこう」
「ありがと、助かるよ。あとは女性との接し方だけど、ここは一つ俺に任せてほしい」
「よろしく頼む」
――――――
その日の夕食の後。
夕食後はみんなでお菓子とココアを持って、ボードゲームを楽しんだりその日の出来事を話したりといった時間を設けているのでみんな好きな場所に座って過ごしている。木製の大テーブルを真ん中にして、パパママ席は頑張れば五人が腰かけられる大きな革張りのソファ、ガインとフランベリーはテーブルの両端の一人掛けソファ、ゼインは俺の横といった配置である。ちっちゃい頃のゼインとフラン(フランベリー)は俺の横がいいといって譲らず、最近は日替わりで交互に座ることで話がついたようで喧嘩の回数も減った。俺の両側に座ればいいじゃんと思ったが、俺の片側はライケインが絶対に譲らなかったのでしょうがない。ガインはたまにライケインの横にそっと座ったり、ゼインとフランが居ないときに俺の横にすっと座ってきたりする。かわいい。
「ライケイン、今だ」
横に居るライケインにこそっと耳打ちして合図を送る。
ライケインが一つ頷くと立ち上がってガインとフランを呼んだ。
「ガイン、フラン、話があるから部屋まで来い」
「はい」
「ゼインはいいの?」
「ゼインはママから話がある」
「ふーん」
真面目で寡黙なタイプのガインはすぐにライケインのあとに続き、何かとゼインに対抗心を燃やすフランはちょっとだけ口を尖らせてライケインのあとを付いて居間から出ていった。
さて、ここからが本番である。
居間にゼインと二人きりになり、俺はゼインと向き合う形に座りなおした。
「なに、なんの話?」
「ゼイン、ママからお話があります」
五年も過ぎると自分のことをママというのにも慣れた。時間ってすごい。
「なに、なに?あ、もしかして王立魔術院の備品賠償のやつ?」
「ちげーよ、なんだお前、また壊したのか」
「ちがった?あちゃあ、ばれちゃったな」
「「ばれちゃったな」じゃない!それはまた今度、ライケインにも話すからな。今日は別の話!」
「やだなー、パパはなー。怖いんだよなー」
「しっかり怒られろ、この乱暴者!・・・とにかく今日はそれは後回し。お前に話したいことがあるんだ」
「いいよ、聞くよ」
「女の人たちからモテモテで、そのことで何回もトラブルがあったな?」
「うん、悪気はなかったんだけど」
「頼られたりするのも好きだな、人に何かを教えたり、助けを求められたら断れないだろ?」
「そうだなー。みんな助けてあげたくなっちゃう」
「それは良い事だけど。ときには断ることも必要なんだぞ」
「どうして?助けてって言ってたら助けた方がいいんじゃない?」
「命の危機ならもちろんそうだけど、お前が助けることでその人の成長を止めてしまう場合もあるんだよ」
俺の言葉にゼインはきょとんとした瞳で見つめてきた。言っている意味がわからないと顔に書いてある。
「難しいなー、どういうこと?」
「人は壁にぶつかるとそれを乗り越えるために自分で考えて答えを見つけようとする。考え抜いてわからないなら助言を求めるけど、仮に答えをそのまま誰かから得てしまったら、その人は次からどういう行動を取ると思う?」
「次に壁にぶつかった時も同じように答えを誰かから求めるようになるってこと?」
「そうだ、自分で考えることをやめてしまう。そうやって楽な道を選び続けていくことで、結果として成長できない人間になってしまうんだ」
「うーん、でも助けを断ったら嫌われたりしない?」
「断って嫌われたとしても気にしなくていい。「嫌われたくないから」が理由で全部を助けてたら、お前の周りはお前に依存ばかりするようになって、いつか心がもたなくなるぞ。女の人からの好意にはっきりしないのもいけないことだ。相手が傷つくことを考えてそうしてるんだろうけど、はっきりしない方が傷つけることになるんだ。気持ちに応えることが出来ないなら、次の幸せを探す後押しをするためにもちゃんと断ってあげた方がいい」
ここまで話して俺は一息つくためにすっかり温くなったココアに口を付けた。マグカップ越しにゼインの反応を見ると何やらふむふむと頷いているように見える。成長スピードが早すぎてライケインも俺もいろいろと後手に回ってしまっているが、この三兄弟の両親として子供達が正しい道を歩めるように出来る限り導いていきたい。
俺の話をきいたあとゼインは「わかった、がんばってみる」と言ってくれたので、俺は二日ぶりにゼインのさらさら金髪頭を撫でてやった。
――――――
「ゼイン、落ち着いたみたいだな」
「ああ、そのようだ。騎士団に行く途中に王立魔術院へ様子を見に行ったが、ゼインの上司から前より雰囲気が良くなったって言われたよ。あいつなりに気を張ってたんだろう。気づくのが遅れてめんぼくない」
「俺も同じだよ。もっと早く気付いてあげたら良かった」
「これからはもっと子供達に気を配ろう」
「そうだな」
子供達が出払い家の中には俺とライケインだけでいつもより静かな空気が流れる中、二人でゼインの件を振り返っていた。テーブルには定番のココアが置かれている。家族全員ココア好きなので定番のお手頃価格のココアと、特別なときにしか出さない超高級ココアの二つは常にストックされている。
「そういえば、騎士団でも力のコントロールについてお世話になってるみたいだな。手を回してくれてありがとう。指南役の方にも俺からお礼の品でも送ろうかな」
「お前の大ファンだからきっと喜ぶ」
「おし、じゃあ用意しとくから、ちゃんと渡しといてくれな」
「わかった。それよりリベイン、お前あの夜ゼインにどんな話をしたんだ」
「誰かに昔言われたこと」
「誰か?」
「そ、誰か」
「教えてくれないのか」
「うん、教えない」
「そうか、残念だ」
ライケインがしゅんとなった。でも教える気はない。
『断って嫌われたとしても気にしなくていい。「嫌われたくないから」が理由で全部を助けていたら、お前の周りはお前に依存ばかりするようになって、いつか心がもたなくなるぞ』
これは俺が聖男としての役割と自分自身の限界とに板挟みでギリギリの状態だったときに、ライケインから言われた言葉だ。あの頃の俺は突然国の大事を担うことになり、今までの生活とはまるで違う環境に身を置いたこともあって、無意識の内にだいぶ無理していたらしい。とにかく期待に応えたくて一生懸命だったのだが、それがいつしか「嫌われないように」に変わってしまっていた。期待に応えられなかったら嫌われてしまうと、頼まれればあれもこれもと引き受けた。「娘が」「息子が」「おじが」「知り合いが」と治癒の依頼を受ければ休日返上で治癒をして、「研究のために」「魔術の発展のために」と言われれば寝る時間を削って協力をした。そうして疲れていることに気付けないまま死にそうになってい俺にライケインはあの言葉をかけてくれたのだ。ライケインの言葉がなかったら、俺は途中でぶっ倒れてそのままだったかもしれない。
ゼインは明るくて自由人な感じがするが、何となく俺の性格に似ているような気がしていた。だから俺に気付かせてくれたライケインの言葉をゼインにも伝えたかった。俺はあの言葉に救われたから。
「いつか話してやるよ」
「わかった、待ってる」
ぶっきらぼうにそう言えばライケインの表情が一気に明るくなった。元気を取り戻したライケインがなんだか可愛くて、思わず子供達にするみたいにライケインの頭をぽんぽんと撫でた。そして固まった。
同い年の男相手に可愛いと思うとは、いったいどういうこと?俺の恋愛対象は女性でしたよね?いや、俺とライケインは夫婦ですけども、子供も居ますけども。恋愛感情なしで結婚して子供を授かりましたけども。
たくさんの独り言が頭中を駆け巡ったのち、居た堪れなくなった俺は「夕飯の準備するかー」と独り言ちてソファーを離れた。台所へ早歩きで向かう途中、壁にかけてあるフランお気に入りの鏡にふと目をやるとそこに映った自分の両耳が赤く染まっていて。その事実に余計に居た堪れなさが増した俺は台所へ走る勢いで向かったのだった。
だから俺は知らなかった。座ったままのライケインの両耳も赤く染まっていたことに。
ここまでお読み下さりありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




