第六話:王都、その夢の先へ
王都――グランフェルド。
それは、憧れ続けた夢の終着点であり、旅の本当の始まりだった。
五日目の朝。
前夜、倉庫裏で寒さに耐えながら夜を明かしたリセル・フレアライトは、誰よりも早く街道に立っていた。
目の下には隈、足元は重い。
だが、赤い瞳には一点の迷いもなかった。
辛い思いをしても、すべてをすられても、ここまで歩いてきたのだ。
夢を叶えるために――王都で“家”を持つ、その未来のために。
空は澄み、遠くの空に白くそびえる壁が朝日に染まりはじめていた。
「……もうすぐ、だね、フレマ」
肩にかけた鞄は軽い。食料も魔力も限界すれすれ。けれど、歩く足には力があった。
*
丘を越えた先――ついに、王都の姿が現れた。
石造りの巨大な外壁が、遠くからでもその荘厳な存在感を放っている。
高く伸びた塔は、雲を貫くほどの高さで、そこから伸びる旗が風にたなびいていた。
街全体が、城を取り囲むように広がっており、見渡す限りの建物の屋根が陽にきらめいている。
「……すごい……」
思わず足が止まった。
焔の里では到底想像もできなかった光景。
“あれが、王都”
憧れが、目の前にある。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
「ねぇ、フレマ……あそこに、私の“未来の家”を建てるんだよ」
返事はない。けれど、手にした杖の紅水晶が、陽の光を反射して柔らかく輝いた。
それだけで、十分だった。
*
王都・グランフェルドの南門。
大きな石造りの門が開かれ、多くの旅人や商隊が出入りしていた。門の前には兵士が複数立ち、身分証や通行許可証の確認が行われている。
列に並びながら、リセルは少し緊張した表情でフレマをぎゅっと握った。
(大丈夫、大丈夫……今までも、どうにかなってきた)
やがて自分の番が回ってくる。
「おう、ひとり旅か? えっと……身分証は?」
「えと……ないです。焔の里から来ました、リセル・フレアライト。冒険者志望で……」
若い門番の兵士は軽く眉を上げたが、すぐに表情を緩めた。
「なるほど。じゃあ仮通行証を出すよ。宿泊は南区でな。北区や中心街は商人・貴族用だから、まずは南通りで慣れるといい」
「はいっ、ありがとうございます!」
「あと宿だけど、門の通りをまっすぐ行って、三本目の路地を左に曲がると、〈風車の羽根亭〉って宿がある。安いけど、飯もちゃんと出るし評判も悪くない。初めての旅人向けにはちょうどいいだろ」
リセルは深々と頭を下げて、通行証を胸に抱えて門をくぐった。
*
王都の中――それはまた、別の世界だった。
石畳の道が縦横に走り、両脇には木組みの家が立ち並ぶ。窓辺に花を飾る家もあれば、露店を広げるパン屋、果物屋、道具屋がひしめき合う。
子どもたちが走り回り、旅人風の男女が地図を手に相談し、通りの角では竪琴を抱えた吟遊詩人が歌を奏でていた。
そのすべてが、リセルにとって“初めての光景”だった。
思わず目を輝かせ、ひとつひとつに見入ってしまう。
手作りのマフィンが売られている。色鮮やかな布地が風にたなびいている。
猫が屋根の上からのんびり通りを眺めている。
まるで、夢の中を歩いているような気分だった。
「……すごい。ほんとに、全部が違う」
でも、違うのは景色だけじゃない。
そこに生きる人々の姿――誰もが“何かを持っている”ように見えた。
仕事を持ち、役割を持ち、日々の暮らしの中に自分の場所を持っている。
リセルは、まだ何も持っていない。
でも――
「私も、ここに“居場所”を作るんだ。絶対に」
決意は、昨日の夜の悔し涙よりもずっと熱かった。
王都で家を建てる。ここで、火魔導士として名を上げる。
そのための第一歩を、今この瞬間、踏み出したのだと、胸を張って思えた。
*
南通りの三本目――
道幅の狭い石畳を抜けた先、小さな広場の一角に、その宿はあった。
《風車の羽根亭》。
木の板に手描きの風車のマークが揺れ、窓にはレースのカーテン。外には宿泊者らしき荷物が積まれ、屋根には小さな風見鶏が回っていた。
リセルは宿の前に立ち、ふぅっと息を吐いた。
「……ようやく、ここまで来た」
小さく、誰に向けるでもない言葉をこぼして、リセルは扉へと手を伸ばした。