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第1話 待ってるよ、レン

高三の二学期が終わり、卒業も間近な時期。

冬休み期間どこに遊びに行こうかと、幼なじみとのんきに話していた。

夕焼けに染まっていく空の下で、俺らは帰路を辿る。

俺ももう卒業か。思えば、高校入ってから今に至るまで、心に残る思い出というのがない。

何せ俺は授業中は寝てるし、昼飯はスマホ見ながら一人で食ってるし、帰宅部なおかげで青春とはかけ離れた学校生活をしていた。体育祭やら文化祭、あとは式の終わりの日にしかこうして誰かと帰ることがない。

こんな俺にもこうして一緒に帰って一緒に話してくれるやつがいることに感謝するしかない。


「あ、俺こっちだから。またな」

「おう、じゃあまたな」


俺の家の近くの交差点に差し掛かってそう言う。そして俺らはそこで別れた。


「あー寒っ」


首に巻いたマフラーに口元をうずめながら呟く。

今日は十一月二十八日。真冬だ。


「...にしても今年も彼女はできないし...青春なんてクソ喰らえってんだ! あーあ、サンタ様、どーか俺に愛しい彼女をくださいませんかねー!」


夜空に光る星と舞い降りる雪を見ながらそう嘆く。

彼女など生まれてこのかたいない。彼女どころか、女友達すら居なかった。


「今年もクリぼっちか...まぁいいや、早く帰ってゲームしよ」


居もしない彼女のことなんか考えてたって日が暮れちまう。考えるのをやめて家へ向かう。

目前の曲がり角を曲がれば俺の家なのだが、そこを曲がった瞬間に。


「レン」


どこからか俺の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。その声はどこか聞き覚えがあった。でも女友達の居ない俺に聞き覚えがあるはずはない。


「誰だ!?」


辺りを見渡すが誰もいない。

なんだ、気のせいか。

そう歩き出そうとすると。


「っ!?」


足が、体が、動かなかった。


「ごめんね、レン」


さっき俺を呼んだ声とは別の少女の声でそう聞こえる。その声に心なしか感じた安堵はすぐに現状の不安に呑み込まれた。

誰だ、なんなんだお前らは───。

そう叫んだはずだが、それは声として口の外に出なかった。

目の前が白に染っていく。

そこでようやく呼吸が止まっていることに気づく。

吸うことも、吐くこともできない。

突然すぎる身の危機、突然すぎる死の予感。

あぁ、死ぬんだな。

そう思ったのは無意識の中の俺、つまりは本能が言っていた。

これはまずいと。

そんなことを考えてるうちにも徐々に視界が狭まっていく。

━━それにしても、なぜ俺は何も感じない?

普通に考えれば、呼吸が止まったら苦しいはずだ、どこかしら痛むはずだ。

なのに俺はこうして思考が及ぶほど平常だった。平常じゃないことと言えば、息をしてないのに苦しくないってことと、声も出ない上に体が動かないってことくらいだ。

くらいじゃないか、まぁこの際どうだっていい。

死ぬくらいならと最後の力を振り絞って体を動かそうともがくが一ミリ足りとも動きやしない。

不意に、目の前に白い羽根が舞った。その直後、美しいなんでもんじゃ言い表せないほどの綺麗な白い翼の生えた銀髪の少女と赤髪の少女が目前を過ぎていく。


「ボク...まってる......レン」


そう途切れ途切れな声が聞こえた時には、俺の息は絶えていた。


━━━━━━


「んん...?」


何故か再び目が覚めた。

気分はいつもの寝起きと変わらない。

俺は...何してたんだっけ?

辺りを見回すと、牢屋のような場所だ。

刑務所のようには見えないが、周りに鎖や鉄柵があったのだ。


「おや? やっと目を覚ましたようね、不審者」


俺の目の前に立つ、金髪の鎧をまとった一人の少女。年は俺よりも少し下って感じだろうか。いずれにせよ...見覚えはない。


「誰が不審者だ、お前のその格好のほうがよほど不審者だろーが...」


俺がそう言うと彼女は腰から片手剣を抜き、俺に突きつける。


「あ、ちょ、え、そゆことじゃ、えと、あー...とりま落ち着け?」

「落ち着けはこっちのセリフよ! ...怖がりすぎ!」


彼女は剣を鞘に戻す。


「誰だってビビるだろ! 起きたら牢屋みたいなとこだし、知らない奴に剣突きつけられるし!」


俺の言葉に彼女は頷いた。


「それもそうね....それはともかく不審者」

「だからその不審者呼びをやめてくれ」

「不審者じゃない、君」

「...なんでだよ?」

「なんでって、朝の見回り終わってここに帰ってみたら、君が外で倒れてたからよ!? 不審者扱いしない方がおかしいでしょ」


見回り終わって帰ったところに俺が倒れてたと...?


「つーか、そもそもここはどこだよ」

「...あなたどこの人なのよ」

「お前どこの人だよ」


俺がそう尋ねると彼女はすっと胸に手を当てて


「私は、魔界女王、アイザ様の護衛団員の、ライム・ネルジスト・ランゲマよ」

「は....?」


そう俺の質問の答えには答えてくれたが。

魔界女王? アイザ様? ライム...なんとかランゲマ?

話が全く分からない。名前は外国とのハーフか何かにせよ、魔界って...しかも鎧着てるし、剣まで持ってるし...。

もしかして俺、極度の厨二病患者に誘拐されて監禁されてる...!?

流石にそんなはずはない...よな?


「名乗ったんだから君も名乗りなさいよ」


だとしたら...なんなんだ?

まずここが日本では無いことは分かる。

俺は死んだ。そして目を覚ますとここに居た。

その時、ひとつの考えが俺の頭をよぎった。


「ねぇ、聞いてるの?」


━━異世界転生━━

ラノベやアニメで見たことはある。というよりむしろ俺は異世界召喚やらそんな類の異世界転生物が好きな方だ。

でも、この現実世界でありえることなのか...?

いや俺は死んだから現実ではない...つまり本当にこれが異世界ってやつなのか?

よく分からないが、固いコンクリートの床で寝かされていたせいで腰が痛かった俺は立ち上がってみる。

立ってみるとライムの背は思ったより低く、俺と十数cmの差がある。

いきなり立ち上がる不審者に一瞬構えたライムだったが、呑気に伸びをした俺を見てため息をついて。


「それで、君は何者なの?」


そう問う。

俺はすかさず名乗る。


「俺は神野レン。お前がさっき言ってたことから考えると、俺はここ、魔界とは別世界の住人ってことだな」


ライムは怪訝な顔で俺を見る。


「魔界とは別世界...ということは貴方は聖界の住人ってこと?」

「聖界? なんかまた1つ知らない世界増えてきたんだけど」

「聖界を知らない...? うーん、魔界でも聖界でもないなら、天界の使者様って感じでもなさそうだし。本当に貴方どこの人なのよ?」

「えーと、んー、そうだな、地球ってとこにいたんだけど……これ、何界なんだ? 三次元?」」


ライムは俺のその発言にピクっと驚いた反応を見せると、


「え...? 今なんて...??」

「だから、俺が地球人だって話」


ライムの顔つきが変わった。

怪訝な顔は真剣な顔へ変わり、疑い深くももう一度尋ねてくる。


「地球の...住人なの...?」

「何をそんなに驚いているのかよく分からないけどそうだよ」

「そうか...レン、レン...か、そっか...」

「はい?」


ライムが何やらブツブツと言ってるのを不思議に思っていると、ライムが俺の方をびしっと向く。


「すみません、少しここで待っててください!」

「あ、あぁいいけど...」

「ありがとうございます! すぐ戻りますので!」


そう言ってライムは急用ができたのか、地下牢から出ていった。

にしても、さっきまで意識してなかったけど普通に日本語は通じてるし、なんならあっちも日本語で喋ってるんだよな。

異世界物にも色んな種類があって、全く言葉も文字も違ってたり、逆に言葉も文字も日本語だったり、言葉は通じても文字は違ったりと様々だ。

言葉は通じている。あとは文字だ。今のところ文字を見かけてない。女王様の部屋に何か本でもあればわかるんだが。

異世界転生...か。

最初は受け付けなかったけど、いざとなるとこんな真に受けちゃうもんなんだな...。

作品の中の主人公達もきっとこう言う気持ちなんだろうな。

ともかくこれは世紀に一度の大旅行だ、存分に楽しまなきゃ損ってこった。青春がそっちから来ないなら俺から掴みに行くしかない。


***


コンコン。

ドアのノック音が聞こえる。


「ライムかな? いいよー、入って」


そうノックに答えると彼女が部屋に入る。


「はい、ライムです、失礼致します。取り急ぎ報告致します。アイザ様、大変なことになりました」

「……何があったの?」


ライムの顔は険しくって、真剣だった。

ライムのこんな表情も、こんな話し出し方も初めてで、少し動揺した。


「アイザ様、驚かないで聞いていただきたいのですが」

「そう言われても驚く時は驚くけど、まぁそれで?」


そんなに大したことじゃないだろうと思ってた。でもその考えは甘かったらしくって。


「……レン様が既にこちらへ転生なさっております」

「レンが!?」


驚いた。驚きに驚いて驚いたあげく驚いた。

驚きの中にひそかに感じる喜びと安堵。

でも私は、彼に対して初対面を装わなきゃいけない。隠しきれるかな……少し不安だった。


「そっか……もう来ちゃったのか……絶対アイツなんかいじったよまた……」


頭を抱える。

転生するのは聖界じゃなかったのー!? しかも3日後って話だったじゃん!

早まるのはいいとして、そもそもなんで魔界に転生させられちゃったんだ?

見当はついてるけど。

どうせまたお母さんたちだ。

こんな毒親を持って生まれた私を、神様どうか見放さないでください。ほんとに、切実に。

次会ったら絶対許さないから。


「……それで、今レンはどこに?」

「……あ、それが、地下の、牢に……」

「……は?」


さっきまでの緊張が一気に違う方向へ吹き飛ぶ。

あまりに意外な単語に、頭が追いつかない。


「どういうこと……? 牢って……」

「見回りから帰ってきたら、魔力も感知できず見慣れない服の者が外に倒れていまして! 完全に不審者で、思わず保護を!」

「保護、という名の、収監だよねそれ」

「申し訳ありません……っ!」


ライムはきっちり直立して、今にも地に頭を擦りそうな勢いで頭を下げた。

こんなにしっかりしてるライムが、焦ってる。

でもそれだけ、ちゃんと判断しようとしたってことだ。


「……もう。仕方ないなあ」


苦笑しながら、胸の奥がぎゅっとなる。

あの子、せっかくの異世界転生気分でウキウキしてそうだったのに、まさか牢スタートだなんて……。


「くれぐれも変なことを零さないでくださいね、アイザ様」

「分かってるよ。けど、隠し通せるかが不安……」

「しっかりしてください、アイザ様」

「……分かってるよ」


いまだに不安は残る。

でも、ライムがこうしてレンの転生を報告してくれて助かった。

もしレンにいきなりここに来られてたら、テンパって何を話してしまってたか分かったもんじゃない。

ライムがこんなにしっかりしてるんだ、一世界の女王な私がこんなんじゃダメだ。

私は気をしっかり持って、ライムに言う。


「ライム、もう大丈夫だよ。今ならレンと普通に話せると思うから」


私の言葉にライムはにっこりと笑って。


「承知しました。それでは釈放して、お連れいたします」

「よろしく。あ、あと、レンにはごめんってちゃんと伝えておいて」

「もちろんです」


そう言って彼女は外に出た。

私はぽつんと、ひとりつぶやく。


「……異世界生活が牢から始まるとか...ごめんね、レン...」


***


地下牢で待ってからしばらく経った。


「いや遅いな」


そんなことをボヤいたその時、やっとバタンと扉の開く音がした。


「……レン様、ご無事でいらっしゃいますか」


そこに立っていたのは、さっき俺に剣を突きつけてきた金髪の少女──ライムだった。

さっきまでの強気な顔は鳴りを潜めていて、どこか申し訳なさそうな雰囲気をしている。


「とりあえず、無事っちゃ無事だけど…」


そう返すと、ライムは急にぴしっと直立して、頭を深々と下げた。


「本当に申し訳ありませんでした! レン様が異世界の方であると気づかず、不審者と判断し、拘束してしまいました!!」

「お、おう。まあ、仕方ないっていうか……つーかそのレン様ってのやめてくんない? 妙にくすぐったいわ」

「しかし……!」

「いいって。俺だって、こんな状況なら自分でも怪しむし。第一印象が悪かったのはお互い様ってことで」


そう言うと、ライムが少し驚いたような顔をして、それからふっと笑った。


「……お優しいのですね、レン様」

「様は取れっつってんだろーが」


軽く笑い合って、ライムがひとつ咳払いをして気を引き締めたように姿勢を正す。


「では、改めてご案内いたします。お会いしていただきたいお方がいらっしゃいます」

「誰に?」

「この魔界を統治する女王──アイザ・リロヴォン様です」

「……女王?」


にわかに信じがたい肩書きだった。

女王が居るってことは、ここはこの世界で一番でかいとこなのか?

でもまあ、さっきから何もかもぶっ飛んでるんだし、女王様が出てきたって不思議じゃない。

ライムは鍵を外し、ガチャリと牢の鉄格子を開ける。


「では、こちらへ」


俺はのそのそと立ち上がって、ライムの後についていく。

牢の廊下を抜け、石造りの階段を上がっていくと、途中から床がカーペット敷きになった。

このあたりから、明らかに城って感じの雰囲気が漂い出す。

やがて、目の前に大きな扉が現れた。


「こちらがアイザ様のお部屋です」

「……立派すぎて緊張してきた」

「ご安心ください。陛下はとてもお優しい方です」

「……そっか。じゃあ、失礼のないように気をつけるわ」

「それでは──開けます」


ライムがノブに手をかけ、扉を押し開ける。

そこにあったのは、十畳くらいの整った部屋。中央に赤いカーペットが敷かれ、奥の机には書類の山が積まれていた。

そして、その机の前に立っていたのは──


「やっほー、レン」

「...は!?」

「...どうしたの〜?」


首を傾げるアイザ様。

だが彼女が女王だとは流石に信じられない。

そこに居たのは女王らしからぬ姿。

端的に言うと━━ロリが居た。


「いや、ちょ...は?」


女王がロリ? しかも魔界の女王だぞ...?

理解が追いつかない。

彼女は、俺より数個は年下のように見える。日本で例えるなら中学生とかそれくらいの背と顔立ちだ。身長は百五十センチもあるかないかほど。

声はまだ幼く、顔も子供っぽい。

髪は赤色で肩上まである。赤い瞳に、キュッとした小さな鼻。口紅を塗ったかのような赤い潤った唇。体型はそのふっくらとした長く赤いドレスのおかげでよく見えないが恐らく痩せ型だろう、チラッと見える手足は細い。

そんな彼女が俺に問いかける。


「どうしたの? そんなにあたふたして」

「お前は...」


そこで俺はもう一度確認をした。


「お前の名前は...?」

「アイザ・リロヴォンだよ! この魔界の〜、女王様ー!」

「.....そうか」


発言がやはり幼さに溢れているが、魔界女王であることは間違いないらしい。

信じきれては居ないが、疑っていても先に進めないだろう。

俺はそこで自分のことについて語ってみる。


「俺はレンだ。元いた場所は地球ってとこ。いきなり誰かに殺されて、目が覚めたらここでおはようって感じだ。なんか他に聞きたいことあればどうぞ」


そう言うとアイザ様は質問をしてくる。


「じゃぁ訊くけど」

「はいよ?」

「レン、私のこと知ってたりする?」

「全くもって初対面だと思います」

「だよねぇー」


彼女はそう当たり前のことを尋ね、当たり前の返事なはずなのに残念がった。

何がしたかったのかよく分からない。


「ならもう1つ、質問してもいいかな?」

「構わないよ」

「ありがと。質問と言うか、私からのお願いみたいなものなんだけどね」


彼女は少し間を空けて。


「私と一緒に住んでくれないかな?」

「..........は?」


衝撃的な女王からのお願い。俺はそのお願いに対してそう小さく呟いた後、息も吸わずそのまま大きく叫び放った。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」


その声にアイザ様は驚いてしまった。

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