第九話:冒険者への名簿の一行目
中に入ると冒険者ギルド特有の活気が空気ごと押し寄せてきた。
中は広く、吹き抜けの構造になっている。石造りの壁には各地の依頼掲示板が並び、奥の階段は二階の面談室へと続いていた。天井の梁には装飾が施され、明かり取りの魔道灯が優しく室内を照らしている。
椅子に座って地図を広げる者、仲間と相談する者、酒場風のカウンターで軽食を取る者――皆、どこかたくましく、堂々としていた。
(ここが……本物の冒険者たちの場所)
リセルは唇を引き結び、少しだけ背筋を伸ばした。
フレマを胸元に抱え、正面奥に設置された受付カウンターへと歩く。
並んでいた列は二、三人と少なく、ほどなくして順番が回ってきた。
「はい、お次の方どうぞ――」
カウンターの向こうに立つ女性が顔を上げた。
整った姿勢、艶のある茶髪を一つ結びにし、眼鏡の奥から涼やかな視線を向けてくる。ギルドの制服をきっちりと着こなし、書類を捌く手も慣れたものだ。
その落ち着いた雰囲気と整然とした所作に、リセルは思わず一歩足を止めた。
「……あの、冒険者登録を、お願いしたいんですけど」
「はい、承りました。初めての登録ですね?」
女性職員はスッと立ち上がると、受付の端から手帳と書類を持ち出した。
「ではこちらへどうぞ。立ち話もなんですので、登録用のカウンターにご案内します」
指で示された先には、仕切られた小さな書類机と椅子があった。
リセルが腰を下ろすと、彼女も対面に座る。そして――小さく笑った。
「初めまして。私はエルナ・シェリス。王都中央ギルドの事務と登録担当をしております」
「……リセル・フレアライトです。火魔法使いです」
名乗った瞬間、エルナの目がほんのわずかに細められた。
「……リセルさん、ね。良い名前です」
さらりと返しながら、手元で登録用紙に手を走らせる。
「では、いくつか確認させてください。年齢、出身地、主な武器と得意な属性魔法、前歴がある場合は冒険者ギルドの所属など……」
「あ、えっと、年は十八です。出身は焔の里。武器は杖……で、火属性の魔法が得意です。ギルドは、これが初めてです」
「焔の里……」
その名を聞いた瞬間、エルナの目が明らかに鋭さを帯びた。
けれど、すぐに表情は元に戻る。まるでそれが“確認事項”のような淡々とした動作だった。
「なるほど。魔力に関して少々偏りがある地域ですから、火の扱いに関しては基本の再確認をされると良いでしょう」
「……はい。わかってます。まだ、未熟ですけど……本気で、やっていくつもりです」
言い終えたとき、エルナはふっと微笑んだ。
それは事務的な笑顔ではなく、どこか穏やかで、少しだけ親しみを感じさせるものだった。
「その覚悟があれば、きっと大丈夫です」
書き終えた書類をまとめると、エルナはギルド章の刻印が入った革製の小さなプレートを手渡してきた。
「こちらが、あなたの冒険者登録証になります。“Eランク”からのスタートです。Eから上はAランクまで。依頼をこなし、評価が溜まれば昇格の審査に進む形となります」
リセルは受け取ったそのプレートを、大事そうに手のひらで包んだ。
「ありがとうございます……!」
「ふふ。そう硬くならなくても結構です。ですが、ひとつだけ」
エルナはぴたりと目を合わせた。
「“火”は、便利で強力な属性であると同時に、他者を巻き込みやすい力でもあります。ですから――過信せず、確信を持って使ってください」
「……はい!」
リセルはしっかりと頷いた。
ようやく、スタート地点に立てたのだ。