第十三話:火の子ちゃん、討伐へ行く
朝の王都中央ギルド。
陽の光が高窓から差し込む中、リセル・フレアライトは、依頼掲示板の前に張りつくように立っていた。
その目は真剣そのもの。旅立ちの頃の“冒険者ごっこ”めいた浮つきは、すっかり消えている。
(今日は、戦闘系の依頼を受ける。ちゃんと、“魔法使いらしい仕事”を)
火魔導士として名を広める。王都で生きるために必要なのは、まず確かな実績。
そんな意気込みで探していたところ、ある一枚の札が目に留まった。
【討伐依頼:湿地の肥大カエル】
依頼主:王都南農協連盟
内容:南東湿地帯にて大型カエルの間引き(2~3体)
特徴:成人ほどの大きさ、粘液あり、低跳躍・吠え声あり
報酬:銅貨15枚+成果加算
「……これだ」
思わず声に出る。
魔物の討伐、火の通る敵。しかも、初心者向けの指定付き。
火魔法の出番だと、直感が告げていた。
そのとき――背後からぽんっと肩を叩かれる。
「おっ、可愛い子はっけ~ん!」
「わっ、びっくりした……」
振り返れば、そこには見覚えのある人懐っこい笑顔――栗毛の髪をふわりとまとめた、にやけ顔の女冒険者。
「フィリスさん……!」
「“さん”は取って。今日から新人ちゃんの事は、火の子ちゃんって呼ぶことに決めたから」
「えっ、それ前よりひどくなってない?」
「えー? 可愛いと思うけど? ちっちゃくて火属性、ぴったりじゃん」
笑顔で軽口を飛ばしながらも、フィリスの視線は依頼票をじっと見つめていた。
「カエル討伐かぁ……いいね。地味だけど、倒し甲斐あるよ。あいつらすっごい音出すから気をつけてね」
「やったことあるんですか?」
「あるある、初期の頃にね。魔法のタイミング逃すと跳ね飛ばされるし、地味に粘液で滑るしでめんどくさいんだけど――まぁ、やりがいはある」
「うわぁ……楽しみって言っていいのか不安になってきた……」
リセルが困った顔をしていると、フィリスは急に指を立てて提案した。
「じゃ、あたしがついてってあげるよ。ちょうど暇だったし!」
「えっ、いいんですか?」
「いいっていいって。あたしも何日かまともな戦闘してないしね。実際、あんたの魔法、見てみたいんだよねぇ」
リセルは少しだけ考えた後、すっと頷いた。
「……お願いします。まだ戦闘慣れしてないから、ちょっと心強いです」
「よっしゃー! じゃあ火の子ちゃん、今日が初コンビってことで、頑張ろっか!」
「……その呼び名、定着しないといいな……」
小声でつぶやいたが、フィリスはすでにルンルンで受付カウンターに向かっていた。
*
依頼申請を済ませ、討伐札と地図を受け取ると、二人はギルドの出入口で簡単な確認をした。
「装備は? 杖とローブだけ?」
「はい、あと手袋と保存食。あ、替えの靴下も……」
「うん、粘液対策バッチリじゃん! あたしは道具類とネット弾、あと逃走用の粉もあるし問題なし!」
「フィリスさん、そういうの持ち歩いてるんですか……?」
「型破りなだけがあたしの持ち味じゃないのだよ、火の子ちゃん。戦場では生き延びてなんぼだからね!」
リセルは苦笑しつつも、その言葉にほんの少し安心する。
街道から南東へ出るには、一時間ほどの徒歩。討伐地となる湿地帯はその先の小川を越えた低地に広がっているらしい。
魔法使いにとっては足場が不安要素だが、慎重に動けば戦えない場所ではない。
「さーて、そろそろ準備できた?」
「……はい。行けます」
「よし。じゃあ――初めての“ちゃんとした討伐”、一緒にしっかり踏みしめてこう!」
と言って、フィリスはにっと笑って手を差し出す。
リセルも思わず笑い返しながら、その手を軽く打ち返した。
「行きましょう、先輩」
「よっし、“火の子ちゃん”の戦い、見せてもらうよ!」
こうして、炎を背負った少女と、道具に頼る自由人の二人組が、初めての本格的な討伐へと出発した。