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第4話 この世界で会うことはもうない


突如現れた一人の不審者。

顔はフードに隠されていて見えないが、声は中年程の男性。彼を包む黒いローブの隙間から覗ける紫を反射する瞳。

その瞳はカティに向けられていたが、俺を見る。


「なぜカティを狙ってるんだ....」

「.......」


男は黙る。

と、奴はカティと俺の方へと歩み始める。


「来るな!」

「...なぜだ?」

「どう見てもヤベェ奴だろ! そんな奴を俺のカティに近寄らせたくねぇよ!」

「お、俺の....っ!?」

「...へぇ、随分言ってくれるね」


カティが変な声を出したが気にせず言った。

男は立ち止まったが、また一歩一歩進み始める。


「誰だか知らねぇけどそれ以上こっちに近づいたらぶっ飛ばすぞ」

「ぶっ飛ばせるものならしてみなよ?」

「んなっ!?」


奴は俺に手を向けると数発のエネルギー弾を打つ。その弾は俺を囲うように草原に刺さり四角を描き光を放つ。その光は立方体の壁を形成し、俺を閉塞する。そう、四角い箱の中に閉じ込められた状態だった。

とっさに俺がその光の壁を掌で叩いた瞬間、


「は?」「え?」「な!?」


その場にいた全員が驚いた。

なぜなら、俺がそれを叩いた瞬間に砕け散ったらだ。

その光の壁はガラスの割れる音を立てて砕けながら光の粒になって消えていった。


「...れ、レン様?」

「えーと...これってこんな脆い...のか?」

「いや...それは女王様すら封じ込めれるほどの大魔法のはずなのだが...?」

「まじで!?」


一回のノックで粉砕してしまったのだが。


「...女王様ってのはアイザのことか?」

「そうだよ。これが女王から引き継いだ例の魔力ってやつなのか....まぁそんなことはどうでもいいんだが...カティは預かるね」

「は?お前何言って...」


その男はカティへ手を撫であげるように動かし握り拳を作った。


「きゃっ!?」


カティがシャボン玉のような物に包まれ、ぷかぷかと浮きながら奴の元へ進んでいく。


「カティ!!」

「レン様! 助けてください!」


カティはその球体の中からさっきの俺のように掌で叩きつけるが、割れることはなかった。カティの顔は焦りと恐怖が支配していた。俺がそれに駆け寄り思いっきり叩くが全くその球体は動じず、逆に俺の殴った拳が痛んだ。



「それは物理攻撃は内外どちらからも効かないよ。殴っても無駄だ。さぁレン君、これをどう打破する?」


拳が相手の頬に届く瞬間、骨が軋むような手応えと同時に、腕全体に電流のような衝撃が走った。それを見て小さく笑う男。

カティを預かる?何が目的だ?

少なくともこいつが俺らの敵であるということは間違いない。


「くっそ...ふっざけるなぁ!」


その男に全力で殴りかかった。

心の底から湧き上がる憤りや殺意。

謎の男にカティを奪われる、それに対する大きな殺意。拳にありったけの力を込め、奴の顔にぶち込もうとしたのだが──


「っな!?」


俺の拳は奴の顔目前で止まり、後ろに吹き飛んだ。

腹部に痛みを感じ、そこを押さえる。


「甘すぎるよレン君、僕は見ての通り少なくはない魔力がある。そんな物理攻撃くらいなら簡単に返せるよ。君の魔力は十分にあるんだから、使えばいいじゃないか」


奴が俺を嘲笑う。


「くっそ....」


イライラしてくる。

奴に対してもそうだが、それよりも俺のこの非力さに。

魔力はある。だが俺はそれを使う手段を知らないのだ。だから俺は拳で殴るしかできない、はずだった。


「おらぁぁぁぁ!」


俺は懲りずもう一度、殺意満々で奴に殴り掛かった。

弾かれるとは知りながら、無理無謀に、せめての抗いのように行った。


「効かないと言ったなのだけど...無謀すぎるよ、レン君」

「違います!それは――」


余裕ぶって片手を俺に向ける男にカティがそう叫んだ瞬間、俺の拳は奴に弾かれることなく奴の左頬を殴った。その時、俺の拳が黒い(もや)と赤い雷ようなものを帯びたのは気のせいではない。

うめき声をあげつつ遠くに吹き飛ぶ謎の男。


「れ、レン様?」


カティの周りを覆っていた物は軽い音を立てて消え、彼女が芝生に尻もちを搗く。


「カティ!大丈夫か?」

「は、はい!ありがとうございます...ですが」

「ん?どうした?」

「なぜレン様が堕性の覇力(バロム)を使えるのですか?」

「なんだそれ?」


俺とカティがそう会話していると、俺の隣にさっきぶっ飛ばした奴が来た。

一瞬身構えたが、奴の顔がさらけ出されていて、その顔を見た俺は驚くことになる。


堕天の覇気(バロム)はタルタロスの王、サタンが使役する能力のことだよ」


柔らかな笑顔を見せながら彼がそう言う。紫の瞳、中央で綺麗に分けられた紫髪で若い二十代ほどの青年といえばそう、ソルハしかいない。

タルタロスやらサタンやら聞き馴染まない単語が耳に入ったが、それよりも奴の正体がソルハだったことに対する驚きのほうが大きかった。


「ソルハ! なんでお前が――」

「久しぶりだね、そう時間は経ってないけれど」

「お久しぶりです、ソルハ様...」


 カティは一礼をしてそうソルハに言うとうつむいた。


「カティ、すまない。少し乱暴な扱いをしてしまった」

「いえいえ、私は大丈夫です!」

「それよりソルハ! なんでお前がこんなとこに...というかこんなことを!?」


ソルハは俺からの問いにカティから視線を反らし、俺を見て答える。


「お手並み拝見、ってとこかな。けど、少々怖気付いてしまうほどの魔力だったよ。君を敵に回したら、上界の僕らには止めようがないかもしれないね...でも君が僕らの味方でいれば安心だね」

「んだよ...試されてたのか俺...」

「カティは最初から僕だってことに気づいていたようだけど?」

「まぁ、はい、わかっておりました」

「よく気づけたな!?」

「瞳の色に、お使いになられた魔法や魔力量などで一応は...」

「お前も案外すげぇんだな...」


確かに少し考えれば口調然り、体型然り、ソルハだと分かれないこともない。


「にしても声まで違ったのによくわかったなぁ」


あんなおっさんのような声だったのに、ソルハの声だったというのが信じがたい。


「声なんて波長を操作すればいくらでも変えれるよ」

「何そのいつでもどこでも使えるMIX機能」

「MIX?」

「なんでもないよ、こっちの話」


MIX師涙目。

魔法って本当に何でもできるんだな。

前、アイザが言っていた通り科学技術が無く不便であるはずの所をちゃんと魔法で補っている。よくできた世界だな。


「...レン君って、こうやってよく考え事してるのかい?」


ソルハにそう言われ、心内干渉されていると知って俺はそれを切った。

するとソルハがハッと驚き、


「あれ、見えなくなった! もしかして心内干渉も使えるのかい?」

「あ、あぁ。なんかいつのまにか使えるようになったっぽい」

「...レン君に使えない魔法ってないんじゃないかな...はは」


苦笑混じりにそう言う彼の顔からは畏怖の感情が汲み取れた。


「そんなに怯えないでくれよ...俺が怖い人みたいだろ?」

「十分怖いよ」

「ですね、強すぎて怖いです」

「あ、怖いんだ俺」


真面目な顔して二人からそう言われるともう認めざるを得ない。


「そういえばもう暗いですし、そろそろ帰りましょうか...って」


カティが俺らにそう尋ねるが、俺らは背後にある気配に怖気づいていた。


「....どうしてお二人とも黙ってらっしゃるのです?」

「いやね、なんか後ろからとてつもない殺意が感じれるんだけどこれって気のせいかな?」

「気のせいじゃない? 誰か居たら驚いて叫ぶよ僕....?」

「...気のせいじゃないかも知れませんね」


と、その発言は引き金となってしまったようで。


「なぁぁにしてやがんだおめぇら! アタシの親友に手ぇ出してんじゃねぇ!!」

「誰ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「びっくりしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


後ろに居た少女が俺とソルハの首を両腕で固めて抵抗させてくれなかった。

それを見てカティがその少女に言う。


「リリィ! その人たちに乱暴しちゃだめだよ!」


それを聞いたリリィと呼ばれる少女は締め付け る力を弱めて訊く。


「は? なんでだよ! こいつらはさっきお前を襲おうと...」

「「誤解だ!」」

「え、えっと....その人たち...レン様とソルハ様だよ....」

「へ?」


リリィはぴたっと停止すると俺らを解放する。

ここで初めて少女の全身がよく見えたのだが、彼女は桃髪で、腰ほどまで後ろ髪が伸びていた。


「なんでアンタらがカティを襲うんだ...? あっ! 最近の男は幼い女の子が好きってのは本当だったんだな!」

「いやそういうんじゃないから! 襲ってたわけじゃないから!」

「僕らはただレン君の力を引き出すためにここで集まってただけだよ!」


俺とソルハがそうリリィに弁解すると彼女は納得してくれたようで。


「そ、そうだったのか! それはすまなかった....てっきりカティを襲ってるのかと勘違いして咄嗟に絞めちまった」

「そう見えたならその判断は正しかったと思うよ。だから気にしないでいいさ」

「まぁ、大丈夫ならよかった。あ、そうだ。アタシはリリィ・メルディス・ロジェスタ。カティと同い年で、今は白聖騎士団(ホワイトアーサー)の副団長をしている。よろしくな」


改めてリリィと名乗る彼女は桃髪の少女で、八重歯を見せつけるように笑いながら俺に手を突き出し握手を持ち掛ける。俺はその手を握って、


「あぁ、こちらこそよろしく」


と返す。

ソルハがリリィに尋ねる。


「君は、シャナの妹かい?」

「あぁそうだぜ? 流石に姉上の名前は知ってるんだな、アンタでも」

「まぁね。会議でこちらへ来た時によく見かけるよ」

「ん? いつも居るぞ? アタシらは」

「あれ? 君たちも聖皇都(アリセル)に住んでるのかい?」

「知らなかったのか!? アタシと姉上だけでなく、白聖騎士団はみんな聖皇都内にあるアジェルバディゴに住んでんだよ!」


リリィのその言葉にソルハはふむ...と納得すると。


「そうだったのか。すまない、僕は女王同士の遣いの者として働いているから、あまり他のことに関心がなくてね」

「なんかそれはそれで使者として大丈夫なのか? まぁ、アタシらはそこに住んでんだ。もしあっちに行く予定があるならついでにでも会いに来てくれ」

「あぁ、そうするよ」


聞き覚えのない単語が続出し理解しようとすらできず聞き流してしまう。

そんな聖界住民同士のなんの話だかさっぱり分からぬ会話が終わり、俺はリリィに訊く。


「そういえばリリィって聖界の人間なんだよな?」

「あ、あぁそうだが、それがどうかしたか?」

「どうして魔界の人間のカティと親友になれるんだ? 聖界と魔界の人間同士で仲良くしようにもそんなに会えなくないか?」

「聖魔界が対立してるとでも言いたそうな物言いだな!?」

「あ、違うのか」

「違うわ!」「違うよ!?」「違いますよ!?」


三人が同時に叫ぶ。

うぅん、対立関係にあるからソルハが仲介のような立ち位置で交渉しているのかと。


「聖魔界は前代より天界、下界と区別して、上界と括られていて、深い共存関係にあります。今でもその関係は厚く、貿易なども盛んに行われています。なんと言っても、女王様同士の仲が良いので、両界民同士も自然とそうなっていますね」

「むしろ良すぎってくらいだもんな」


リリィが両腕を後ろで組む。

ふと、リリィの全身に目が行く。

顔は童顔で、背も俺の胸元辺りと低い。特徴的なものといえば、桃色の結われていないバサラ髪と桃色の瞳、口元に見える八重歯。あとは両腰につけている二本の細長い剣、いわゆる双剣というやつだ。


「な、なにアタシの体を舐めまわすように見てんだよレン!」


そんなことを考えていると凝視しすぎていたようで彼女に叱られる。


「いや、双剣みたいなの持ってたからさ、気になって」

「あ、こいつのことか?」


そういいつつ彼女はその剣を勢いよく両手で持ち抜く。


「いきなり抜くなよ怖いな!?」

「斬ったりしねぇっての! ...まぁ確かに刃先向けられたら怖いか」


アレイ=イデアと呼ばれた双剣の剣先をじっと見つめたリリィだったが、彼女の口元に不敵な微笑みが見えると。


「とりゃぁ!」


とその剣を俺に振りかざす。


「は!?」

「リリィ!?」


やばい!

そう思って俺は両腕で顔を守るように覆う。

その刃先が俺に当たると思った瞬間、その剣は俺の目前で何かに当たって、その何かがガラスのように割れていく。


「んな!?」

「そんなにビビるなよ、男だろ?」

「いやさすがに今のは誰だってビビるだろ!?」

「....レン君との間に結界を張って、それを斬ったのか...僕もだいぶ驚いたよ」

「私も驚きました...」

「まぁレン君ならあれ食らっても、斬られるどころか弾き飛ばしそうだけど...」

「「マジかよ!?」」

「あっ」「あっ」


俺とリリィの声が重なってしまう。

リリィは恐ろしく鋭い目つきで俺を睨んでくると、


「なんでお前とハモるんだよ! キモイな!」

「ひどくね!?」

「あったりめぇーだろ!」

「あたりまえではないだろ!?」


口喧嘩する俺とカティを見かねたカティが仲裁する。


「あ、あの! もう日も沈んでますしそろそろ帰りましょうかレン様!」


カティのその言葉によって俺らの喧嘩は治まり、空を見た。

さっきまでは夕日が少し残っていたがもう真っ暗だった。


「暗いな」

「夜だからな」

「そりゃそうだ」

「それじゃ、アタシはもうあっちに戻るとするよ。またなー!」

「おう、またな」「さよなら」「バイバイ、リリィー」


手を振りつつ光の粒となって消えていくリリィを見送ると、


「僕も帰るとするよ。二人も気を付けて帰りなよ」

「ソルハ様もお気をつけて」

「うん、それじゃ」


ソルハもそこを去った。

真っ暗な草原の広がるアストロレギラに涼やかな風が吹く。

その風は俺とカティの髪や服をなびかせて、俺らはその風を感じる。


「帰るか」

「そうですね、行きましょうか」


俺はカティが差し出す手を取ってレグレートを感じる。


***


「おはよ」

「おはようございます」

「またお前か」

「また私です」


転生四日目の朝。

いつもと変わらず起きるとベッドのそばにある椅子に座って俺におはようを返してくるカティが居た。

昨日と違い、一昨日と同じような明るい笑顔で彼女はそこに居た。


「やっぱお前には笑顔が似合うな」

「そ、そうですかね?」

「違いない」

「レン様がそうおっしゃるのならそうなのですかね。ありがとうございます」

「そういえばカティ、お前に訊きたいことがあってさ」


俺はベッドを立ってパジャマから着替えながら言う。

もうカティに下着を見られる羞恥はほんの二日で消えて行ってしまった。


「はい、なんでしょう?」

「どうして俺のメイドをしようと思ったんだ?」

「えっ、と....えと、それはお母様の後継者として....ですが」

「やっぱりそう言うとは思ってた」

「...え?」

「俺はそんな表立った答えを求めてるんじゃないんだ。お前なら、わかってくれるだろ?」

「...はい」


カティは小さく頷きながらそう答える。

俺はふとした時にカティの心内に干渉していたのだが、彼女がメイドになった理由だけは彼女自身の干渉拒絶ゆえか、ずっと見れないままでいた。

そのため俺はカティがそこまでして隠しているその理由を知りたかった。そして、なぜ俺の専属メイドになったのか。その理由の中には確かに親の後継というのもあるかもしれない。

だが彼女は、俺が読み取った彼女の心の中は、俺のメイドという仕事を嫌々している感じも辛苦の感情も一切ない。

その中に見えたのははっきりとした幸せで。

そう、この子は、カティは、俺のメイドとしてそばに居れることを心から楽しんでいるのだ。同時に、誇らしくも思っているらしいが、その真意までは干渉拒絶を強くしていて俺には見えなかった。

だからこそ俺はそれを知りたかった。


「話して欲しいんだ、お前の全てを」

「....何をですか?」

「なんでお前がそんなに俺と居ることを楽しめているのか、なんでお前がメイドになる運命の中でそんなに楽しめているのかを」

「....それは今じゃなきゃダメですか?」

「あぁ、今訊くべきだと思ってな」

「そうですか....もしかしてレン様、私の中、見ちゃいましたか...?」

「....そうだな」

「変態ですね、レン様。女の子の胸の内を勝手に覗くなんて」


口元を手で押さえながらほっこりとした笑顔を見せるカティ。


「....言い返す言葉はないな」

「ふふっ、冗談ですよ。それで、私がメイドに――レン様の専属メイドになった理由ですが」


カティは顔を上げ、俺の目をじっと見つめる。その目は俺の目線も離さず、そして。


「っ...!」


唇に感じた柔らかく生暖かい感触。

それはそれだけでなく。


「っっっ...!!?」


声にならない驚き。

唇同士が触れ合った刹那、バサァっと、カティの背中から白翼が広がった。

訳の分からない状況と展開を理解できず動けずにいる間、俺はカティからの唐突な接吻を受け続けていた。


「レン様」


カティが俺から離れて言う。

唇にはわずかにカティの唇の感触が残っていて。


「....な、なんだよ...?」

「聖界へ、行こうとしてましたね?」

「えっ、どうしてそれを...?」

「こういう時に干渉拒絶を使わないとですよ」


俺を見上げて微笑むカティ。だがその目には微かな悲しみが溢れていて。

確かに俺は今日、聖界へ行こうとしていた。

魔界以外の世界、リリィやソルハの住む世界が気になっていたために。

どうやらカティにそのことが見られていたらしく。


「私じゃ、ダメだったんですか?」

「ダメって、どういうことだ...?」


俺がそう答えるとカティは激しい一歩を踏み出し、胸に手を当てて叫ぶ。


「私のことを好きになってはくれないんですか!!」

「――!?」

「私はっ!」


カティは一瞬退いて、また叫ぶ。


「私はレン様のことが好きだったんですよ! 大好きだった! 愛してた! だから私はレン様がここに転生してくると知って、何よりも先にあなたのメイドになりたいとアイザ様に頼んだんです!! それなのにレン様は――」


ふと、カティの黒と黄のオッドアイから流れ出たものが彼女の頬を伝って零れる。


「そうだった....のか」


 カティは俺のことが好きだった。だから、その大好きな俺とずっと居たくてメイドに――俺の専属メイドになったのだとしたら、全ての線が繋がる。

 なんで気づいてやれなかったんだ。

 少し考えればこんなこと、すぐに分かったはずなのに...。

 俺は馬鹿なのかもしれない。それもただの馬鹿でなく、途轍もない馬鹿だ。女の子の気持ちの一つも分かってやれない。

 それゆえに、俺の馬鹿さゆえに、俺の鈍感さゆえに、今こうして傷ついて泣いている女の子が目の前に居る。

 そして俺はその子を見て――見るだけで。

 何をすることもなく、見るだけだった。

 罪悪感。

 そればかりが俺に重くのしかかってくる。それに、気付くことすらできなかった後悔、そんな自分への嫌悪。

 止まない負の感情に襲われ続け、何も話せず動けずその場に突っ立っていた俺だったが。

 カティが言う。


「全く、しょうがない人なんですから」


 カティはそのメイド服のポケットから白いハンカチを取り出すと俺に差し出す。


「....え?」

「気づいていないようですけど....レン様、どうして泣いているのですか?」

「え」


 言われて初めて気が付いた。

 ふと目元を指で拭ってみると、その指は濡れた。そう、俺の頬は涙が濡らし続けていた。


「あれ....なんでだ....あれ」

「そんなに自分を責めないでくださいよ。悪いのはあなたではないのですから。どちらかといえば、ずっと躊躇っていつまでも先延ばしにして、こんな形で告白することになった私に責任があります。そもそもレン様は私との過去の記憶がないので、分かるはずもないのですが...先ほどはつい大きな声を出してしまいました...すみません....」

「....ほんと、優しいなお前」

「レン様だけの特別ですよ」

「......なんでお前は」

「はい?」

「なんでお前はそんなに悲しい顔をしてるんだよ?」


 その言葉でカティから再び笑顔が消えた。


「俺がお前を好きじゃないって分かったからじゃない」


 彼女は黙ったまま目を反らす。


「なんでもう『会えない』って、思ってるんだよ...?」

「....バレちゃいましたか」


 えへへ、と小さくごまかすように笑うと、


「私がなぜさっきこの翼が生えたのか、分かりますか?」


 カティはその背中に生えている翼を小さく動かす。


「カティは...神なのか?」


 白い翼を持つ人間といえば、天使か神のいずれかしか思いつかない。これは俺の偏見かも知れないが、天使の輪がなければ神なのかと思っていた。

 どうやらそんなわけではないらしい。


「神...にはまだなれないですね」

「まだ?」

「....ついさっき天使化したばかりですし」

「て、天使化!?」


 あの時、カティに翼が生えたのは発作的な物ではなく、あの瞬間に天使になったってことなのか!

 天使化か....天使ってことは何度も聞いた例の天界みたいなとこに....?


「そうですね、さきほどのキスというもので、条件は満たされて無事天使化できました。ありがとうございます、レン様」

「....ありがとうも何も、ちょいとばかしどういうことだかわからねぇ」

「無理もないですね、シャルル様だって分からなかったそうですし」

「シャルル...?どうしてまた俺の父さんの名前が出るんだよ?」

「レン様のお父様――シャルル様は下界から上界へ転生した第一号ですが、人間として天使化した第一号でもあるのです」

「シャルルが...天使化...?」


 下界からこっちへ転生したのも、天使化したのも俺の父さんが初めてなのか...。

 俺の父さんが天使化しているということだよな...やっぱり話がぶっ飛んでてよくわからない。

 シャルルは俺が生まれるよりもっと前にここに来ていた。そしてそこで初代聖界女王様とやらを救って英雄と称されるようになり、その後今のカティのごとく天使化する条件が揃って天使化したっていうのか?

 カティは窓から見える景色の中で、天上を見上げた、

 天上の世界──天界。

 下界では俗に天国と呼ぶ場所。


「ってことは俺の父さんは今も」

「はい、その通りです」


 俺らは空を仰ぎ見る。

 朝日が地上を照らし、底なしに青い空があった。


「そりゃ、あんなとこ居たら日本になんか帰れないわな」


 この世界に来て、天界にまで行って、そこからまた下界に帰ろうとか考えるはずはない。少なくとも俺なら考えない。


「あれ?」


 ふと、疑問に思うことがあった。


「シャルルは俺が産まれる二十年も前にここに来ていたんだよな?」

「そうですけど、何かお気づきになられましたか?」

「だとしたら、俺は天界で産まれてこないと辻褄があわなくないか?」

「....そうですね、シャルル様は一度もここから下界へお戻りになられていないようですし」

「ならなおさら俺はどうしてあっちで産まれてるんだ?」


 天界に住むシャルルと下界に住む神野志保。その当時、世界越しに子作りなどできるんだろうか? 遠距離生殖とかいうのが魔法なりなんなり使ってできるなら話は別だが...さすがにそんなはずはないだろう。


「二つ、教えてあげます」


 カティは二本指を立てると、自分の口元に寄せる。


「教えたことは、私とレン様だけの秘密、ですよ?」

「あ、あぁ」


 発言的にカティは俺のことも、シャルルのことも全て知り尽くしているが、誰かからの圧力によって言えないのだろう。

 それが誰によるものなのかは俺には分からないが。


「まず一つ目ですが。天界と下界、天界と聖魔界との間にはそれぞれ異なるゲート、エンデントマーグがあります」

「エンデントマーグ?」

「はい、これは天界の方であれば位階関係なく行き来することができますが、私たち上界や下界の方は通れないです」

「ってことは今のお前みたいに天使化しないと天界には行けないってことか?」

「その通りです」

「...行くのか?」

「えっ?」

「その翼があるってことはもう行けるんだろ?」

「そう...ですね」

「だったらもう、行くのか?」

「...」


 カティが黙る。


「私はまだ、選べずにいるのです」

「選ぶ? 選ぶって何を?」

「このまま天界へ戻るか、ここに留まるか、ですね。私はずっとレン様のお側に居たいですが、どうしても天界に戻らなくちゃいけない理由があるんです。行かなければならないのです」

「どうして?」

「会いたい方がいるんです」


 カティは俺に背を向けて、窓の外を見る。


「ラティ様です」

「ラティ様って確かお前の母親の?」

「はい、お母様に会いに行きたいのです」


 お母様に会いに行く、つまりカティの母親は。


「そうです。私がレン様と会うちょうど三年前に天使になりました」

「それは、俺がこの世界に来たこととなにか関係が?」

「それは違います。本当にこれは偶然で、突然でした。お母様は死ぬ時も、レン様がいらっしゃった時も。レン様、レン様は全くもってシャルル様に似つかず、まるで別人です。シャルル様のことを教訓として対策を考えても、あなたは全て覆してしまう。本当に、シャルル様の遺伝子はどこへ?」

「それは俺に訊かれても分からないけど...」

「それもそうですね。そして、ニつ目ですが」


 と、そのニつ目を言うより先に扉が激しく開く。


「カティ!!!」

「ア、アイザ様...」


 入ってきたのはアイザだった。

 とても慌ててる様子で顔が引き攣っている。


「カティ! もしかして本当に!」

「はい、天使化してしまいました。申し訳ありません」

「申し訳なくなんかないよ! むしろおめでとう! 本当におめでとう! これで、これでやっとラティに会えるじゃん!!」

「...そうですね...」


 カティは何故か不満げにそう言ったが大きく深呼吸をして続ける。


「今まで本当にお世話になりました。アイザ様は十年もの間、レン様はほんのわずかな時間でしたが、私はお二人のおかげでとても幸せに過ごすことが出来ていました」

「私もだよ! 今まで楽しい時間を、かけがえのない時間をありがとう!」

「まぁ...ほんと短い間だったな。でも俺はお前が選ぶ道を引き止めることはしない。後悔しないように生きていけよ、あっちに行っても。俺はいつでも待ってるぞ」

「ありがとう...ございます! それでは私はそろそろ」

「行くのか?」

「はい、お二人の言葉で決断は出来ました。また会えると──いえ、また会いに来ますから、絶対に!」


 カティはガッツポーズをしてにっこりと笑う。

 今までの中で1番幸せそうな笑顔で笑う。


「またな、カティ。あっちでも元気でな」

「もちろんです」


 カティは外へと抜ける扉をバッと開き、


「それでは、さようなら」


 バサッと。翼が広がってカティが背を向ける。

 その手前、カティの瞳にほんの僅かな光の揺らぎがあった。

 飛び立つ寸前にその翼が翻ってこちらを向くと満面の幸せに満ちた笑顔で俺を見つめながら


「レン様、大好きです」


 そう、俺に言い放った。

 それと被さってカティの物とは思えない恐ろしい言葉が脳内に響いた声があった。


〝レン様、アイザ様にはくれぐれもお気をつけください〟


「ッ!?おい!どういうことだ!カティ!!」


 その言葉が届いたのかは知れない。

 カティは。

 カティはもう飛び立っていて。

 カティはもう見えなくなっていて。

 一枚の純白の羽が俺の手に舞い降りる。

 俺はそれを握って、握って、握りしめて。

 その途端俺は膝から崩れ落ちてしまった。

 握りしめた羽が、心臓の奥まで突き刺さったようで。

 アイザは崩落した俺の体を支えて、抱きしめてくれた。

 そうだ、今日からカティが帰ってくるまでは...。

 そう思うと平常心など保てるわけがなく、目元に込み上げた熱い物を抑えられなかった。


 カティはこの世界にもう居ないのだから。

 カティとはこの世界で会うことはもうないのだから。


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