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灯火のリセル  作者: カジリーノ
本で知った世界
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第一話:自由と現実の狭間

旅立って、二日目の朝。

風は澄んでいて、草は朝露に濡れ、空はどこまでも青かった。

リセル・フレアライトは、小さな丘の上に立っていた。遥か彼方まで続く街道を見下ろしながら、両手を広げる。


「うわぁ……!」


思わず漏れた声は、自分でも驚くほど弾んでいた。

焔の里では見たこともない広さ。地平線なんて絵本の中だけのものだと思っていた。でも、今、目の前にある。

風の匂いも違う。里の中ではいつも焦げた匂いが混じっていたけれど、ここでは草の匂い、土の匂い、遠くから流れる川の匂い――すべてが混ざっていて、でも、それが心地よかった。


「ねぇ、フレマ。……これが外の世界、なんだね」


手にした黒杖フレマの紅水晶が、朝日を受けてほんのり光る。

答えはない。けれど、リセルは嬉しそうに笑った。


焔の里では山の外を自由に出ることは禁じられていた。森の向こうに何があるのか、誰も詳しくは教えてくれなかった。ただ「外は危険だ」「王都なんて幻だ」と、口を揃えるだけ。

けれど、今。リセルはその幻の中に、確かに足を踏み入れていた。


「ふふ……夢みたいだよね。全部が新しい」


風の匂いも、土の感触も、空の青さも、見上げるだけで胸が熱くなる。

ずっと抑えつけられていた心が、今、ようやく自由になった気がした。

何もない道。それでも、目に映るすべてが輝いて見えた。


「王都に着いたら、自分の家を建てるの。お金稼いで、お風呂があって、ちゃんと寝られるベッドのある家……絶対に」


自分に言い聞かせるように呟いて、リセルは再び歩き出した。



正午を過ぎた頃。

日差しが強くなり、リセルは額に汗を滲ませながら、木陰に腰を下ろした。

朝に摘んだ草の実をつまみ、懐から水筒を取り出す。ごくり、と一口飲んだだけで、水の残りがわずかなことに気づく。


「うーん……次の町、地図では近いって書いてたけど……どのくらいなんだろ」


懐から取り出した地図は、里の古いもので縮尺も曖昧だ。距離の感覚もまだ掴めていない。


「昨日も思ったけど、“近い”って人によって全然違うよね……」


独りごちりながら、フレマの先端で地面をつつく。

空はまだ広くて、草は風に揺れていて、景色はきれいなまま――だけど。


(……ちょっとだけ、疲れたかも)


そう思った瞬間、どっと身体が重くなった気がした。

足裏がじんじんと熱い。街道の砂利が靴底を通して痛みを伝えてくる。背中の荷は昨日よりずっしり重く感じる。

何より、杖を握る手がわずかにだるい。

ただ歩いてるだけなのに、何がこんなに疲れるんだろう。魔物とも戦っていない。魔法も一度も使っていない。ただ、歩いてるだけなのに。


「セナ婆が言ってたな。“歩くってのは、魔法みたいに派手なもんじゃねぇ。毎日毎日、退屈と戦うだけだ”って……」


旅に出れば、もっと刺激的な毎日が待っていると思っていた。だけど、今のところ出会ったのは、長い道と変わらない景色と、そして――足の痛み。


それでも。

焔の里の訓練場で、毎日怒鳴られながら焦げた石畳の上で転がっていた日々に比べれば――ずっといい。


「……今の私は、“進んでる”って気がするから」


誰にも届かない独り言。でも、それがリセルの旅の“日常”だった。



陽が傾くころには、少しずつ現実の重みが増してきた。

食料は減り、水筒はほとんど空っぽ。地図にあったはずの「次の町」はまだ見えない。

小さな丘を越えるたび、「あの先にはきっと」と思う。けれど、見えるのはまた別の丘と、ずっと先へと続く街道ばかり。


「……ねえ、フレマ。王都って、本当にあるのかな……?」


杖は何も言わない。ただ、紅水晶が夕日に染まり、炎のような色に揺れている。

ふと、背中を見た。

その向こうには、もう焔の里は見えない。

それだけで、少しだけ気持ちが軽くなった。


「戻るのは、なし。……前に進むだけだよね」



夜、焚き火のそばに腰を下ろして、リセルは火を見つめていた。

枯れ枝を燃やす火は小さいけれど、暖かい。揺れる炎が、紅水晶を照らし出す。


「……フレマ。疲れたけど、今日もちゃんと歩いたよ。魔法は使ってないけどさ」


火の精霊がいそうな静けさの中で、杖に語りかける。


「明日もちゃんと、歩くよ。王都まで、ちゃんと行く。私の灯火、ちゃんと灯せる場所まで……」


風が吹いて、炎が少し揺れた。けれど、その灯火は消えなかった。


その夜、リセルは小さな野営地で眠りについた。

夢の中でも、遠くの地平線を目指して歩いていた。

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