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第2話 前居た人

「イヤ、かな?」


アイザが切ない表情で訊いてくる。


「イヤとかそういうんじゃないけどさ」


アイザはその赤いドレスの後ろで手を組み、俺を上目遣いで言う。


「別に、ここに住んでレンが損することないと思うんだけどな...」

「...どうしてだ?」

「レン、ここから出てってもどうするの?」


目を細め俺をまじまじと見つめるアイザ。

確かに、そうかもしれない。

よくわからない世界に来た。そしてその世界の女王に出会った。女王直々の守護下に居れるなら何よりも安心だ。

例えここがこんなに平和でも外がどうなっているかは想像もつかない。

盗賊や、もしかすると魔物に襲われてしまうとか、そういう線もあったりする。

俺自身この女王を完全に信用できてる訳じゃないが、それよりも信じられないのは外の世界。

だが、この中に篭っていても、この世界の全てについては知ることが出来ない。俺はここで暮らす上ではこの世界について詳しく知っておく必要があると考えてる。

アイザと共にここで暮らすか。

我が身を危険に晒しながら外の世界を知るか。

うーん。どうするべきなんだろう。

こんなにじっくりと考え事をしたのは初めてかもしれない。


「どうするの〜?」


アイザが再び訊く。それに対し俺が出した答えはこんなものだった。


「....分かった、じゃぁここに住もう」

「やった!」


俺の返答に満足が言ったようで喜ぶアイザ。


「ただし」


俺は人差し指を彼女に突き立てる。


「俺の身の安全を確保して欲しい。絶対にだ。

そして出来ればだが、護衛やらなんでもつけていいから俺に外出する許可をくれ」


俺のその言葉に彼女は少し考える素振りを見せると。


「それじゃ、レンのその条件は飲むよ。有能なメイドちゃんのカティをそばに置いて、外出する時も同行させるってのはどうかな?」

「カティ...? 誰だその子?」


初めて聞く名前について言及する。


「あ、そうだ、まだ会ってなかったんだ。えーとね、カティって子はね」


アイザは両手を胸前に出して叩く。

パァンと、広い部屋に響いた。その余韻が消えるより先にアイザの隣に火の粉のような赤い光が集まり、次第に人間の姿を形成していった。


「お久しぶりですアイザ様。そして、お初目にかかります、レン様」


アイザの横に現れたのは一人の少女。

年はアイザより少し上のようで、背は俺とアイザのちょうど中間ほど。幼さも大人っぽさも感じさせる顔つきに、黒白のメイド服に身を包む黒髪の少女。その少女の黒と透き通るような黄色の瞳は俺に向けられ、


「レン様、今日から貴方様のメイドを務めさせていただきます、カティ・ムルジスト・フィリアです。お気軽にカティとお呼びください。私は常にレン様のそばに居ますので何か困ったことがあればお尋ねください」

「あ、あぁ、分かったよ。カティ、これからよろしくな」

「はい! こちらこそよろしくお願いします、レン様」

「...やっと異世界感が出てきたような気がするな」


テレポートと言うべきなのか、召喚と言うべきなのか。こうして本物の魔法を目の当たりに出来ただけでも嬉しかったりする。


「どう? カティは気に入った?」

「ん? あぁ、まぁ気に入った...ってか物みたいに言うなよ」

「ふふっ、ごめんごめん」


そう謝るアイザ。その姿がどことなく可愛らしく感じた。


「え? 私の事可愛いって思ってくれたの? ありがとだよ、レン!」


そう言ってアイザが抱きついてくる。俺は驚きのあまり彼女を引き離しながら。


「え、ちょ、なんで今可愛いって思ったって...」


確かに俺はそう思った。が、口外してないはずだ。


「私、こう見えても魔界王女様なんだよ? 人間の心読むことなんか君の息の根を止めるのと同じくらい簡単なことだね〜」


しれっと怖いことを言うアイザ。


「待て待て、お前が凄いのは分かったが例えがひどくないか?」

「事実だよ」


きっぱりと言い切るアイザの顔には微かな笑みが伺えた。からかわれていたのか...。

そういえば、この世界の文字について聞くの忘れてたな。


「そうだ、アイザ、この世界の本って無いか?」

「本? どうして急に本なんか?」

「ちょいと気になってな」

「....なるほどね、分かったよ、ならこれでもどうぞ」


そう言ってアイザが人差し指を一振すると、部屋の右奥にあった本棚から赤い太い本が飛び出し、俺の手元に浮いてきた。

楽だな、こんなの使えたら。練習すれば使えるようになるもんなんだろうか。...いや、ないか。いくらここが魔界って言ったって、俺は地球の住人。魔力がないから使えないはずだ。

そんなことを思いながらその本を手に取り、観察した。そこには大きく白い字で古魔術と記載されていた。


「なるほど、これで俺がこの世界の文字を一から勉強する必要はなくなったようだ」

「でしょうね」


その本の中のページも見てみたが、、ところどころ図のようなものがあるが日本語表記だった。ひらがな、カタカナ、漢字からアルファベットに至るまで存在していた。

もし文字が違えば、一から学ぶことになる。その点、俺の転生は随分と楽な世界に来れたなと安堵した。


「ん、でしょうね?! アイザってまさか俺が何考えるか、未来のことまで見えたりするのか?」

「いや、それは出来ないよ。何考えるかなんてその人次第だし。操るならまた別だけど...」

「ならどうして?」

「ただね、前居たレンみたいな人もね、それを聞いてきたらしいから、君もそれが気になったのかなって」

「...前居た俺みたいな人?」


やはり誰か居たのか、俺と同じ体験をした転生者が。ライムが地球という言葉にあれほど過敏に反応したのもそのためか。にしてもあれほど崇拝対象っぽい人物なのか...なんだか会ってみたいな。

俺がそう尋ねるとアイザはムキになって手を振りながら言う。


「え、あ、いやなんでもないよ! この世界に来る地界の人間はレンが初めてなのであって、誰もレンより前にこの世界に来てなんてないよ!」

「...ほう」


いや、流石にもう手遅れだと思うのだが。

嘘下手な人はクラスメイトにも居たが、ここまでの嘘下手にはあったことがなかった。


「嘘下手で悪かったね!!」

「っ!?」


...そうだった、考えてる事は全部お見通しなんだった。


「本当になんでもないんだってばぁ」

「なんでもない奴がそんな焦りながら話さないけどなぁ?」

「...死にたい?」


アイザが手のひらを上に向けながら白色のエネルギーの玉を生み出す。


「い、いや、それはちょっと良くないぜ、女王様」


何とか鎮めようとする。流石に転生初日で死ぬのは御免だ。


「冗談に決まってるじゃん。何本気で止めてるんだよレン」

「そ、そりゃそんなのくらいたくなんてないからな!?」

「...ふーん、ぽいっ」

「っっっ!?」


アイザは不敵な笑みを浮かべるとその玉を俺に放った。咄嗟に悲鳴を上げてしまったが何故かどこにも痛みなどはなく。


「単なる治癒魔法だよ、男の癖に意気地無しー!」

「そうかもな」

「あ、ありゃ、認められるとこっちとしても困るんだけど」

「事実だからな」

「確かに」

「そこは否定してくれると俺は嬉しかったかなぁ」

「レン自身が言ったんでしょ!?」


それも、そうだな。


「そういえばレン」

「ん? どうした?」

「まだ確か聖界には行ったことないんだよね?」

「そうだな、というか転生したのここだし、それからライムとアイザとカティにしか会ってないぞ。それにまだこの世界についても謎だらけだしな」

「そっか。まだ転生して二時間くらいだもんね。そりゃ理解できなくて当然だ〜」

「ちなみに魔界って言うと魔物とかが大量に居てヤベェ世界って思ってるんだが、正確にはどんなとこなんだ?」


するとアイザは中央にある赤いテーブルの席につく。


「座っていいよ、レン、カティ」


俺はアイザと対面の位置に、カティは俺の隣に座った。そしてアイザは魔界についての話を始める。


「まず、勘違いしているようだから弁解して置くけど、魔界ってタルタロスの事じゃないんだよ」

「タルタロス?」

「悪魔界、っていうのかな」


悪魔界タルタロス。おそらく俺が思っていたような魔界そのものなのだろう。


「それで?」

「下界の人達はそれを魔界と呼ぶらしいけど、この世界では私の統べる魔法世界のことを指してるんだよ」

「...要は、魔法世界、略して魔界って感じか」

「そういうことだね。だから君が想像していたタルタロスのように混沌でもないし、戦争なんかももちろんしてないよー! あってもたまに喧嘩が発展して起こる小さな争いくらいだね」


つまりは治安がいい世界ってことか。

アイザは俺の心を読んでこくりと頷く。


「下界と同じように、海もあるし、山もある。川もあるし、森もある。科学技術を駆使した建築も、学校もあるよ。下界にあって魔界に無いものもたくさんあるけど、それは魔法で補えるものだったんだ。だからわざわざ持ち込んで発達させる必要もなかった。科学文明が衰退した分、魔法文明が発達した。まー、私たちの魔法は科学なんかに負けてないと思ってるけど...」


ボソッと呟いたその言葉に俺は言う。


「どっかで聞いたけど、やっぱり科学と魔法って対立するんだな」

「文明的相違って感じ? あ、そんなことよりそろそろご飯の時間だ」


アイザはカティに向かって言う。


「そうですね、既にアルト様が調理を終えて卓上に並べてらっしゃいます。レン様は私がご案内致しますので、アイザ様はお先にお召し上がりくださいませ」

「うん! ありがとねー!」


アイザはそう言うと、俺の前にあるさっきの赤い本を手に取り宙へ投げる。その本は落下することなく元あった場所へと戻って行った。


「それじゃ、また後で」


手を振りながら光の粒となってアイザがここを去る。


「って今、夜なのか!」


普通に目を覚ましたあの時が朝だと思っていた。


「そうですね、時刻は夜七時を回っております。それではレン様、参りましょう」

「あぁ、よろしく」


後ろを振り返りドアを開けようとするが既に開いていた。


「あれ、開いてたっけ」

「私が今開けました。ついてきてください」

「どこまでもついて行くよ」

「えっ」

「えっ」

「...行きましょう」


そんな変な会話が終わり俺らは部屋を出た。

三階に到着して、廊下の奥に大きな部屋が見える場所へ出たのだが。


「...いや、広すぎんだろここ、あとどれ位かかるんだよ!?」

「二、三分かと」

「歩き始めてもう五分は経ってるとと思うけど!? この廊下、端から端まで何メートル

あるんだよ...」

「ざっと五百メートルですかね」

「おかしいだろ!?」


そうカティと会話していると、


「こんなんで驚いてたら聖皇都に行ったら死んで驚くかもね〜」

「死んでたら驚くも何も出来...って、ん!?」


アイザの声がした。


「後ろ後ろ」


そう言われ後ろを振り返るとアイザが居た。


「なんでここに?」

「あまりにも遅いからもう連れてこようと思ってさ。さてと、カティ、もう下がっていいよ」

「はい、それではまた」


そう言うとカティは光の粒になって消えていった。そしてアイザが俺の手をがしっと掴む。


「行くよ、レン! 耳塞いでおいて!」

「え、えぇ...?」


アイザに言われるがまま耳を塞ぐ。俺の体は浮遊感に襲われ、同時に金属同士が擦れ合うような不快な高音が鳴り響く。

ふと、そんな感覚が消えて目を開くと、そこはさっき俺が遠くに見えた場所の中で。

瞬間移動、そのものだった。


「うぇ...きもちわるっ」

「こんなので酔ってどうするのレン」

「そりゃなんの説明もなしにこんなことされたら...」

「お腹すいてたんだもん、仕方ないじゃん」

「...そうだな、仕方ない仕方ない」


早く食べたかったらしい。

俺は辺りを見回す。

黒いドレスを着た婦人や、ライムが着ていた鎧を着た人々が大勢集まってワインのようなものを飲み交わしていた。十数mはあろう長い金と赤の装飾の成されたテーブルにぎゅうぎゅう詰めに並べられた食器と椅子。

卓上には溢れるほどの料理が並び、席の一つ一つにスプーンとフォーク、ナイフにワイングラスが置かれていた。

所々に人が座り始めていて、それに流れて俺らも座った。

ってか、ここはアイザの城...なのか? ここに来る道のりで何十店舗もの店が並ぶ通りがあった。それに子供が走り回っ騒いでたり、300とか301とかホテルみたいな番号を振り分けられた個室を見た。

アイザの従者が住んでいるにしろ、多すぎやしないか?

何よりこんなに広くする意味はなんだ?城だったにしろ、幅が五百メートルもあるのはおかしいし。

あまりにも気になって俺はアイザに訊く。


「なぁアイザ、ここって城なのか?」

「魔皇都だよ」

「...魔皇都?」

「さっきから色々と一人で考えてるみたいだけど、まずここは私一人の城でもないし、むしろここは一つの都市。日本で言う首都ってやつ?あと、君が通ったお店の並んでる所はメトリアって呼ばれてる商店街のようなもの。子供たちに関しては、ここの二階の南側にあるリロヴィア魔法学校の生徒たち。あと君の見た個室は私の護衛たちの部屋」

「へー...ここが都市なのか」


と俺が納得していると。


「...おーなーかーすーいーたーぁ...」


その場にアイザが座り込んでしまう。


「そだね」


俺らは席に着くとテーブルに並ぶ数々の料理に手を伸ばし食べ始めた。


「これは...カレー、なのか?」


俺の席の前に並べられた黄色みが強いカレーのような食べ物を指して言う。すると、後ろから、


「それはケヌマという人参や芋などと一緒に鶏肉を炒めて煮込んで作った物で、ルーツェルイス産の白米にかけて食べる料理です。レン様のお住みの世界の物に似せた味わいになっておりますので、お口に合うかと思います。そちらのお飲み物は新鮮な茶葉から抽出した紅茶になります。甘みが強いのが特徴で、スパイシーなケヌマと上手く調和していい味になります。お熱いのでお召し上がりの際はお気をつけください」


と丁寧に具材から説明してくれたのは茶髪の小さな少女。年も背も小学生ほどで、よく見る白いシェフ服に身を包んでいるが、説明に一切の詰まりも見えず、すらすらと言いあげたこの少女。


「あ、ありがと」

「ちなみに僕はアルト・クウェージェと申します。来春で十三歳になります。至らぬ点もございますがここの料理長を担当しております。何か作って欲しいものがありましたらお気軽に言ってください」

「お、おう、ありがとな」


思わず引いてしまった。

いや...凄すぎるだろ。

十二歳にして料理をここで研究して、しかも料理長を務めて自ら作っていると。俺が十二歳の時なんか学校から帰宅して部屋に籠ってゲームばかりしてたのだが。

しっかりしてる子だな。どんな教育受けたらこんな天才染みた子になるんだ。

早速俺はケヌマと呼ばれるカレーに似た物を口に運ぶ。口いっぱいにスパイシーでトロトロなルーが行き渡る。


「まじか...」


普通にカレーより美味かった。

本家超えるとかヤバすぎだろこの子。


「どうでしょう?」


アルトという幼い少女は俺の顔を伺いながら感想を待つ。


「普通にカレーより美味しいぞ」

「本当ですか! 本土の方の言葉以上に嬉しいものは無いです! ありがとうございますぅ!」


俺の感想にあからさまに喜んでくれていた。


「嬉しそうで何よりだよ。この紅茶もケヌマとよく合ってて本当に美味しい」


えへへ、と可愛らしい笑顔を見せると、ルンルンとスキップしながら俺らの前を去って行くアルト。


「いきなり現れていきなり去っていくんだな」

「まぁ、いい子だよ。料理も上手いし」

「上手いどころの話じゃないけどな。アルトちゃん可愛いしな」

「ちゃん?」

「え? 女の子だろ?」

「え、男の子だよ?」

「あの見た目でか!?」

「まぁ、女の子より可愛いくらいには可愛いよね。でもれっきとした男の子なんだよアルト君は」


衝撃的すぎた。俗に言う男の娘と言うやつなのか? この目で見るのは初めてだった。

俺の右斜め横に座るアイザと話していると、俺の左席に座っていた誰かが話しかけてくる。


「初めまして、だね。レン君、今日は色々あったようだけどお疲れ様。彼女たちをこれからもどうぞよろしくお願いするよ」


紫色の長い髪が揺れ、紫の瞳がじっと俺を見つめる。その男は今まで会った人物のうち、最も大人っぽく、厳粛な雰囲気をどこかまとっているように感じた。


「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします...」


俺がそう堅い挨拶をすると、俺の肩をポンと叩き、


「そんなに固くならなくてもいいじゃないか。あぁ、自己紹介が遅れたね、僕は聖界女王様の使いのような者をしている、ソルハ・レヴァイルだよ。気軽にソルハと呼んでくれて構わないよ」

「あ、あぁ分かった」


聖界女王の、使い?

初めて会った聖界の住人。色々と訊いておこうと思い、俺は気になったことを訊いてみる。


「ソルハ、早速だけど訊きたいことがあるんだが、いいか?」

「あぁ、構わない」

「アンタは聖界女王様って人からの使い、なんだよな?」

「んーまぁ、概ねそうだと言えるかな」

「使いって、どんなものを頼まれて来るんだ?」

「んーと、どんな物...かぁ。基本的には女王の代理交渉みたいなのが多いかな。聖界女王様が行けない時に、僕が代わりに行く。そんな感じかな。主に交渉するのは食料や衣類、あとは技術士、かな?」

「技術士を買い取るって...人身売買かよ!?」

「まぁそうだね。とは言え、その人の特定許可資格と籍を買い取るってことだから、特に拘束は無い。聖魔界間の行き来も自由だし、聖界に来た人には最低限度の暮らしは保障している」

「なるほど、ならその技術士は選ばれて光栄ってこった」

「そうだね」

「ちなみに今日はどうしてここに?」

「レン君の歓迎会」

「あ、これ歓迎会だったの!?」


どうりで人が席に収まらないほど来ているわけか。というかそもそもなんで俺はそんなに大きく祝われてるんだ?

そんな時、アイザが零したあの言葉が思い浮かぶ。

前の人。

俺が来る以前に、この世界に地球からの転生者が来ていて、その因果か俺までこんな風に歓迎されているのかもしれない。

いや、それにしても前の人、何やったんだ?

この世界救った勇者様だったり?

その前の人がどんな人かは一切想像つかないが、この世界では英雄のような存在なのだろう。その英雄と同じ境遇に居る俺を一目見ようとこの歓迎会とやらに参加した、って感じか。

俺は見世物じゃないぞ...。

と、そんな考え事をしているとソルハが言う。


「レン君、明日にでも少々話し合いをしたいのだけどどうだろう?」

「話し合い? まぁ俺はいいよ」

「ありがとう。そして、アイザ様」


名を呼ばれたアイザはビクッとしてソルハを見る。


「な、な、何....かな.....」

「あれほど強く言ったはずなのですが、どうしてこうなるのでしょう?」


ソルハが鋭い目付きでアイザを睨む。


「うぅ...勝手に女王様のプライバシー覗かないでよ、変態」

「変態扱いしないでください。全く...しっかりしてくださいよ、ほんとに...」

「分かってるよ...」

「まぁよろしいでしょう。それでレン君、明日の朝十時にアイツォンド・レブルに来ていただけないかな?」

「アイツォンド・レブル?」

「アイツォンド・レブルというのは、ここ魔皇都アヴェルヴォの位置するエゾール州の西隣にある街の名前です。ソルハ様は基本そちらと聖皇都を行き来しています」


と、カティが説明を挟んでくれる。

ようはここの隣の州ってことか。地名区分はアメリカ似なんだな...不思議。


「そこへは私がお連れ致しますね。なので明日、約束の時間の二時間ほど前...八時頃に起こしに参ります」

「助かるぜ、ありがとな、カティ」

「いえいえ、私はレン様の専属メイド、ですから」


にっこりと首を傾げ笑うカティ。


「頼もしいやつだな」


俺はそう言って、ソルハの方を向く。


「あぁ、いいよ、その時間に行こう」

「ありがとう、レン君。来たばかりでアルトのご飯を食べただけになっちゃったけど、僕はそろそろ九時になるから女王様の元へ帰るとするよ。またね」

「はい、またおいでくださいませ」

「また明日な」

「アイザ様も、頑張ってくださいませ」

「う、うん...またね」

「はい、では」


そう言って彼はここを去る。

周囲の人々がざわざわと騒がしく食べ進めるのを見る。


「俺らも食うか」

「そうだね」


そして俺らは再び食べ進めていった。



***



「おはようございます」

「ん...あぁ、おはよう」


翌朝。

昨日の牢屋で起きるとかいう最悪な目覚めとは反対に、ふかふかのベッドの上で寝たためかとても清々しい気持ちで起床した。


「朝起きるの早いですね、レン様」

「あぁ、まぁ...そうかもな」


これでも一応高校生だったんだ。朝は六時に起きて神奈川から遠く離れた埼玉の高校に電車で通っていた。なぜそんなに遠距離通学なのかと言うと、単純に頭が悪いせいで近場の高校の受験に落ちて、唯一受かったのが遠方の高校だったから、だ。にしても腹が減った。


「お腹は空いていますか?」

「おっ、そうだな、空いてる」

「承知しました、ではアルトさんに作っていただきますね」

「アルト、もう起きてんのか」

「そうですね、彼は毎日十時に寝て、五時に起床されています。なんでも、料理の研究のためだとか」

「もう小学生じゃねぇ...」


やってる事が大学生なんだよな...。


「好きでやってることなので誰も口出ししませんけどね。それでは注文してきますね」

「ありがと」

「では」


カティが粒子状に散らばってここから消える。もうなんだかこの現象もすっかり見慣れてきてしまった。


「さーてと」


ベッドから立ち上がる。


「着替えるか」


昨日あの後風呂に入ったのだが、いや、風呂と言うよりかは温泉に近かったのだが、風呂を上がったら白いパジャマが用意されていて、脱いだ服は消えていた。

恐らくカティが洗濯するためにどこかへ持っていったのだろうが、なんとなく下着を見られたのが恥ずかしくなってきた。


「あれ? 俺の服だ」


というか制服だ。制服は部屋の隅のクローゼットにかけられていた。既に洗濯してくれていたのか...。


「...え、俺これ着るのかな?」


流石に異世界でも制服で行動するのは少し動きやすさに欠ける。

何か他の服がまた用意されてたりしないのかとクローゼットの中をよく見てみると、


「え!?」

「えっ!?」

「え!?」

「えっ...?」


二度同じ反応で驚いた。

一度目はクローゼットの中に何故か俺の私服が入っていたからで、二度目は俺の驚いた声に驚いたカティの声に驚いたからだ。


「か、カティおかえり...」

「ただいま戻りました、が、どうなさいました?」

「いや、この服って...どっから持ってきたんだ?」

「それは聖界女王であるルリル様がレン様の部屋からお持ちしたと聞いております。なので恐らく魔法で取り寄せたのでは無いでしょうか?」

「なるほど、そんなことも出来るのか。魔法使えるって便利だなほんとに」


そう話していると、扉が二回ノックされた。


「誰か来たな。開けるか...」

「失礼していいですかレン様ー!」


俺が扉を開けようとドアノブに手をかけると、勢いよく開く扉。

扉に弾き飛ばされる俺。

倒れる俺を起こすカティ。


「いってぇなぁ! まだ良いとは一言も言ってねぇんだけど!?」

「す、すすすみません! 大丈夫ですか! わぁ、鼻が赤くなってる! すみませんすみません!」


まさかのアルト君だった。

痛む鼻はさておき、アルト君が元気いっぱいでなによりだ。

うん、やっぱり痛い。


「それでレン様レン様! レン様のいらっしゃった世界について書庫で調べてみたんですけど、日本料理というものを再現してみたんです! どうぞ下にいらしてお召し上がりください!」

「え、またなんか新料理に手出したの?!」


昨日カレーを研究して出して、翌朝にはもうまた別の料理を研究して再現するに至ったというのかこの子は...もはや恐怖すら感じる。


「よろしければカティさんもいらしてください!」

「私もいいんですか? それではお言葉に甘えて頂きましょう。それではレン様、行きましょうか」

「そうだな...ってまた歩くの?」

「いえいえ、僕が移動させますよ」

「レン様は耳をお塞ぎになられた方がよいかと」

「あーあの、転送魔法みたいなやつか」


カティの忠告通り目を閉じ耳を塞いだ。

一瞬の浮遊感を感じると共に鳴り響く金属音。気づけば残響だけが鳴っていて目を開けるとそこは昨日の食卓の前だった。

忠告あっての転移だが、やっぱり一、二度でこの感覚には慣れることはできなかった。

少し酔いのような目眩が起きた。


「それではお召し上がりくださいませ」


アルトが俺たちを席に誘導する。

ちらっと食卓に並ぶ料理を見て、思わず笑ってしまった。

湯気のたつほかほかの白飯、味噌汁を模したような汁物、日本とまるで同じ目玉焼き。かとおもえば白い皿には日本ではあまり見ない白色のソーセージと赤色のレタスが盛られていた。


「あはは...いやほんとにただの朝ごはんなんだけどこれ」


日本でこれを出されてもなんの遜色もないほどのクオリティだ。


「いただきます」

「どうぞどうぞ!」


銀のフォークでソーセージとご飯を口にほうばる。ソーセージの中は日本とは異なって、牛肉のようなものが詰められている感じがした。白飯は少し苦味が強いが噛めば噛むほど甘みに変わっていった。固さも俺好みでとてもとても美味しく頂いた。

その他の料理にも手を伸ばすが、どれもこれも日本で食べた物に比べても、どこか絶妙に違って美味しい。

前も思ったけど今回も思ったから言葉に残そう。


「本家超えるとか強すぎだろこの子」


食事が終わって部屋でのんびりとしていた俺の元に、再びノックが鳴る。


「どうぞー」

「レン様、そろそろ約束のお時間となりますがご支度の程は大丈夫ですか?」

「おー、カティ。もうそんな時間か。じゃぁ準備するものも特にないし行こうか」

「かしこまりました。では耳を──」

「分かった!」


またあの魔法か。ってかこれって名前とかあるのかな?などと考えていると。


「これはレグレートと呼ばれる魔法です」


とカティが答えた。


「レグレートって言うんだなーこれ、ありがとよ...ってえぇ?!」


俺は驚く。


「お前も俺の心読めるのかよ!」

「まぁ...私はレン様のメイドです。レン様のことを知っておく必要がありますので見させていただいておりますが...イヤでしたか?」

「いや、そういうわけじゃなんだけどさ、ただ驚いただけだよ」

「そうですか、なら良かったです。それでは行きましょう」


目を瞑って両耳を塞いだ。一瞬にしてレグレートは終わり目を開く。

その先には紫髪紫瞳の聖界王女の使者・ソルハが居た。

白い壁の部屋には四人掛けのテーブルがあるだけの会議室のようなものだった。ソルハに席につくよう促され俺らは座った。


「それでは早速、話を始めるとしよう」

「あぁ、それで話ってのはなんだ?」

「レン君、君はお父様について何を知っているのかな」

「なんで俺の父さん?!」


いきなりのことに驚いた。


「...何も知らないってのがほんとのとこかな。実際会ったことあるの俺が物心つくより前だったから記憶にはあんまり」

「なるほどそういうことか」

「どういうことだよ」


ソルハは少し時間を置いて。


「シャルル」

「え!?」

「名前は知っているんだね」

「知ってるも何も、父親だからな。ってかなんでお前がそれを知ってるんだよ」


シャルル。

紛れもなく俺の父の名だ。母の志保いわくフランスと日本のハーフらしく、その名残は名前に強く残っている。

転勤族でずっと家には帰れず単身赴任を続けていたらしく、俺の記憶に薄いせいで今では覚えてすらいない。


「どうしてだと思う?」


目を細めて俺を見るソルハ。


「俺の父さんがこの世界と何か関係があるのか?」


魔界女王も知っていて、聖界の人間までもが知ってる人物、シャルル。

考えてみてもどうも紐解くことが出来ない俺にソルハが更に限定して訊いてくる。


「〝前の人〟って誰のことだと思う?」


父さん。前の人。

ここまで限定されればどんな奴でも分かってしまえるだろう。


「〝前の人〟は...シャルルのことだってのか?」


ソルハはゆっくりと首肯する。


「俺の父さんもこの世界に来てたってことか?」

「そういうことだよ。やっとわかったようだね」

「なら!」


俺はソルハの腕をがしりと掴んで叫んでしまった。

カティが俺の名を呼び止めようとしたが止まらなかった。


「ならどこにいるんだ、シャルルは! 知ってんだろ!? 教えてくれよ、会わせてくれよ!」


ソルハは沈黙した。

俺はふと落ち着きを取り戻し、ソルハを掴む手から力を抜く。


「ご、ごめん....」

「謝罪だけで済ますのは生憎嫌いでね。だから少し罰を受けてもらうよ」


ソルハはそう言って一瞬にして俺の裏に回り込み俺の首を手刀で打つ。

急な衝撃に神経が麻痺しその場に倒れ込んだ。


「レン様!」

「安心して、カティ。気絶しただけだ。面倒事を増やして済まないね。レン君を頼んだよ」

「...はい。にしてもレン様はお父様とは違って、随分頭の回転は遅いですが、思考は巡らせますね。ルリル様からお話になる前に気づかれてしまうかもしれません」

「その時はレン君の記憶を改竄してあげるだけだよ」

「...そう、ですね。....それでは私はここで失礼します」

「うん、またねカティ」


ソルハはレンの耳元に寄るとこう囁いた。


「アルル・レンヴェル」

「ソ、ソルハ様!?」

「なんだい?」

「今、もしかしてレン様のあちらでの名前を記憶に...」

「埋め込んだだけさ。自分から思い起こすまでは知ることは無い」

「よかった...」


安堵を浮かべるカティにソルハが睨みを聞かせて言い放つ。


「....カティ、君はやはり彼に依存しすぎている」

「えっ?」

「君はずっとアルルのことばかり考えている。気持ちはわかる。彼のことが好きでしょうがないんだろう? でも、彼は君のものにはさせられないんだ。だから今のうちに手を引いておきなよ。行き過ぎると取り返しがつかなくなる。手遅れになる」


ソルハはカティに背を向け数歩歩む。


「...彼にはルリル様がお母様の二の舞にならないよう動いてもらうしかない。そして、天界へ、戻ってもらわなければならない。そのためにも、主神様に裁かれないよう、躾が必要になる。僕らに制裁が行われない今のうちに...彼の記憶に干渉できる今のうちに、ね」


そう言ってカティに向き直すと紫髪が動いた反動で揺れる。


「とは言えこれは王命でも何でもなく、僕の独断なんだ。何かあった時はいかなる処罰も受けよう。全ての責任は僕が取る。だから、僕に着いて来るも来ないも君次第だよ。どうする?」


ソルハはそう語らい、手をカティへ突き出す。


「わ、私は....」


カティの中で答えは固まっていたはずだった。

それでもソルハを前に口に出すのは難しいことであった。

悩み悩んだカティだが、その結果彼女が出した答えは。

カツカツと硬い厚底の靴を鳴らしながら彼女は光の粒となって、そこを去ってしまった。

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