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灯火のリセル  作者: カジリーノ
本で知った世界
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第五話:涙をこらえる夜

王都――グランフェルド。

その名は、地平の先にある光のように、リセルの胸を焦がし続けていた。


そして今日――その王都は、もう目前だった。

街道の坂を越えた丘の上、遠くの空にかすむ高い塔と城壁の影。それが、リセルが夢にまで見た場所。

だけど――


「……まだ、今日は着かないんだよね……」


王都へ至る直前、旅人たちがよく立ち寄るという中規模の宿場町――フラメル。

王都への旅を終えた者も、これから向かう者も、一度は通る場所だ。


日が傾く前、リセルはようやくその町へ辿り着いていた。

疲労は強く、魔力も昨日の戦闘で削れていた。今夜こそは、きちんとした宿で身体を休めたい。

そう願いながら、彼女は町の門をくぐった。



夕暮れのフラメルは、人でごった返していた。

王都から流れてきた商隊、演説をしている流れの神父、酔いどれの冒険者、物売りの子どもたち――

雑多で喧騒に満ちたその雰囲気は、これまで立ち寄ったどの町よりも生き生きしていた。


けれど、そんな雑踏に気を取られていたせいかもしれない。

リセルがそれに気づいたのは、ほんの数分後のことだった。


「……あれ?」


ローブのポケットに手を伸ばした瞬間、心臓が跳ね上がった。

財布が――ない。

慌てて他のポケットを探る。背負い袋を開いて中身を確認する。だが、どこにも見つからなかった。


「え……うそ、でしょ……!?」


腰が抜けそうになる。視界がぐらりと歪む。鼓動が速くなる。


――スられた。


人混みの中で。あれだけ気をつけていたのに。旅人の常識だとわかっていたのに。

けれど、現実はあっさりと、その油断を突いてきた。


「っ……」


涙が、にじんできた。

財布の中には、旅人からもらった銀貨、残りの銅貨。

全部、なくなった。

それはつまり――

今夜の宿も、明日の食事も、すべて失ったということだった。



日が沈む。

店の明かりが灯り始め、人々が居酒屋へ吸い込まれていく。宿の看板も赤く照らされていた。

けれど、その扉を開けることが、今のリセルにはできなかった。


「……ばか、ばかだ……っ」


人気のない小さな倉庫の裏手。

リセルはその影に身を潜め、膝を抱えていた。

フレマをそっと胸に抱き、泣かないように奥歯を噛んだ。

泣きたくなかった。けれど、悔しさが溢れてくる。


――もうすぐだったのに。

――もう少しで、王都だったのに。


あと一日分の路銀があれば。あと一食分の食料があれば。

そんな小さな差で、今、自分は一文無しで、寝床もなく、町の隅に座り込んでいる。


「私……ここまで、来たのに……」


焔の里から歩き続けて、寒さにも、飢えにも、魔物にも負けずに。

それでも、たった一瞬の油断で、すべてが崩れてしまう現実。

それが、あまりに悔しくて、情けなくて――


涙が一筋、頬を伝った。



夜の風が冷たい。石畳の地面も、背中にあたる木の壁も、じわじわと体温を奪っていく。

けれど、リセルは火を焚かなかった。

町中で焚き火など許されない。魔法で熱を帯びるのも控えた。下手に目立てば追い払われる。

だからこそ、彼女はただ、身を丸めて耐えるしかなかった。

せめてもの支えは、胸に抱いたフレマだけ。

魔力も残っていない。温もりもない。けれど、この杖だけは、ずっと一緒だった。


「……ねぇ、フレマ……」


かすれた声が夜に消える。


「私……間違ってなかったよね?」


返事はない。ただ、紅水晶がかすかに月の光を反射して揺れていた。


「……負けたくないの。こんなことで終わりたくない」


涙が止まらなかった。けれど、それでも心の中の火だけは――まだ、消えていなかった。

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