表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/69

4. 集い始める仲間たち

王都の夜は、辺境とは違う騒がしさに満ちていた。


 


石畳を走る馬車の音。


巡回兵のラッパ。


酒場から漏れる笑い声。


 


眠らない街の灯りが、窓ガラスへ淡く映り込んでいる。


 


その一角。


 


宮廷行政庁の執務室では、まだ一人の男が机へ向かっていた。


 


積み上がった書類。


整然と並ぶ印章。


几帳面に整理された机。


 


男は静かな手つきで文書を仕分けながら、ふと動きを止める。


 


「……来たか」


 


誰もいない部屋。


 


けれど彼には分かった。


 


窓の隙間を抜けた風が、“言葉”を運んできた事を。


 


(忍に危機が迫っている)


 


頭の奥へ、直接響く声。


 


聞き間違えるはずもない。


 


「相変わらず、突然だな……カグヤ」


 


ユーリ・ナカムラは、小さく息を吐いた。


 


前世では外務官僚。


 


そして《FINAL OVERFIELD》では、補給・外交・情報管理を担っていた男。


 


忍――ギルドマスターであり、師団長でもあった男を、最も長く支えた参謀役のひとりだった。


 


今世でも、その性格は変わっていない。


 


転生後の彼は、王都の行政官として静かに地位を築いていた。


 


目立たず。


騒がず。


 


けれど確実に、“使える立場”へ潜り込んでいる。


 


(屋敷内で排除の動き。まだ間に合う)


 


風が、再び囁いた。


 


ユーリは目を閉じる。


 


辺境伯家。


妾腹の子。


 


そして、“自然に消す”という言葉。


 


そこまで聞けば十分だった。


 


「……やっとか」


 


小さく呟く。


 


転生してから、ずっと考えていた。


 


この世界で、自分たちは何をするべきなのか。


 


何のために、もう一度生きているのか。


 


けれど今、ようやく理由が出来た。


 


――忍を守る。


 


それだけで、十分だった。


 


ユーリは書棚の奥から、小さな木箱を取り出した。


 


中には、個人依頼用の印章が入っている。


 


表向きの行政命令ではない。


 


王都の裏ネットワークへ、人知れず依頼を流すための“個人的な窓口”だ。


 


ユーリは羊皮紙を広げ、静かにペンを走らせた。


 


【対象:辺境伯領 第八管区】


【内容:母子の非公式保護および脱出支援】


【備考:旧師団関係者、優先接触可】


 


書き終えたあと、彼は小さく笑う。


 


「見てるか、忍」


 


月明かりが、眼鏡へ反射した。


 


「そろそろ、“再招集”だ」


 


※※※


 


辺境伯領南部。


 


交易路沿いの小さな町、カムリ村。


 


そこにある冒険者ギルド支部は、王都のそれより遥かに小さい。


 


酒臭さと土埃。


革鎧の軋む音。


 


護衛依頼帰りの冒険者たちが、雑に椅子へ腰掛けている。


 


その奥で、支部長代理が一通の封書を見て眉をひそめた。


 


「……珍しいな」


 


個人依頼。


 


しかも、差出人は“Y.N”。


 


彼は中身を確認すると、すぐに奥へ声を掛けた。


 


「おい、“黒鳥”を呼べ」


 


しばらくして、裏口から一人の男が現れる。


 


黒い外套。


使い込まれた短剣。


 


そして、人の動きを観察する癖が染みついた目。


 


「……何だ」


 


低い声で問いながら、男は封書を受け取った。


 


内容を読んだ瞬間。


 


わずかに、その口元が緩む。


 


「なるほどな」


 


「知り合いか?」


 


「古い仲間だよ」


 


男――通称“黒鳥”は、封書を折りたたむ。


 


「一度、命を預けた相手だ」


 


その声には、奇妙な静けさがあった。


 


騒がず。


熱くならず。


 


けれど、芯だけは揺らがない。


 


支部長代理が腕を組む。


 


「場所は辺境伯家だぞ。下手すりゃ消される」


 


「なら、消される前に連れ出すだけだ」


 


黒鳥は立ち上がった。


 


外套が、風で小さく揺れる。


 


「対象は、母親と子供だろ?」


 


その目が細まる。


 


「あの人なら、絶対見捨てない案件だ」


 


※※※


 


数日後。


 


黒鳥は、辺境伯邸を見下ろす森の中にいた。


 


葉陰へ身を潜めながら、静かに屋敷を観察する。


 


石塀。


見張り。


侍女の動線。


 


全部を頭へ叩き込む。


 


手帳には、簡単な記号だけが増えていく。


 


――朝、給仕。


――昼、監視。


――夜、裏門の警備低下。


 


「……やっぱり始まってるな」


 


侍女たちの動きが不自然だった。


 


表向きは普通でも、“監視の目”が混じっている。


 


そして、辺境伯本人の短時間訪問。


 


あれは愛情じゃない。


 


確認だ。


 


“まだ生きているか”という。


 


黒鳥は静かに息を吐く。


 


(忍、お前……また面倒な場所に生まれたな)


 


だが、不思議と嫌な気分ではなかった。


 


昔から、あの師団長はこうだった。


 


厄介事の中心にいるくせに、人を集める。


 


だから皆、ついて行った。


 


黒鳥は視線を離れへ向ける。


 


古びた建物。


細い煙。


 


あそこに、忍がいる。


 


かつて、自分たちを率いていた男が。


 


「今度は、俺が道を作る番か」


 


小さく呟き、森の闇へ消える。


 


※※※


 


深夜。


 


離れ家の囲炉裏には、小さな火が残っていた。


 


おたきは薪をくべながら、静かに目を細める。


 


(……来るねぇ)


 


長年の勘だった。


 


今夜、誰かが来る。


 


レイナは眠っている。


 


その腕の中では、忍も静かに寝息を立てていた。


 


その時。


 


「――失礼する」


 


低い声が、戸口の向こうから響いた。


 


音もなく現れた黒い影に、おたきは驚かない。


 


むしろ当然のように、囲炉裏の向かいを指した。


 


「入りな」


 


黒鳥は静かに腰を下ろす。


 


囲炉裏の火が、その横顔を照らした。


 


「王都から来た」


 


「だろうねぇ」


 


おたきは頷く。


 


この男は、“裏側”を知っている人間だ。


 


それくらい、一目で分かる。


 


黒鳥は懐から巻物を取り出した。


 


「脱出経路だ。見張りの交代時間も書いてある」


 


おたきは目を通し、小さく息を吐く。


 


「……準備がいい」


 


「急いだ方がいい。もう時間がない」


 


囲炉裏の火が、ぱちりと弾けた。


 


しばらく沈黙。


 


やがて、おたきが静かに聞く。


 


「あんた、“しのぶ坊”を知ってるのかい」


 


黒鳥は、一瞬だけ目を閉じた。


 


「ああ」


 


その返事だけで、十分だった。


 


「昔、仕えてた」


 


短い言葉。


 


けれど、その中には確かな敬意があった。


 


おたきは、ふっと笑う。


 


「……なるほどねぇ」


 


囲炉裏の火が揺れる。


 


その奥で、忍は静かに眠っていた。


 


まだ小さな赤子。


 


けれど。


 


その周囲では、もう人が動き始めている。


 


まるで再び、仲間たちが集まり始めるみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ