第十五話:リセル、芋と呼ばれる
夕刻、王都中央ギルドの扉を、リセル・フレアライトは泥だらけの靴でくぐった。
フィリスとの討伐を終え、三体の大型カエルの死体を証拠として収め、討伐札に焼け跡を残すように刻印を入れる。
泥と汗と魔力の消耗にくたびれ果てながらも、その胸には確かな手応えがあった。
(ちゃんと……戦えた)
魔力酔いの兆候こそあったが、倒れるほどではない。
それが、何より嬉しかった。
「おかえり、フィリスさん、リセルさん」
受付カウンターの奥から、エルナ・シェリスが顔を出した。
手には書類を持ち、眼鏡越しに二人を見やる。
「無事に戻られたようで何よりです。報告、お願いできますか?」
「はーい、ばっちり全部焼いてきたよ~」
先に出たフィリスが肩をすくめ、証拠袋と討伐札を手渡す。
リセルも簡潔に、戦闘時の状況と魔法の使用数、消耗の程度を伝えた。
報告を聞き終えたエルナは、頷きながら書類に署名する。
「依頼対象三匹、討伐完了。依頼主にも確認が取れれば、報酬は明日以降、受け取り可能です」
「はーい、了解っ。じゃあリセルちゃん、あとは解散だね~……って――あ」
ふと、通路の奥に目を向けたフィリスが声を上げる。
「ちょっと待った、ノエルいるじゃん。ちょうどよかった~!」
「ノエル?」
「うん、紹介しとく。あたしの知り合いっていうか、前に何度か組んだことある子。ほら、あそこ!」
目線の先にいたのは――白い僧服を身にまとい、長い金髪を後ろで結った女性だった。
柔らかな雰囲気をまとい、ギルドの片隅で報告書を読んでいたが、フィリスに呼ばれるとすぐ顔を上げた。
「フィリスさん。……あ、あなたが、今日一緒にいた子?」
近づいてきた彼女は、リセルの姿を見るなり、にこりと笑った。
「こんにちは。私はノエル。回復魔法を中心に扱う冒険者です」
「あ、えっと……リセル・フレアライトです。火の……使い手、です」
緊張しながら名乗ると、ノエルはふわっと微笑んだ。
「炎の魔法って、大変ですよね。特に、魔力の消耗が激しいでしょう?」
「はい……その、今日も三発で結構限界で……」
「ちゃんと制限を守ってるなんて、偉いですね。無理をしないのは、すごく大事なことです」
穏やかな声に、リセルの肩の力が少し抜けた。
優しい、というより――“包むような感じ”。
初対面とは思えない、空気の柔らかさだった。
「ノエルはね、冒険者の中でも回復魔法の腕がしっかりしててさ。あたしも何度か助けられたんだよ~」
「フィリスさんが褒めるなんて珍しい」
「え、ちょっと待ってそれってどういう意味?」
ひとしきり笑いが広がったあと、ノエルはリセルのローブの裾をちらりと見た。
「……あら。ローブ、かなり濡れてますね。濡れたところは、ちゃんと乾かさないと冷えますよ?」
「あ、はい、あとで宿に戻って干します……!」
どこか姉のような雰囲気のあるノエルに、リセルはただただ頷くばかりだった。
*
報告を終え、あとは帰るだけ。
そう思っていると――
「……って、ところだったんだけどね~」
出口の手前、フィリスがふとリセルの肩をとんと叩く。
「なにか、用ですか……?」
「うん。言うかどうか迷ってたんだけど、やっぱ言っとこうかな」
にっこりと悪戯っぽく笑うその顔が、リセルには少し不吉に見えた。
「――火の子ちゃん、その服、芋っぽいよ」
「……え?」
「いやいや! 悪い意味じゃなくてね!? こう、田舎出の純朴少女感というか、“私、火しか使えません!”って感じというか……」
「ちょっ……わ、悪気ないならやめて!?」
思わず耳まで赤くなるリセル。
けれど、フィリスは腕を組んで頷いた。
「というわけで、明日。あたしがオシャレ指南してあげようじゃないの。王都の服飾通り、案内してあげる」
「えっ、な、なんでそうなるんですか……!」
「リセルの火、派手でかっこよかったし、もったいないよ。見た目でナメられたら損だしさ? どうせなら、“おっ、できそう”って思われたほうがいいでしょ」
どこか本気の目をしていた。
そして、その言葉に――確かに、一理あるとリセルは思ってしまった。
“見た目”と“印象”――それも、冒険者として生き抜く武器になるのかもしれない。
「……わかりました。じゃあ、明日、お願いします」
「よっし! じゃ、決まり。朝はゆっくりでいいからね~♪」
フィリスは楽しそうに手を振って、ノエルの方へ去って行った
残されたリセルは、自分のローブの袖を見て、少しだけ頬を膨らませた。
「芋って……そんなに……?」
けれど、どこかで小さく笑ってしまっていた。
それは、“火柱”と呼ばれる少女が、少しずつ王都に馴染んでいく音だった。