表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/43

007. 冒険者チームと屋敷内協力者の緻密な連携

いよいよ、脱出の時が迫ります。

母子を救うため、屋敷の内と外、それぞれの立場にある者たちが、静かに息を合わせました。


黒鳥を中心とした冒険者チームは、森の影から守りの網を張り、

一方で屋敷内の侍女たちは、わずかな隙を突いて“その時”を支えます。


互いに名を呼び合うことなく、見返りを求めることもなく――

信じる者を守るために。


今回は、緻密に仕組まれた“脱出戦”の、その開始点を描きます。


 森の中は、深く静まり返っていた。

 草木のざわめきも、夜鳥の声も、まるで誰かに遠慮しているかのように止んでいる。

 ただ、風が枝をわずかに揺らし、葉の擦れる音だけが時間の経過を告げていた。


 その森の奥、視界を遮る茂みの陰に、一人の男がうずくまっていた。


 黒い外套。

 夜目にも映えない灰色の革装備。

 呼吸は浅く、目は細く絞られている。


 “黒鳥”。


 かつての師団で、特殊任務班のリーダーを務めていた男。

 今はこの異世界で、再び命を懸ける場に立っていた。


 彼の周囲には、三名の冒険者が配置についていた。

 森の外れ、屋敷の南門からの距離はおよそ百歩。

 それぞれが木陰に身を潜め、持ち場で静かに待機している。


「……予定通り、屋敷側の侍女たちが動いてる。裏門の鍵は“はずされたまま”。」


 副隊の女性が、低く声を送る。

 黒鳥は一度うなずき、足元の地図に視線を落とした。


 紙に描かれた屋敷の簡略図。

 そこに書き加えられたのは、“合図の出る位置”“移動経路”“視線誘導の導線”。

 そのすべてが、刻一刻と現実に近づいている。


 「……あと一刻いっときだな。風が変わる」


 黒鳥は空を見上げた。

 星々の配置が、夜の深まりを告げていた。


 森の向こう、屋敷の輪郭が闇に浮かぶ。

 その敷地の片隅には、確かに“あの離れ”が存在している。


 (お前は、まだそこにいるのか。……忍)


 彼の脳裏に浮かぶのは、小柄な少年――いや、前世では共に戦った“師団長”の面影。

 強さと優しさを併せ持ち、常に仲間の先を走りながら、誰よりも皆を見ていた男。


 (今度は、俺が先に走る番だ。あんたの行く道を、俺が切り拓く)


 手元の短剣をそっと抜き、鍔に指をかける。

 戦うためではない。“守る”ために。


「全員、待機態勢を継続。合図が出るまでは……息ひとつ乱すな」


 仲間たちは、声も出さずうなずいた。

 その表情には、恐れも焦りもなかった。ただ――信頼だけがそこにあった。


 夜明けが、静かに近づいていた。


※※※


 辺境伯邸の石塀沿いに広がる夜の庭――

 深い闇のなか、外灯も届かぬ死角に、いくつもの気配が潜んでいた。


  屋敷の外周に沿って、黒鳥の指示で配置された冒険者たちが、それぞれの持ち場についた。

 物陰に潜み、目を凝らし、風の音の中にわずかな変化がないかを耳で拾っている。


「南東側、視認完了。見張り二名、巡回にズレなし。標準通過」


 「北門は変化なし。視界クリア。先行した連絡役、位置に就いています」


 「裏門の鍵、すでに解錠確認。離れとの中間地点に、協力者“しるし”設置済み」


 風の中、かすかに交わされる魔力通信の囁き。

 それは音にはならず、指先に結んだ術具と意識の共鳴によって伝達される。


 黒鳥は小さくうなずいた。

 森の中から、屋敷を包囲するように敷かれた監視線――それは、誰にも気づかれない“守るための包囲網”だ。


(……屋敷側の動きも読めている。あとは“合図”だ)


 邸内でも、協力する侍女たちがすでに配置についていた。

 脱出ルートとなる裏門付近には、通行人のふりをした“廊下掃除係”が控え、合図のための古桶も所定の場所に仕掛けられている。


 一人の青年冒険者が、黒鳥のそばに近づいた。


「……隊長。念のための“足止め要員”、配置済みです。万一、追手が来てもすぐに反応できます」


 黒鳥は短く答える。


「追手を出させる前に終わらせる。だが、万が一が起きたときは――」


 そこまで言いかけ、ふと視線を遠くに向けた。


 屋敷の西側、街道に近い森の端。そこには、もう一人の“見張り役”が待機している。


 彼はかつて忍の前世で補給と輸送を担っていた男で、この作戦の“第二脱出ルート”を管理している。


 (あいつがそこにいるなら、最悪の時も“道”はある)


「……配置完了だ。あとは静かに待つ」


 黒鳥は森の影に身を沈めた。

 その手の中で、小さな魔符がじんわりと熱を帯びる。


 それは、“風が動く瞬間”を知らせる仕掛け。


 全ての線が張られ、結ばれ、ただひとつの“きっかけ”を待っていた。


 合図はまだだ。

 だが、誰もが感じていた。


 ――“その時”は、すでに近づいている。


※※※


 離れの家の中、灯火はすでに落とされていた。

 囲炉裏の余熱だけが、部屋にわずかな温もりを残している。


 布団の中、レイナは目を閉じたまま横になっていた。

 忍はその胸に抱かれ、小さな頭を母の首筋に寄せていた。だが、どちらも眠ってはいなかった。


「……ねえ、しのぶ」


 レイナが囁くように言う。


「お母さんね、今日はずっと、おたきさんと話してたの。……遠くへ行く話よ」


 忍は反応しない。ただ、呼吸がひとつだけ深くなった。


「どうして、こんなに静かなのかしらね。この家の中も、外の庭も。

 ……まるで、誰かが、何かを待ってるみたい」


 レイナの声には、怯えはなかった。

 ただ、どこか寂しさを含んだ柔らかさがあった。


「しのぶ……あなたが生まれてくれたとき、私はね、もう何もいらないって思ったのよ。

 この手で抱けただけで、もう十分だったって……でも、違ったのね。

 “生きて”いかなきゃいけない。あなたのために。あなたと一緒に」


 忍は母の服を小さく握る。

 赤子の手ではあるが、その指には確かな力がこもっていた。


「ふふ……やっぱり、聞いてるのね」


 レイナはそっと頬を寄せる。


「あなたのことは、絶対に渡さない。誰がなんと言おうと、私は――

 この命を懸けてでも、あなたを守る」


 その言葉に、忍の胸の奥が震えた。


 前世でも、彼は何度も誰かを守ろうとした。

 けれど、誰かにここまで“守られる”と誓われたのは……きっと、これが初めてだった。


(母さん……俺も、守る。今度こそ)


 部屋の奥、おたきが身じろぎもせず見守っている。

 彼女は何も言わない。ただ、火が落ちた囲炉裏に新しい薪をくべることもなく、

 じっと“時”を待っていた。


 夜は深まる。

 だがその静けさの中で、母と子の間に交わされた“沈黙の誓い”は、どんな叫びよりも強く、確かなものだった。


※※※


 空はまだ暗く、夜明け前のわずかな気配が大地に満ちはじめた頃――

 辺境伯邸の裏門付近で、“風”がひとつ、揺れた。


 古びた桶が、吊るされた縄の先でぎい、と音を立てる。

 まるで偶然のような風の悪戯。だがそれは、計画された“始まり”の合図だった。


 その場にいた誰もが声を発さず、ただ行動で応じた。


 門の影で見張っていた侍女が、すっと横に身をずらす。

 その背中に隠れるようにして、荷車を押す下働きが姿を現した。

 荷車の上には、毛布に包まれた“洗濯物”のような包み――その下に、小さな命が眠っている。


 その頃、離れ家では。


 「……来たね」


 おたきが、小さく言った。

 その言葉に、レイナは布団から起き上がり、忍をそっと抱き上げた。


 忍はもう、目を開けていた。


 「立てる?」


 問いに、赤子である忍はかすかに頷いたように見えた。

 とはいえ足取りはおぼつかない。

 おたきがさっと準備していた“包帯で足を支える即席の抱っこ紐”を取り出し、レイナの胸元へ巻きつける。


 「忍坊、しっかり母上につかまりな。いざという時、あたしが背負う」


 おたきの腰には、いつのまにか小さな短剣が差し込まれていた。

 それは武器ではない。誓いの道具だった。


 扉を開ける音も最小限に。

 外へ踏み出した三人は、屋敷の石塀を避け、物陰を伝って西側通路へ向かう。


 その途中、ひとりの侍女が、ほうきを手に掃除の真似をして立っていた。


 目が合った。

 何も言わない。ただ、ほんの一瞬、静かに頭を下げる。


 レイナも、黙ってうなずき返した。


 そして――裏門の脇。


 物資置き場の奥で、影が動いた。


 「来たな」


 黒鳥が、合図の札を確認すると、すぐに木陰から前に出る。


 「こちらへ!」


 おたきがレイナの腕を取り、忍を包み込むようにして小走りで進む。

 門はわずかに開いていた。幅は人ひとりが通れる程度。

 その隙間を抜けた瞬間、背後の空気が変わった。


 黒鳥が素早く周囲を確認し、短く頷いた。


 「合流完了。次の地点へ移動開始」


 それが、すべての始まりだった。


 屋敷の中では、まだ誰も気づいていない。

 だがその闇のなかで、確かに“未来を手にする者たち”が、静かに一歩を踏み出していた。


ご覧いただき、ありがとうございました。


「冒険者チームと屋敷内協力者の緻密な連携」では、

忍とその母を救うため、関係者それぞれが“自分にできる最善”を選び取りました。


誰かを守るために、誰かの未来を信じて――

無言の協力がいかに強く、そして美しいものかを、読者の皆様にも感じていただけていたら幸いです。


次回は、いよいよ脱出が本格化。

最後の配置、そして“門が開く瞬間”を迎えます。どうぞお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ