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灯火のリセル  作者: カジリーノ
本で知った世界
3/42

第二話:はじめての町と銅貨の重さ

三日目の朝は、曇り空だった。


昨日までの快晴が嘘のように、空一面が灰色に染まり、遠くの木々も湿った風に揺れていた。

リセル・フレアライトは、街道の土をぬかるませた雨上がりの泥に足を取られながら、それでも歩いていた。


夜露で湿ったマントを払い、懐から地図を引っ張り出す。


「……もうすぐ、だったはずなんだけどなぁ」


頼りない手描きの地図。縮尺も曖昧で、目印のはずの“大きな岩”も“古い祠”もどこにでもありそうな記号ばかりだ。


けれど――


風の向こうに、人の声が混じった。

ぬかるんだ街道を抜けた先、木々の間から、ぽつぽつと瓦屋根が覗く。煙が空へと伸びていた。遠くから鐘の音も聞こえる。


「やった……町だ……!」


自然と笑みがこぼれた。ようやくたどり着いた“人の暮らす場所”。

その名は「クルードの町」。

リセルにとって、それは初めての“町”だった。



街道を抜け、柵の門をくぐると、景色が一変した。

石畳の道、木造の建物。人の声、荷車の音、焼きたてのパンの匂い。焔の里とはまるで違う空気が、ここにはあった。


「わぁ……!」


思わず声が出た。何もかもが新鮮だった。通りを行き交う旅人、商人、兵士、子どもたち。誰も彼もが忙しそうに、それでいて楽しそうに見えた。

けれど、同時に、ひとつ気がかりなものがある。


――財布だ。


リセルはローブの内ポケットに忍ばせた革袋をそっと指で確かめる。

銀貨は二枚。あとは銅貨が十数枚。

この二日、野営と川水でなんとかやり過ごしてきたが、これ以上無理はできない。


「まずは宿だよね……。フレマ、ちゃんとお金、足りるかな」


杖の紅水晶がかすかに揺れた。まるで“知らん”と言っているかのように。



町の通りを歩いていると、こぢんまりとした宿屋の看板が目に入った。赤い花を模した木板に『エンジェルの止まり木』と彫られている。


入口をくぐると、カウンターにいた男性が顔を上げた。


「いらっしゃい!泊りかい?」


大きな体格と肝の据わった笑み。袖をまくった腕には火傷の痕と筋肉が浮いている。元・冒険者だろうか。


「はい、一泊できますか?」


「もちろん。素泊まりなら銅貨五枚、朝食付きで銀貨一枚だ。お風呂は……今は焚いてないけど、足湯くらいは用意できるよ」


リセルは少し迷って、銅貨を五枚差し出した。


「じゃあ、素泊まりで。……ごはんは、あとで……考えます」


財布の底が、確実に軽くなっていく。



部屋は小さな二階の個室だった。布団が一組と机が一つ。窓の外には洗濯物が揺れていた。

リセルは荷を置いて、深く息を吐いた。

ようやく、ちゃんとした屋根の下。

昨日までの冷たい夜風と地面の硬さを思えば、贅沢すぎるほどだった。


「……やっぱり、家っていいな」


ふとそんな言葉が漏れた。

焔の里にいた頃、個室なんてなかった。寝床は訓練場横の雑魚寝部屋。寒さと隣の寝言と、布団の取り合いが日常だった。

けれど今――この狭い部屋は、自分だけの空間だった。

窓の外で子どもたちの笑い声が聞こえる。どこかで鐘が鳴る。パンの焼ける匂いが漂ってきた。


「……お腹、すいた」


リセルは顔をしかめた。

財布の中の銅貨は、残り七枚。


買い食いをすれば一食で三、四枚は消える。次の町までの距離もまだわからない。水も補充しないといけない。魔導具の手入れ用品も、そのうち要る。

計算すればするほど、不安になっていく。


 それでも――


「今日だけは、ちょっとくらい……いいよね」


ローブのポケットに手を突っ込み、銅貨三枚を握りしめて、階段を降りた。



「いらっしゃい! 焼き串、焼きたてだよ!」


露店の少年が元気に声を張る。

リセルは、その香りにつられて立ち止まり、銅貨三枚と串焼き肉を交換した。

熱い。香ばしい。肉汁が舌に広がって――


「……なにこれ、美味しっ!」


目を丸くして、もう一口、もう一口と頬張った。

魔法でもない、訓練でもない、ただの食事なのに。

それだけで、心の底から“生きてる”と実感できた。


「……ねえ、フレマ。お金って、大事だね」


ふと、そんなことを呟いていた。

杖は黙っている。けれど、紅水晶が夕陽にきらめいていた。

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