066. 黒咬病 (13)
「感染する病気」というのを、入院中に、担当医から「これ読んでみろ!」と言って渡された感染予防の書籍を入院期間中、何回も読んでいた時期がありました。高校入学したばっかりの夏前に手術・入院で高校1年生が過ぎてしまいました。その時に読んだ本から、今回の読み物になっています。
※王の言葉と、守り人の休息
訓練場に静けさが戻り始めた頃、石畳の奥から、重厚な足音が響いた。
「……王だ。」
近衛兵が思わず姿勢を正す。
宰相が一歩下がり、アスランもそれに倣って膝をつこうとした。
しかし、王はその動きを手で制した。
「面を上げよ、アスラン飛行士。」
その声は深く、よく通る。
しかし叱責ではなく、明確な敬意がこもっていた。
アスランは静かに顔を上げる。
王は機体と積載ポッドを見渡し、ひとつ息を吸った。
「──よくぞ届けてくれた。」
それは王というより、ひとりの“父”の声音に近かった。
「この国を覆う災いに、そなたは一筋の光を引いて戻ってきた。
救われる命は多い。
そのすべてに、そなたの飛行がある。」
アスランは胸に手を当て、静かに答えた。
「私は、仲間たちの想いを運んだだけです。
医師団の努力、移動団の覚悟、そして王や宰相の決断があったからこそ。」
王はわずかに目を細めた。
「謙遜であろうが……そなたの背に宿る“責”は、軽いものではない。」
宰相が続けた。
「この国の民は、今日を忘れぬだろう。
空を裂いて戻ったその姿を。
そなたが示した速さと正確さ、あれなしでは、治療は間に合わなかった。」
アスランは答えず、ただ頭を下げた。
※治療師たちの準備
その頃、医師団が動き始めていた。
「液体薬は被害の深い地区から優先だ!」
「粉末薬は封印庫へ! 王城と神殿で二重管理!」
「魔導測定班、温度と魔素濃度を確認! 変質なし!」
治療師の長は腕を組んで厳しい声を上げる。
「陣を広げろ! 夜明けまでに第一次投薬を完了させる! 失敗は許さん!!」
だが表情の奥には、ふっと安堵が浮かんでいた。
「……これで、救える。」
周囲の医師たちもそれを聞いて、初めて胸を撫で下ろした。
※王の退場と訓練場の静けさ
王はアスランの肩に手を置いた。
「まずは休め、アスラン飛行士。そなたの体もまた、この国の宝だ。」
アスランは深く頷く。
王と宰相が去ると、訓練場は急に広く、静かに感じられた。
近衛兵たちが機体の周辺を少し離れて見守る。
市街のざわめきもまだ止まず、遠く川沿いから子どもたちの歓声がかすかに響いていた。
※アスランの休息
「アスラン殿、こちらへ。」
宰相の補佐役が、簡素だが清潔な部屋へ案内した。
窓からは王城の庭園が見え、柔らかな椅子と温かい飲み物が用意されている。
アスランは静かに腰を下ろした。
……体の芯が重い。
飛行時の集中が緩むと、一気に疲労が押し寄せてきた。
「飲んでください。興奮状態をほぐす薬草茶です。」
「ありがとうございます。」
アスランは一口飲み、目を閉じた。
浮かんできたのは、ソコトラ島の皆の顔。
仲間たちの声。
忍の言葉。
そして、王城の上空を飛んだ光景。
(……戻ってこられた。)
ようやく、それを実感した。
部屋の外では、医師団の足音が忙しく行き交う。
救われる命、救えなかった命、そのすべてが夜の王都に流れていく。
アスランはゆっくりと息をつき、背もたれに身体を預けた。
「少し……休ませていただきます。」
補佐役は静かに頭を下げ、部屋の扉をそっと閉じた。
訓練場から聞こえていた喧騒が遠のき、アスランの周囲には久しぶりの静寂が訪れた。
※密やかな対話
アスランが案内役とともに休息室へ向かった頃。
王は人払いを命じ、宰相と数名の近衛だけを残した。
夕暮れの光が王の背を照らし、訓練場を見下ろすバルコニーに影を落とす。
「……皆、下がれ。」
王が静かに言うと、近衛たちは一礼してその場を離れた。
残ったのは王と宰相、そして、その場に姿を現した忍だった。
忍は、いつもの落ち着いた気配で一歩進み出る。
「王よ。アスラン、無事に戻りました。」
「うむ……あの速さ、あの精密さ。そなたの“空の守り”は想像以上だ。」
王は腕を組み、しばらく何かを考え込む。
「忍。ソコトラ島にある、あの場所。あれは、一体どこまでの規模なのだ?」
忍は少しだけ口元を緩めた。
「まだ、王に全てを見せたわけではございません。」
王の眉がぴくりと動く。
「やはりな。アスランの機体。あれはこの大陸では作れまい。」
宰相が続いた。
「その基地…まるで、天より降りた城のような雰囲気がありました。あれは、王国の手には負えぬ力なのでは?」
忍は王と宰相の視線を受けながら、ゆっくりと頷く。
「はい。だからこそ、私たちは“王国に敵対することはしない”という明確な意思を示し続けてきました。」
王は目を細める。
「分かっている。そなたらは国を脅かす者ではない。むしろ……守ってくれる存在だ。」
沈黙が落ちた。
そして王は、誰もいなくなった訓練場に視線を投じながら続けた。
「忍。そなたの“空と地を守る力”を…私は国として正式に認め、ゆくゆくは公の場に示したいと考えている。」
忍は目を見開く。
「王よ、それは…時期尚早かもしれません。」
「分かっている。今すぐではない。」
王は静かに言った。
「しかし、そなたらが必ずこの国の未来の鍵となる。私はそう確信している。」
宰相もうなずいた。
「忍殿。移動団とアスラン、そしてそなたの指揮する仲間たち……彼らは人知を超えた“守り”を持つ。
この国は、いずれその力を必要とするでしょう。」
忍はゆっくりと息を吐いた。
「承知いたしました。王よ、宰相殿。時機が来れば、こちらからお伝えいたします。どうか、それまで、“空守りの存在”は影として扱ってください。」
王は満足げに頷いた。
「よかろう。だが覚えておけ、忍。この国は必ずそなたらに恩義を返す。」
忍は深々と頭を下げた。
「国王陛下の御心、しかと受け取りました。」
宰相は付け加える。
「アスラン飛行士にもいずれ“正式な地位”を与えるべきでしょう。それほどの働きをしている。」
忍は笑った。
「本人は……きっと困るでしょうね。」
王と宰相も、その言葉にわずかに口元を緩めた。
「だが、それほどの器よ。」
会談は静かに終わりを迎えた。
忍の姿は次の瞬間、まるで夜風に溶けるように掻き消えた。
残された王はひとり呟く。
「我が国は幸運だ。空を守る者たちと、同じ時代に生きられるとは。」
※王家の私室にて
王は長い廊下を静かに歩き、護衛に「ここまででよい」と告げると、自室の扉をゆっくり押し開けた。
そこには温かな光と家族の声があった。
私室の大窓──
城下町と川を一望できるバルコニーへ通じるその場所には、四人の子どもたちが身を乗り出すように外を眺めていた。
「父上! 見ました!? 白銀の光が川を走ってきたのです!」
興奮した長男が振り返る。
「ねぇ、お父様。あれ、本当に空を飛んでいたの?」
長女は目を輝かせたまま王に駆け寄る。
次女は両手を広げて、自分なりに“飛行機の形”を真似してみせる。
「こんな大きさだったわ!空をびゅーんって通って……!」
三女は王妃のスカートを軽く握りながら、まだ少し震えていた。
「……怖くなかったけど……でも、はやすぎて……わたし、目が痛くなっちゃった……」
王妃は三女の頭を撫で、優しく微笑んだ。
「それは本物の速さを見たからですよ。あれは、人を救う光だったのです。」
王が近づくと、子どもたちは一斉に王の周りに集まった。
「父上! あれは何だったのです!?魔獣ですか!? 神器ですか!?」
「違うのよ、お兄さま!」
長女が首を横に振る。
「神殿の方々が言っていたもの。“守りの光”だって!」
次女が身を乗り出して王に尋ねる。
「お父様、あれ……また見られますか?」
王は子どもたち全員の視線を受け止め、穏やかに答えた。
「そうだな……。あの光は我らを護る者たちの力だ。再び現れることもあるだろう。」
三女はほっとしたように胸に手を当てた。
そのやり取りを静かに見守っていた王妃が、そっと王の隣へ歩み寄る。
柔らかな声で問いを投げた。
「陛下……あれを率いる“忍”という方。どのような人物なのです?」
王は少しだけ息を飲んだ。
子どもたちはまだ騒いでいて、その声が小さな波のように室内に響く。
王妃は続ける。
「今日、空を駆けた白銀の光を見て……胸がざわめきました。
あれほどの力を、この国に貸してくださる者とは……いったい、どのような存在なのです?」
王はしばらく子どもたちを眺めてから、静かに王妃の手を取った。
「……忍は、ただの旅の者ではない。だが、脅威でもない。」
王妃の瞳が揺れる。
「では……?」
「この国を救うために現れた者だ。光でも、影でもない。そのどちらにもなれる──その選択を手にした、特別な“守り人”。」
王妃はそっと息を吸った。
「陛下……。そのような大いなる者たちが、なぜ我らを助けるのです……?」
王はゆっくり首を振る。
「理由は分からぬ。だが一つだけ確かなことがある。」
王妃が目を細める。
「それは?」
王はバルコニー越しに沈みゆく夕陽を見つめ、そっと答えた。
「忍は、この国の未来に“必要な者”だ。いずれ、そなたも会うことになるだろう。」
王妃は胸元に手を当て、その言葉を静かに受け止めた。
子どもたちはまだ光の話で盛り上がっている。
だが王と王妃の間には、確かな“時代の変わり目”の空気が流れていた。
※王妃の驚愕
子どもたちの賑やかな声が少し落ちついた頃、王妃はそっと王の袖を引いた。
その横顔は落ち着いていたが、瞳の奥に戸惑いの光があった。
「陛下……。ひとつお伺いしたいことがございます。」
王は妻の表情を読み取り、ゆっくり頷いた。
「何でも問うてよい。」
王妃は言葉を探すように、数秒だけ視線を落とした。
そして、まっすぐに王を見つめながら言った。
「……忍殿のことです。」
王は少しだけ目を細めた。
「やはり、気になったか。」
「はい。あの容姿……あの背丈……三女と同じほどに見えました。」
三女は首をかしげる。
「お母さま、あのひとは、わたしとおなじくらい?」
「そうよ。だけど……話し方はまるで、老練な司令官そのものでした。」
王妃は胸元に手を当て、続けた。
「陛下と遜色ない落ち着き。宰相殿と対等に語り合う知性。そして“師団を率いる”と言っておられました。」
その言葉に、長男の目が輝いた。
「師団!? じゃあ忍殿は軍団長なのですか!?」
王妃は小さく息を呑む。
「でも……あの年齢は……どう見ても、十にも満たない……」
王は静かに頷いた。
「そうだ。外見だけを見ればな。」
長女が驚いたように口を開く。
「じゃあ……本当の年齢は違うのですか?」
王は子どもたちを一度見渡し、王妃にだけ向けて静かに語った。
「忍は…その姿に似合わぬ“知”と“冷静な判断”を持つ。そして─あれは本当に“師団の長”なのだ。」
王妃の目が大きく開く。
「……では……その“師団”とは、いったい何人なのです?」
王は少し視線を遠くへ向け、忍との会談を思い出したように呟いた。
「“師団”と言えば、我が国では三百から五百。
だが、忍の言う“師団”は、その十倍……いや、もっとだ。」
王妃は思わず言葉を失った。
「……そ、そんな規模……? 城壁を一周しても足りないほどの……?」
王は深く頷いた。
「そのすべてが、規律を持ち、互いを支え、謎めいた“技術”を操る。あの幼い姿の者が、その中心に立つ。彼は……ただの人間の枠では推し量れぬ。」
王妃は震える息を吐いた。
「陛下……。あのような方が、本当に我らを守るために……?」
王は王妃の手をそっと取る。
「そうだ。あの姿でも、あの年齢でもない。“忍”という存在は…この国を救うために現れたのだ。」
王妃はゆっくりと頷いたが、まだ完全には理解しきれないという顔だった。
「……ならば……一度お話ししてみたいものです。この国のために戦うという幼い司令官と。」
王はかすかに笑った。
「いずれ、その時が来る。忍は隠れても、必ず“必要な場”には姿を見せる。あの者は、そういう存在だ。」
その会話を、窓辺で遊んでいた三女が聞きつけて小さく呟いた。
「……おともだち……なれるかな?」
王妃は微笑み、三女を抱き寄せた。
「さぁ……どうかしらね。でもあの方は、とても優しい目をしていました。きっと、あなたにも優しくしてくださるでしょう。」
王は、静かに夜風の吹き込むバルコニーを見つめた。
(忍……。そなたの未来が、この国とどのように交わるのか……私は見届けねばならぬ。)
そんな静かな決意が、王の胸にひっそりと灯っていた。
「伝染病」で書き始めて、伏線も盛り込んだ為に、内容が膨れ上がりまくりで、13話目。
いつ終わるのかと、書き手の私もゴールが見えない状態です。
そろそろ、次の旅道を書きたいのですが・・・




