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第5話 待ちくたびれたよ、レン

「寝ちゃったかぁ」


 カティが天界に戻って、カティがこの世界に居なくなって、すぐそばに居てくれた人が急に居なくなって。

 今のレンが受けている心の傷はきっと大きなもので。

 たった五日、されど五日。

 レンにとっては一番長く一緒に居た人だし、愛こそは芽生えずとも少しばかりの絆はあったさずだし。


「女の子の膝の上で寝れるなんて、幸せ者だね、レン」


 すやすやと寝息を吐くレンのその柔らかそうな頬を人差し指でつついてみる。

 むにぃとして可愛かった。


「カティが消えて、きっと私じゃ埋められないほどの大きな穴がぽっかり空いちゃったんだもんね」


 カティとは十年もの間一緒に魔皇都で過ごしてきた私にも、悲しみや寂しさはあった。けどカティは、天界で処断されたラティ様に会いたいって強く願っていた。

 最初はカティの天使化には反対していた私だったけど、それ以上の想いが彼女にはあった。だから私はカティの天使化のための最後の条件だったアルル──レンとのキスを許した。

 まぁ、このことをルリちゃんがどう見てるのかはわからないけど....。

 レンが予定より二日も早く──しかもなぜか聖皇都じゃなくって魔皇都に転生して来たあの日から、カティはメイドとしての自分を放棄して、愛の赴くままにレンと一緒に居た。

 レンからの信頼と、愛を受けたくて。

 でも....。


「ねぇ、アルル。君は誰に恋してるの? 私の魔力で探っても、見えないよ....」


 レンは結果カティを好きにはならなくて。

 嫌いなわけではなかった。むしろ好きな方だった。けどレンにはカティ以上に好きな人が既に居た。恋をしていた。

 それが誰なのかは...わからない。

 心の中で、私はもしかしたらという変な妄想までしてしまう。けど、そんなはずはなくて。

 私には──愛すべき彼が居て。

 彼にもまた、愛すべきあの子がいて。

 それなのに私は今、カティと同じ心境で居る。

 だからこそ私はレンが眠っている今のうちに言う。


「愛してるよアルル。ダメなのはわかってる。けど私は...アルルを愛しちゃってるんだよ」


 そう言ってやっと私は立ち上がり、レンの体を抱き上げて彼のベッドに乗せ布団を掛けた。

 そして、カティが飛び去った窓を閉め、カーテンを閉めてその場を離れた。



「おやすみ、アルル。そして、お疲れ様。またね」


 扉の閉まる音が長い廊下に響いた。


***


「三時?」


 目を覚まし、ベッドのそばにある台の上に置いてあった俺のスマホを開いて時間を見ると三時を示していた。


「やべ、また寝てたのか...もう昼だぞ」


 起き上がって、カティが飛び立った窓に向かい、閉まったカーテンを開けてみる。


「ん」


 三時は三時で違いない。

 しかし外は真っ暗だった。

 そう、つまり今は朝の三時。


「もしかして俺、半日以上寝てたのか...?」


 カティのことがあったのが昨日の十時頃。

そこから今まで寝て居たと考えると俺は十七時間寝ている計算になる。


「まぁ、たいてい早起きだしな、たまには....」


 にしても寝すぎか。

 ふと、部屋隅にある全身が映るほどの大きな鏡を見てみると、違和感に気づく。


「あれ」


 自分の右前髪を撫でるように触れる。


「銀色に...変わってる?」


 俺が触れたとこだけが蒼髪から銀髪に、メッシュのように変色していた。


「なんか変なもの食ったかな」


 そう呟いてまたひとつ、気付く。


「って」


 ふと廊下へ続く扉に目線を移した時、それが思い切り開いていることに気が付いた。扉の向こうは闇に包まれていて何も見えなかった。


「なんで開いてんだよ....」


 素直に恐怖心が芽生え、背中にぞわっとした感覚が走った。


「怖いなぁおい」


 怯えつつも、不気味に開くその扉を閉める。

 キィ―と軋きしみ、ガチャンと音を立てて閉じた。そしてもう一度隣の部屋からガチャンと.....え?


「おーい誰か居んのか?」


 一瞬廊下に自分の閉めた扉の音が反響したかと思ったが、それにしてははっきりとした音で。


「まじ怖いって」


 もう一度俺は怖さながらも耐え、扉を開け廊下を見る。

 目の前には俺の部屋と同じ造りの部屋が並び、左右にもそれが並んでいた。


「誰も居ない...のか?」


 俺が周りを確認して、その扉を閉めようとした時。


「ん?」「あっ!」


 俺の左の部屋の扉が少し開いていて、その隙間から少女がこちらを覗いていて、俺と目が合った。


「......どうした?」


声をかけてみる。


「....レン?」


 小さな声でそう俺の名を呼ぶ声が聞こえた。その声は聞き覚えのない高い少女の声だった。


「誰だよ...?」

「えっ、えーと私は...」


 そう言い淀んで彼女は扉を閉めきる。


「あ、ちょっと!」


 俺が彼女を追うように部屋の外にばっと出る。

するとあっちも扉を開いて姿を見せる。


「初めまして、私は聖界女王様の護衛団で偵察隊長を務めてるエルメス・ダスヴィ・ダーニャだよ。勝手に部屋に入ったのは、その、ごめんね....?」

「いや、まぁそれはいいのだけどさ」


 その女の子は一礼してそう自己紹介をする。

 長い金髪をお団子で結んでいて、澄んだ空色の綺麗な目。背はカティと同じくらいだった。


「どうして俺の部屋に入ったんだ?」

「シャルル様の息子が魔皇都に居ると聞いてね。例に倣って偵察をと思って来てみたんだ。そうそう、私ね、隠密魔法に特化してて鍵も壁もなんでもすり抜けれて、その上透明化もできるんだよ! すごくない?」

「い、いやまぁ凄いんだけどさ、それ自分で言う?」

「褒められたいのは人間の本能でしょ」

「...まぁそうだな...」


 俺はエルメスと名乗る不法侵入者の着ている服を見る。

 ベージュと緑のチェック柄のスカートに白いYシャツ、その上に薄茶色のブラウスを羽織っていて、白い靴下に黒い革靴で足を包んでいた。

 服装から見て、日本の高校の制服のような格好だった。


「ちょ、そんなじろじろ見ないでよ」

「あ、ごめん」


 エルメスが羞恥を体で表すために自分の体を抱くようにを組む。


「時間が時間だし、そういうのしたくなるのも分かるけど...私なんかに発情しないでよ?」

「してねぇよ!?」


 突然そんなことを言い出す彼女に俺は大声でつい叫んでしまった。

 それを聞いて彼女は人差し指を口元に寄せ、静かにするよう促す。


「しーっ! まだ寝てる人もいるんだから!」

「あぁ、わりぃ...」

「それで、どうする?」

「....いや、どうするって言われてもなぁ。何が?」

「....ま、まぁとりあえず廊下で立ち話もなんだし、中に入れてよー」

「え、まぁいいけど」


 そう俺の承諾を得たエルメスは扉を開き中に入る。俺も後を追う形で自室に入った。


「ここで」


 エルメスが俺の部屋を見渡しつつそう話し始める。


「ここで、カティとキスしたんだね?」

「ま、まぁ、そうだな」

「どうだった?」

「は?」


 キスの感想なんてどう言い表せばよいか分からず。


「なんつーこと訊いてくんだお前は」

「私も、羽が欲しいからさー、なんちゃって」

「え? いや、ちょ、それはつまり....そういうこと....?」

「かもねぇー」


 羽が欲しい。つまりは天使化したいということ。

 天使化するにはなぜか俺とのキスが条件のひとつとして必要らしく、つまりは俺とのキスを申し込んでいるということだ。

 ちなみに言っておくが、俺とエルメスはさっき会ったばかりだ。


「そう言われてもな、流石に初対面の女の子とキスなんか、俺にはできない」

「...そう」

「ごめんな。お前がどんな理由を抱えているにしろ、俺はその要望に応えない。俺はもう、好きな子以外とする気が起きないんだ」


 好きな子居ないけど。

 だけど何故か自然とそう口走っていた。


「....流石はシャルル様の息子なだけあるね。好きになればとことん好きで、他の子の誘惑なんかそっちのけ。愛が深い人っていいね、レンに愛されてる人が羨ましいよ」

「そ、そうか?」


 苦笑いを浮かべるエルメスは、後ろを向き、俺に背を見せる。


「まぁ私は天界に行くつもりも、レンとキスする必要もないんだけどね」


 言いながら、エルメスの背中に黒い(もや)が現れると、それが次第に二枚の黒翼を形成した。

 空色で綺麗な目が赤く光ると俺の目を睨み見て、口元に鋭い牙を剝く。


「え? は? ちょっ...?」

「あはは、私は悪魔族と人間の混血だよ。天使にはなれない」


 姿と声の不調和さに戸惑い、俺が反応に困っていると、


「これが私の、本当の姿なんだ」

「初対面で衝撃的なカミングアウトしないでくれ....理解が追い付かない」

「一緒に居る時間と比例して、仲が良くなっていくにつれて、こういうコンプレックスは言い出しづらくなるんだよ」


 エルメスはそう言いつつ、翼を羽ばたかせる。


「確かにそうかもな....ってかお前は自分が悪魔族だってことをコンプレックスに感じてるのか?」

「まぁ、悪魔族と上界人のハーフでね、私。だからこうして理性保ててるけど、純血の悪魔族はこんなに話したりもできないよ」

「そう、なのか....」

「うん」

「失礼極まりないこと訊くけど、どうしてお前の親は悪魔族となんかと結婚したんだ?」


 普通、そんな理性も無くて、歯止めの利かない人を好きになるはずがない。そう思ったが、エルメスの口から話されるのはとんでもない悲劇で。


「私のお母さんは未婚だよ」

「....え?」


 母が未婚――なのに子供が居る。

 それはつまり。

 理解したが彼女は追い討ちのように話す。


「私はお父さんが誰なのかわからない」

「も、もしかしてお前は」

「うん」


 エルメスは体を翻し目線をこっちに向けて、


「私は捕らえられた悪魔族の母とその檻の看守のうちの誰かとの間にできた子」

「捕らえられた?」

「そう、私の母は二十二年前に行われた悪魔狩りの時、捕らえられた女悪魔の一人。他にも六人くらい居たらしいけどね。彼女たちは聖皇都の地下牢に幽閉されて、毎日何人もの男の相手をしていたの」

「男の相手ってつまり...そういうこと?」

「そういうこと。当然、避妊なんてしてくれるわけもなくて、孕んでは堕ろしての繰り返し。そんなのが二年も続いてたある日、ある方が聖皇都に来てね、彼女らの現状と過去を知って、解放してくれた」


二十年前に突然来たある方――そんなの、あいつしかいない。


「そのある方ってのが、お前らが英雄と崇めるシャルル様ってわけか」


エルメスは首を縦に振る。


「その時──私の母が解放された時、母のお腹には私が居た。母は堕ろそうとしてたんだけど、シャルル様がこういってね。『お前とあいつの間に愛がなかったとしても、その腹の中にはちゃんと一人の人間としての命が産まれようとしてる。お前はその子を、捨てるのか? 一人の生きようとしている命を、見捨てるのか?』って。それに頷ける母は居なかった。だから私は今ここに居るんだよ。シャルル様のあの言葉がなかったらきっと私はここに居ないし、こうしてレンに会えてもなかったんだね」

「....そんな過去があったのか」


壮絶な過去を持つには幼すぎるこの少女に少しばかり恐怖を覚える。


「…それが、悪魔族の全て」

「…」

「言葉が出ないよね、うん。私もずっと言えなかった。でもこれが私の全て――いや、悪魔族の全て。今はもう亡き、悪魔族の」

「え?」

「....どうかした?」

「もう悪魔族は居ないのか?」

「純血の悪魔の血を持ってる人は居ないね、あの悪魔狩り以来」

「え、じゃぁ、お前の母さんとか他の悪魔族の六人は....」

「その六人はみんな処刑されてるよ、シャルル様が来る前に」

「えっ...」

「そんで、私の母はシャルル様のおかげで処刑は回避したけど、私が十歳になる頃に死んじゃってね。それなら私は聖女王様に身を引き取られて、今はそこで働いてる」

「そうか...」


悪魔族はそこまでして滅ぼすべきだったのだろうか。

何か他にももっといい方法があったはず...きっとシャルルもこう考えたのだろう。

でもそれは、シャルルが来た時にはもう遅かった。


「....レンってさ」

「ん?」

「私の心内干渉もできるの?」

「んー、できると思うけど、なんで?」

「...じゃぁ、ちょっと私のこと目で追ってくれる?」

「...は?」

「知りたいことがあるから、お願い」

「あ、あぁ、まぁいいよ」

「ありがとう、それじゃ、行くよ」


 どういうことかよく分からなかったが、とりあえず彼女の言う通り目で追う。

 彼女がそう言った時、一瞬彼女の周りが青白く靄がかったが、すぐに消え、彼女が左右に歩いたり、宙に浮いて動いたりする。

 俺はそれを目で追い続けると、エルメスが驚きながら言う。


「もしかして私のこと見えてる?」

「見えてるよ? だからこうして目で追えてるわけなんだが...」


 エルメスは立ち止まり、あごに手を当てる。


「うーん、透過魔法も裸眼で見えるんだ....怖いね、レン」

「...もしかして普通見えちゃいけないやつかな、これ」

「いけないやつだね。さっきも言ったように私は透明になれるんだから、見えていいわけないじゃん...」

「あ、そうだったな。ぼやけたタイミングでお前が透明化したのか?俺の本能かなんか知らないが即座に見えるようにしてくれたのかもな」

「どんな仕組みなんだよそれ...」

「俺はわからん」

「私もわからないよ」

「そういえば淫魔」

「うん?どうかした?」

「え?」


 いじるように淫魔と呼んだのだが、あっさり認めて答えられ、俺は困惑する。


「え、お前って淫魔なの?」

「思春期真っただ中の悪魔族の女子が淫魔にならないとでも?」


 にひひと笑うエルメス。


「まぁ、その...俺は襲うなよ?」

「襲う気ないけどなんで?」

「いろいろと困る」

「....もしかしてレンってさ....」


 エルメスが唇に人差し指を当てながら俺を見上げると、


「恋、してる?」

「.....」


 思わず黙ってしまう。


「図星かー」


 俺は何も言わずゆっくりと首肯する。

 エルメスも黙りつつ、俺の目をずっと見つめる。


「....」

「....」

「.....?」

「....いや、何か言えよ」

「レンが黙ってたから黙ってたんだけど!?」


 驚きながら少し怒るかのように声を荒げるエルメスは、俺を指さしながら続ける。


「もう訊いちゃうからね!」

「訊くって何を?」

「誰に恋してるのかに決まってるでしょ?」

「教えてたまるかよ」


 教えるも何も、自分でも誰が好きなのか、ぼんやりとした何かだけが思い出されるだけで、それが誰だかわからないが、その子に恋をしているらしい。


「けーち」

「ケチで結構。まず、俺らは初対面だ。そんなお前にアイザとかカティにすら言ってないことを言えるかっての」

「....そんなんだからカティがレンのことで泣くんだよ」

「え?」


 カティが俺のことで泣く?

 確かにあの時、カティは泣いていた。

 だが、エルメスが言ってるのはきっとその時のことじゃない。


「レンがカティの愛を受け入れなかったのもそうだけど、君のために毎日働いて、休みもせず君と過ごしてくれたカティの体を慰めもせずに、ただ受け流すだけ。大好きな人のために頑張ったのに、大した見返りはない。だんだんと疲れて行って、カティは自ら君との別れを切り出した」

「そ、それはカティがラティ様に会うために──」

「大好きなのに、愛してたのに──!!」

「っ...!?」

「なのに、そんな人に自分からさよならを言う辛さがレンには分かる!?」


 エルメスから感じられた感情はただ一つの怒り。 その矛先はもちろんこの俺。

 カティを苦しませた俺に対しての正なる怒号だった。


「なんでお前がそんなこと知ってんだよ?」

「気づいてなかったんだ、レン」

「....何がだ?」

「私は聖女王様の護衛偵察隊長、女王様からのご指令でレンの監視を任せられてるんだ。ずっと後ろに居たから、会話も何もかも、全部知ってるよ。だからカティとキスしたのがここだってことも、カティの気持ちも分かるんだよ」

「なるほど....っていうかお前も人の心の中読めるんだな」

「読めないよ?」

「あれ、じゃぁどうしてカティの心が?」

「悪魔族のハーフとは言え、私もれっきとした女の子だから、女心というものを持ってるよ。だからカティの心情も大体わかるってわけ」

「そういうことか」

「そういうことよ」


 ふと、気になったことがある。


「何また私をじろじろ見てるんだー?怖いぞー?」


 悪魔族と人間のハーフなら、翼が遺伝しているエルメスには、他にも角やら尻尾やらもあるんじゃないかと。

 ただの興味本位で俺はエルメスの記憶に干渉して彼女の過去を辿る。


「え、レン?」


 最初に見えてきたのは、水面に映るエルメスの姿だった。

 その姿は。


「おーい、やっほー?」


 今俺の目の前に居る、こんな可愛らしい姿ではなかった。


「息してるー?」


 赤黒い小さな二本角が髪の外に突き出し、くねくねと自在に動く尻尾。その尾先は人を刺殺できるほど鋭い刃状にとがっていた。

 エルメスの見ていたその水面に映る悪魔の姿のエルメスは次第に赤に滲んでいき、その水面はあっというまに赤く染まっていた。

 つまり誰かを――喰った!?

 全身に鳥肌が立ち、強烈な寒気に襲われる。

 ゾクッと、冷や汗が流れる。


「レン!? どうかした? 汗やばいよ!?」


 エルメスが寄り添ってくるのを見て、俺は。

この女の子が。


「吸血鬼──!」


 脳裏にエルメスの八重歯が思いつく。


「レン!」


***


 ばたっと、目の前でレンが倒れた。

 一瞬わけがわからずその場に突っ立っていたが、すぐに思考を巡らせどうすべきかを処理する。


「レーン、大丈夫ー?」


 返事は返ってこないが、レンの胸部はわずかに凹凸を繰り返していた。


「よかった....」


 ふぅと、安堵の息を吐き、落ち着きを取り戻す。

 きっと、私の中の何かを見ちゃったんだろうな。


「吸血鬼、かぁ」


 懐かしく思い出すあの頃。

 五人の獣人の子らを食い散らかしたあの頃。


「レン....私の何を見ちゃったの?」


 私は確かに吸血鬼の性質が強い悪魔族だ。

 だが、聖女王様によって翼も尻尾もなくされたこの姿になってからは、もう襲うことはない。


「吸血鬼」

「え!?」

「思い返してるんだ、あの頃のこと。もう忘れてしまえばいいのに」


 突如後ろから聞こえる声に振り返る。誰かと分かって急いで立ち上がり礼をする。


「ル、聖女王様!おはようございます!どうしてここに!?」

「おはよう、エルメス。ボクはただ、アルリエルに逢いに来ただけだよ」


 そう言って聖女王様は倒れたレンの体の近くにしゃがみこむと、その銀色混じりの蒼髪を撫でる。

 聖女王様の白いドレスが床に敷かれる紅い絨毯に舞い降りる。

 そして彼女は床に転がる彼を見て言う。


「久しぶりだね、アルル。あまりにも、来るのが遅いからボクから来ちゃったよ」

「すいません...」

「どうしてエルメスが謝るの?」

「聖女王様の元へお連れするのが遅れてしまいましたので....」

「そんなことで頭を下げないでよ。なんかボクが偉い人みたいじゃん」

「十分にお偉い方ですよ、聖女王様は」

「あれ、そうだっけ」

「そうですよ。なにしろ、聖界の女王様ですので」

「天界の女王様になりたいな」

「もうじきなれますので今しばらくお待ちください」


 レンが起きるまで、私たちはそこで駄弁っていた。

 私が魔界へ偵察に派遣されたあの日からあった色々なこと。

 カティとレンが条件のためとはいえキスをしたということ。

 アイザ様からの過度な接触はあまりなかったということ。

 聖女王は終始表情を変えず聞いていた。


「んん....」


 レンが呻く。


「あれ、起きちゃったかな」

「そうかもです。聖女王様、そろそろお帰りになられた方がよろしいかと」

「そうだね。それじゃ、また後で会おう、エルメス」

「はい!」


 彼女は立ち上がって、レンを見下ろす。


「待ってるよ、レン」


 そう言って彼女は白い粒となって聖界に戻った。


***


「んあぁー!!!」

「全く! なにがしたいのよ! レン!!」

「さぁなー!」


 俺は両腕を上げて体を伸ばして起きる。


「いきなり私を吸血鬼と呼んだかと思えばぶっ倒れて、それで起きたと思えば部屋を出て今こうして私の手を引いて駆け出して...」

「まぁまぁ、そんなこと気にしてないで早く行こうぜ」

「どこに向かってるかだけでも教えてよ」


 俺の横を歩いているエルメスが立ち止まる。


「どこって、聖界に決まってるだろ」

「えっ!?」


 目を見開くエルメス。


「まぁ、その前にアイザに会いに行くけどな。流石に急に居なくなって魔界中探されても困るし」


 アイツなら普通に魔法で俺の居場所すぐに掴めそうだけどな。


「あ、ちゃんと報告するんだ...安心した」


 そう言ってエルメスがホッと、胸を撫で下ろす


「ってか歩いていくのね」

「歩く以外に俺に移動手段ないから」

「私に言ってくれればレグレートできるのに」

「あ、お前もレグレート使えるのか」


 心読めないから魔法使えないのかと思っていたが、透過魔法使えてるんなら当たり前に使えるわけか。


「魔法科目は聖魔両界の学園で必修の科目のひとつだからね、ある程度の魔法は使えるよ。高等魔法とかは透過魔法しか使えないけどね」

「へぇ、学校で魔法習えるのか。めっちゃ楽しそうじゃん」

「レンみたいに余裕で使えちゃう人はごくわずかなんだよ....だから使えない人は本当に使えなくて萎えてる子多いね」

「へー」


 俺は一応魔法は使えるからな。まだましなのか。


「ちなみに高等魔法ってのはどんなのなんだ?」

「大魔法と特殊魔法のことだね。大魔法は、魔方陣を必要とする、魔力と体力の消費が激しい代わりに絶大な威力と効果を持つ魔法のこと。まぁまれに詠唱も魔法陣もなしで出来るバケモノもいるけど。例えば一つの街ごと移動させたり、特定の範囲内の物を消滅させたりね」

「父さんがあの時使ったのも確か大魔法って聞いたな」

「そうそう、珠玉大魔法のマクトリアだよ」

「なんだそれ」

「球体に魔力を凝結させて効果を発揮する魔法のこと。マクトリアはその珠玉大魔法の類で最も強力で、その分代償も大きい魔法だよ。私みたいな一般人が使ったら..反動に耐えれなくてあの世行きだね」

「まじか....」

「まじだよ」


 俺が魔法を使えるようになって、魔力あるからって調子乗って大魔法連発したら死ぬのだろうか...。


「それで特殊魔法っていうのは、治癒とか私みたいに透過とか、炎とか水とか風とか、そういう分野のこと」

「ってことは心内干渉も一種の特殊魔法なのか」

「そうだよ。レンは普通に使えてるけど、私使えないからね...高等魔法あんま使いたくもないし」

「なんでだ?」

「レグレートとかの一般魔法と違って代償っていうのが付きまとってくるからだよ!」

「あぁ、そういうことか」


 高等魔法を使うと体力も消耗するからなのか。でも、俺はほぼ常に心内干渉を使ってるが、大した疲労感とかも感じたことはない...。

これも女王様譲りの魔力の恩恵というわけか。


「それよりさっさとアイザ様のとこ行こ?」

「そんなに聖界行きたいのか」

「行きたいというか帰りたいんだよ。もう五日もこっちに来たまま帰れてないし」

「俺の監視おつかれ」

「ありがと、それじゃ行こっか」


 エルメスが俺の手を握った次の瞬間、懐かしい感覚に包まれる。

 レグレートが終了した先はアイザの部屋の前。

 エルメスはその扉をノックする。


「アイザ様、エルメスです。レン様から話があるようなのでお連れしました」

「あ、エルメス!入っていいよー」


 アイザの許諾の声が聞こえ、俺らはその中に入った。


「レンおはよー!」

「おはようアイザ」

「エルメスも久しぶりー」

「お久しぶりです、アイザ様」

「って、バレたの!?レンに」

「はい、今朝バレちゃいました」


 アイザは俺のことを見て言う。


「流石はシャルルの息子」

「初めてお前が俺の父さん呼び捨てにしたの聞いたわ」

「まぁいいでしょ、本人に聞かれてないんだから」

「天界から見られてるかもよ」

「大丈夫、あの人まだ寝てるから。それでレンが私に話したいことは聖界に行きたいってことでしょ?」

「そうだよ。これ、俺らここに来る意味あったのか?」


 どうせ心内干渉で分かっていたのだろう。


「あるよ」

「...なんで?」

「レン、聖皇都への行き方知らないでしょ」

「エルメスに連れてってもらうから大丈夫だぜ」


 そう言いつつ俺はエルメスを見ると、


「あ、私も知らないですよ! 私ここに来るときは聖女王様に連れてきてもらったので!」

「あ、そうだったのか...」

「だから、ここに来て正解だったの! それより、レンがもう耳とか塞がなくてもレグレート耐えれてるのに気づいてないの面白かったよ」


 アイザがそう言ってははは、と笑う。


「あ、確かにそうだったな...もう大丈夫そうだ」

「慣れたようで安心安心! それじゃ今から使ってみよーよ!」

「あ、俺が飛ぶの!?」

「ほんじゃ、アヴェルヴォの外までとりあえずやってみようか! よろしくー!」

「じゃあ私も一緒によろしくお願いします〜!」


 エルメスとアイザが俺の手を握る。


「やったことねぇっつーの!」

「行きたい!って想ってみて」


 仕方なく俺はアイザの言う通り、俺の行きたいとこを思い描く。

 スーッと全身の力が抜けていく感覚と共に、体がわずかに浮いたような気がして、これがレグレートと知った。そして目を開けると。


「あ」

「「あ」」

「待ちくたびれたよ、レン」


俺の目の前には見たことの無い美少女が居た。

銀色の短髪の、白いドレスを身に纏ったその少女は俺にそう言うと、続けて


「銀髪混じりの蒼髪の少年」


 青い瞳が俺を直視する。


「確かにその特徴に俺は当てはまるな」


 元より俺は蒼髪だった。

 おそらく父、シャルルの遺伝なのだろうが。

だが、こっちに来てからというものの、一部が銀色へと変色していることに気づいた。

 どうして変色したのか?

 この世界に来たこととなにか因果があるのだろうか?

 分からない。

 そんなことを考えている俺にアイザが笑った。


「どんだけ考察してるんだよレン」

「頭の悪さだけは1丁前だぜ」

「そうは言ってないけどね!? ちなみにもう答えを言っちゃうけど──」


 アイザを遮って、その銀髪の少女が言う。


「君は大天使同士の子だよ」

「まぁ、なんとなくそうだろうとは思ってたから驚きはしないけども」

「流石に分かってくれないとこっちも困ってたよ。そういえばエルメス。久しぶりだね」

「そうですね! 五日ぶりほどですかね?」

「レンの監察お疲れ様。しばらくはこっちで休暇取っといていいからね」

「ありがとうございます!」

「おいなんだその物言いは! まるで俺が危険人物みたいじゃねぇか!」

「あながち間違いじゃないから否定はしないでおくよ」

「おい! そこは否定して慰めてくれてもいいんじゃねぇのか!?」

「アイザから聞いたと思うけど、君は超絶大の魔力を持っているんだよ。だから、この世界で生きてく上で、誰かに狙われてしまう可能性が高い。仮にもその力が暴走して、周りの人を傷つける可能性もあったし。だからそうなった時の対応を迅速にするためにエルメスを送ったんだよ」

「なるほどな...」


 ハッと、カティからアイザが俺には瞬殺されるとかなんとか聞いた事を思い出す。

 魔界女王を超えるほどの魔力が俺にはある。そのくせ俺はその魔力を制御するどこらか自覚すら無い。彼女の言った通り、魔力目当てのやつらに狙われたり、暴走してカティらを傷つけたりする可能性もないわけじゃなかった。


「そんなに抱え込まなくていいよ、レン」


 彼女は俺の手を持ち上げると拳を広げさせる。


「レンにはボクが居る。ボクらが居る。もし仮にレンが暴走してもボクのこの力で捻り潰してあげるよ」


 そう言いながら手のひらを重ねる彼女。


「絶対、止めてくれよ...? 俺は誰も傷つけたくない...」

「だから大丈夫だって言ってるじゃん! 私ひとりじゃ負けちゃうけど、みんなの力があれば余裕だよ! ね? ルリル! エルメス!」

「おい」

「あっ」


 ルリル。おそらく彼女の名であろうが、アイザすら今まで伏せてたはずだったのだが...普通に零したな、今。

 俺らは察して硬直してしまった。


「アイザ?」

「な、なぁにかなぁ? 聖界女王ちゃん?」

「もう遅いよアイザ」


 アイザは自分を睨むルリルと呼ばれた聖女王様の視線を逸らす。が、彼女は睨むのをやめなかった。


「うぅ...ごめんなさいだよルリちゃん」

「...まぁ、いずれ知ることになってたし、現に会えてるしいいけどさ」


 そう言って俺に体を向ける。


「ひさしぶりだね、レン」

「え?」


 ひさしぶり? いや、初対面なはずだ。

 こんな美少女に会って忘れてるわけがない。

 そう思って彼女に言う。


「会ったことないだろ?」

「気づかないのかぁ、ボクの声で」


 そう言われても全く身に覚えのない声である。


「悲しいよ、レン」


 そう言って彼女はその身を包んでいたドレスを脱ぎ捨てる。


「ちょおま何やって──!」

「ここまでしないと分かってくれないのかなー悲しいなー」


 そのドレスの下は裸?

 いや違う、そんなもんじゃない。


「ボクは、大天使、ルリル・ルヴァーヌだよ」


 白い羽が宙を舞い、静かにゆっくりと落ちていく。

 投げ捨てられたドレスがストンと床につく。

 黒を基調としたドレスにピンクのラインが入ったその服に身を包む彼女は、放った言葉の如く白翼の大天使のように、クスッと小さな笑みをその小さな顔に映し出しながらドレスから解き放たれ自由を手にした大きな白翼が羽ばたいた。


「大天使──?!」

「そうだよ、レン。ボクは大天使だよ。」

「ルリちゃん! その姿、見せちゃっていいの!?」

「大丈夫、その時はとっくに来てたから」


 アイザの心配にそう答えると大きくふぁーっと伸びをして、何度かその場をぴょんぴょん跳ねた。跳ねるうちに何やら頭上に見えてきたものがあった。


「えっ」

「お?レンにしては気づくの早いね」


 金色の天使の輪。それが彼女の頭上に現れたのだった。


「天使の輪か!」

「まぁそうだよ。正しくは光輪だね。天界以外でこの姿になるとなんかついてくるんだ」

「天界に行ったら消えるのかよ」

「うん」

「なんだそのシステム」

「知らないよそんなの、ゼウスに聞いて」

「え、この世界ゼウス居んの!?」

「居るよそりゃ。全知全能の神様だよ?...それより気づいたみたいだし、そろそろ戻っていい?この姿疲れるんだよね」

「戻ってどーぞって感じだけど、疲れるのか?」

「疲れるよ! この世界で天使の姿になると天界での数倍も天力を消費することになるからね」


 そう言いながらルリルが頭をぶるぶると振るうと初めのドレスが彼女の体を包み込む。そして天使の輪も消え、翼もしまわれてしまった。


「なんだ天力って」

「ボクら天使の持つ力だよ」

「そのまんまじゃねぇか」

「それ以外どう説明しろって言うんだい」

「...まぁ...ごめん。ちなみにその力って何ができるんだ?」

「それ教えたらボクら殺されるけどそれでも教わりたい?」

「御遠慮いたします」


 聖女王ですら口封じされてる物なのか。

 謎が多すぎて俺の頭はパンク寸前だぞ。


「死ぬなよ?」

「生きさせて」

「は?」

「へ?」

「二人とも何の話してるの?」


 三人の頭上には天使の輪でなく?マークが浮かび上がった。


「あ、あの! ルリル様!」


エルメスが一歩前に出て言う。


「そろそろ私、護衛団の元へ帰ってもよろしいでしょうか?」

「あ、全然いいよ! 長い話に付き合わせてごめんね!」

「同文だよ」

「え、俺も行きたい!」

「レンはダメに決まってるでしょ? 今から話しをするんだから」

「話? 何を話すんだ?」

「レンにとっても、私とルリちゃんにとっても、とても大切なこと」

「聞くだけ聞いていって欲しいかな、僕も」


 聖界と魔界の女王様二人にそんなことを言われると断ることなど出来ない。


「分かったってば、そんじゃエルメス、またな!」

「またお会いしましょうレン様! それではまたー!」


 エルメスはそう言って扉を開き外へ出る。

 その扉が締まりきって一時の静寂が訪れた。

 それから俺らは話を始める。

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