第十七話:火柱、服を着せ替えられる
王都南区・服飾通り。
石畳の両脇には、染物屋、裁縫店、装飾小物の露店、そして冒険者向けの防具兼衣服を扱う店舗が軒を連ねていた。
色とりどりの布地が風に揺れ、道ゆく者の目を引く。
柔らかいリネン、丈夫な革、魔道繊維入りの高級品まで。あらゆる「着る」という概念が詰め込まれた通り。
リセルは、その中心で困り顔になっていた。
「……なんで、こんなことに」
フィリスに手を引かれ、布と布の間を引きずられるように歩いている。
その後ろからは、心配そうにノエルがついてきていた。
「見てよこの店! ほらほら、この赤! 火の子ちゃんにぴったりでしょ!」
「いやっ、これ背中空きすぎじゃない!?」
「燃える女には背中で語ってもらわないと!」
「何を語るのさ!!」
引っ張られながら店に入ると、すでにフィリスが三着ほど抱えていた。
肩を露出したチュニック、丈がギリギリなスカート、そして――なぜかラメ入りの布まで混ざっていた。
「ほらほら、とりあえず着てみて! 火魔導士は見た目の“炎感”も大事!」
「この“炎感”が火柱って言われるんじゃないの!?」
「その通りです、だからむしろ逆手に取ろう!」
勢いで試着室へ押し込まれかけたそのとき、背後から落ち着いた声が届いた。
「フィリスさん。少し、落ち着きましょうか」
ノエルである。
「リセルさんは、派手になりたいわけではないと思います。自分らしく、動きやすくて、少しだけ綺麗になれたら、それでいいんじゃないですか?」
「……うう、正論……!」
バツの悪そうな顔でフィリスが口を引き結ぶ。
リセルはノエルに助けられたとばかりに小さく頷いた。
「……そう、かも。あの、火を使うからって、服まで燃えそうじゃなくてもいいと思ってて」
「でしょう? だったら、もっと自然で可愛いのがきっとあります」
*
それからしばらく――
三人は通りを回り、各店の品を見比べながら、ようやくひとつの服にたどり着いた。
それは、黒と赤の魔女の服で目を引くデザイン。広がるローブは赤い裏地と印象的で、腰のベルトにある金の飾りが火を思わせる。落ち着いた魔導士風のコーディネート。
チュニックは動きやすく、裾と袖には控えめな炎模様の刺繍があしらわれていた。
背中も腰も露出しておらず、けれど軽やかで、どこか凛とした印象を与える。
「……これ、なら……動きやすいし、見た目も、ちょっと……いいかも」
「うんうん、火の子ちゃん、似合ってるよ! これで今日から“脱・芋!”だね!」
「やっぱりその言い方やめて!!」
けれど――リセルの頬は、どこか照れくさそうに赤かった。
新しい服を着て、鏡に映る自分を見たとき。
ほんの少しだけ、王都の空気に溶け込めたような気がしたのだ。
*
購入を終え、帰路につく頃には、三人の手に小さな袋がいくつかぶら下がっていた。
飴玉入りの袋、布の手袋、魔力封じのヘアピン――おまけのような品々が、今日の思い出を彩っていた。
「こういう日も、悪くないですね」
ノエルが微笑む。
「うん……なんか、冒険以外でも、“自分のこと”してる気がした」
リセルも静かに頷く。
火柱と呼ばれ、笑われていた自分。
でも今日、少しだけ“その名に恥じない火”になろうと、歩み始めた気がする。
「じゃ、明日からはちゃんと戦闘服として着ていこ! あたしも明日は何か依頼受けるから、また組む?」
「……その前に“変な服買わされないか”心配かも」
「も~~う! それ信頼なの!? 不信なの!?」
笑いながら、三人の影が王都の街路にゆっくりと伸びていった。