第十二話:冒険者っぽい一日
朝日が東の城壁を黄金に染めるころ、王都《風車の羽根亭》の玄関を、勢いよく飛び出す少女がひとり。
「よーしっ! 今日こそ、“冒険者っぽい”仕事、いってきます!」
リセル。王都に来て三日目、正式なギルド登録からは二日目。
昨日の倉庫掃除で稼いだ宿代はしっかり財布にしまい、身支度は万全。フレマをしっかり握りしめて、胸を張って通りを駆けていく。
ギルドで受け取った今日の依頼は――
【薬草採集依頼】
依頼主:王都薬房組合
内容:指定地域にて薬草(ルビア草)15束の採集
場所:王都南の平原(グリュード斜面)
報酬:銅貨10枚
期限:本日中
内容を見た瞬間、リセルは目を輝かせて飛びついた。
(草を採るだけだし、魔物も出ないって言ってたし! なにより、ようやく“外に出て冒険してる感”あるじゃん!)
荷袋、簡易ナイフ、採集用の手袋、巻物地図。準備万端。
門を出る前に、南門の警備詰所へと立ち寄った。
「おはようございます!」
元気な声に、椅子に座っていた門番のひとり――快活そうな若者兵士が顔を上げる。
「あれ、この前の子じゃん。今日は……お、冒険者っぽいぞ?」
「えへへ、ありがとうございます。薬草採りの依頼、行ってきます!」
「ははっ、やるじゃねぇか。気をつけてな。平原でも日が暮れると寒いから、帰りは早めにな」
「はーい!」
手を振って門をくぐる。朝の風が、ほんの少しだけ旅人の匂いを運んできた。
*
王都の南に広がるグリュード平原は、丘が幾重にも重なり、風がよく通る明るい草原だった。
空は高く、雲は薄く流れ、野花がところどころに色を添えている。
木陰にはウサギや野鳥の姿も見え、魔物の気配はない。
「いいとこじゃん……! ここ、好きかも」
手元の依頼書を確認し、腰を下ろして地面に目を凝らす。
探すのはルビア草。丸い葉に淡い紫の縁取り、花のない品種で、主に解熱薬の素材になるという。
「ふんふん……このへんかな?」
しゃがんで探す。見つけて摘む。葉を確認して束ねる。
……一束。
「よーし、あと十四!」
――と、意気込んだのも束の間。
二束目、間違えて毒性のある似た葉を掴んでしまい、軽くかぶれる。
三束目、草むらに潜んでいた虫にびっくりして尻もち。
四束目、腰を痛めながら前かがみで時間がかかる。
気づけば日が傾き始め、風が少し冷たくなっていた。
「うぅ……これ……地味にキツい……!」
喉は乾き、手袋の中の指も痺れ気味。おまけにローブの裾は泥だらけ。
昼食用に持ってきたクラッカーは道中で砕け、ほとんど粉になっていた。
それでも――
「あと……あと一束……!」
膝をつきながらも、最後の草を丁寧に包む。
「終わった……!」
空を見上げたとき、太陽はもう西へ傾いていた。
*
帰り道。王都の南門が見えてきた頃には、リセルはほとんど「帰還兵」のような有様だった。
髪は汗で乱れ、頬には泥の跡、ローブはずっしり重く、腕も足も鉛のよう。
それでも、歩き続ける。
夕暮れの光の中、門番詰所の前をふらふらと通りかかると、朝と同じ兵士がリセルを見つけて、声をかけてきた。
「おー、無事帰ったな! ……って、うわっ!? な、なんだその格好……!」
思わず吹き出すように笑う。
リセルは眉を吊り上げて叫んだ。
「わ、笑わないでくださいっ! これでも、ちゃんと任務は完了してるんですからね……!」
けれど、言い返しながらも、どこか笑っていた。
自分でも、情けない見た目だとは思う。けれど、その姿こそが、自分がちゃんと“働いた”証でもあった。
「うんうん、冒険者ってのは、そういうもんだ。今日もひと仕事、お疲れさん!」
「……ありがと。明日は……もうちょっと冒険っぽい仕事がいいなぁ」
ふらふらと背中を向けながら、リセルは再び、王都の街へと帰っていった。