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063. 黒咬病 (10)

ちょっち前書きを変えてみました。

063話目は、アスランが伝染病の治療薬を運ぶお話です。

※王都の準備


訓練場では、まだ月が残るうちから、近衛騎士団が誘導灯を並べ、魔術師団が地面の魔力反応を安定化させていた。

宰相は指揮を取りながら、不安そうな医療班に声をかける。


「ここで薬を受け取る。患者が出た場合は、ここからすぐに運ぶのだ。」

「はっ!」


王もやがて姿を見せ、静かに空を見上げた。


「来るのだな、本当に。」


宰相は慎重に答える。


「カグヤ様がこうして告げられるのです。ならば、間違いはありますまい。」


準備が整うにつれ、訓練場に集まった兵士らの胸に“緊張”と“期待”が混ざり始める。


そして、彼らの知らぬところで街にも変化が起き始めていた。


※白い光が夜を割く


アスランはコルキスの高台から機体を飛ばし、弾道上昇で王都へ向かった。

夜空を裂く白い尾が、大きな弧を描く。


王都では…

突如、街中の人間の頭に声が降りた。


 『聞こえますか。こちらアスラン。コルキスより薬を運んでいます。』


「……え?」「誰だ……?」「頭の中に……?」


街は一気に騒然となる。

続いて宰相の声も届いた。


『アスラン飛行士、訓練場へ降りてこい。』


「宰相閣下だ!!」

「空から来るって……本当なのか!?」


王都全体がざわつく中、東の空に光が現れた。


「来たぞ!!」


白い光は王都上空でゆっくり減速し、訓練場の中央へ滑らかに着地した。

住民も兵士も息を呑む。

巨大な白い機体が静止し、キャノピーが開く。

宰相が叫ぶ。


「はしごを運べ! 長いものだ!」


慌てふためく近衛の手で梯子が設置され、アスランは静かに降りてきた。


「人間だ、ちゃんと……!」

「空の使者が……本当に……」


王が歩み寄り、深く頭を下げる。


「遠き地よりよくぞ来てくれた。」


アスランも膝をつき、礼を返した。


「薬をお届けに参りました。」


夜明けの光が差し込み、王都の空気は一変した。


※空から届いた救い


アスランは機体腹部の小さなハッチを開けた。

中から、簡素だが分かりやすい操作盤が現れる。


「まずは、緊急で使う液体タイプを降ろします。」


操作すると──


 ガコン……


胴体下の中央ラックが開き、軍馬車の荷台ほどのカーゴが降りてきた。

内部には液体瓶がぎっしり詰まっている。


宰相が息を飲む。


「……この量が、すべて医療薬……?」


「ええ。すぐ使えます。医療班の方々、こちらを。」


医療兵が大急ぎでカーゴを受け取り、空になった箱は再び胴体下へ戻っていく。


アスランが次の操作に移ると、宰相が問う。


「粉末は……?」


「今から降ろします。こちらが保蔵用の粉末タイプです。」


機体の両翼下が淡く光り、武装ラック部分4か所が外装を開いていく。


 ガコン……

 ガコン……

 ガコン……

 ガコン……


四つの大きなカーゴが地上へ降り立ち、中には液体の4倍以上の粉末薬が積まれていた。


王:

「…………多いな。」


宰相:

「……多いな。」(二度見)


近衛兵:

「え……全部……薬……?」


アスランは穏やかに答える。


「街をひとつ救うには、これでも多くはありません。保存用はしっかり確保しておくべきです。」


宰相は目を見開きながらも深く礼をした。


「国はそなたに感謝する。この薬で、王都も救える。」


アスランは首を振る。


「救うのは皆さんです。私は“運んだだけ”ですから。」


王は静かに言った。


「いいや、その“運んだだけ”こそ、誰にもできぬ偉業だ。」


朝日の中で、白い機体と薬のカーゴは、王都にとって確かな“希望”となった。



※医師たちの騒動


王都医療院の医師たちが、急ぎ訓練場へ駆け込んできた。

先ほど降ろされた液体カーゴから、医療兵たちが瓶を運び出し、処置室へと運ぼうとしている。


アスランはその横を通りながら、宰相に革製の薄い冊子を差し出した。


「宰相閣下。これは薬の取扱説明書です。液体と粉末、それぞれの使用量・保管法・注意点が載っています。」


宰相は手に取り、慎重にページを開く。


「……細かいな。だが、これだけの量を扱うなら当然か。」


アスランは頷く。


「はい。僕も仮設基地でレクチャーを受けてきましたので、基本的な使用法なら説明できます。特に希釈の割合を誤ると効果が出ない場合があります。」


ちょうどそこへ、王宮医療院の“医師長”がやってきた。

高齢で威厳はあるが、誇りも強い男だ。


宰相は彼に言った。


「医師長。この薬を使用する医師たちを集めよ。アスラン飛行士から説明を受けてから治療に入る。」


医師長は渋い顔をした。


「宰相閣下。薬の扱いに、説明など…不要かと。」


その場にいた医師たち数名も同調する。


「わたくしたちは王都随一の医療師ですぞ。」

「外から来た者に教えを請う必要がどこに?」

「瓶に入った薬など、扱いは容易でしょう。」


アスランは表情を変えず、淡々と説明書を閉じた。


宰相はため息をひとつつき、アスランに向き直る。


「……アスラン飛行士。この薬をもしも“再度”持ってくる場合…どこから運んでくるのだ?」


アスランは事実だけを述べた。


「アデン湾沖、ソコトラ島です。王都との直線距離は、およそ三千七百キロです。」


医師たちが揃って固まる。


「……み、三千……?」

「七百……? キロ……?」

「そんな遠方から……?」


宰相は医師長へゆっくり向き直る。

その目は鋭い。


「よいか、医師長。説明を受けずに使い、症状を悪化させて民を死なせた場合──」


訓練場の空気が一気に張り詰めた。


「その者は、自ら三千七百キロの空を越え、薬を取りに行け。」


医師たちは青ざめる。


「そ、そんな……」

「む、無理ですぞ!」

「空など飛べるわけが……!」


宰相は淡々とした声で続ける。


「だが、アスラン飛行士は片道四時間で往復した。

 そなたらが症状を悪化させた民の命を償えるのなら、同じ道を辿るべきだろう。」


王の側近も目を見開く。


医師長は額の汗を拭い、ようやく言葉を絞りだした。


「……陛下。アスラン殿の説明を……ぜひ……」


アスランは穏やかに微笑み、説明書をもう一度開いた。


「では始めましょう。黒咬病の薬は、飲ませ方と量が正しければ、必ず治ります。」


医師たちが真剣に集まり、宰相も静かに頷いた。


“空の薬”は、王都へ希望をもたらす一方で、高慢な医師たちの心にも変化を迫り始めていた。



※王都治療開始


王城医療院の中庭では、担架に乗せられた数名の患者が並んでいた。


黒咬病の初期症状──

高熱、四肢の震え、皮下に浮かぶ紫の斑点。

そのうち一人の幼い少女の呼吸は浅く、父親が両手を握って必死に呼びかけていた。


「頼む……うちの子を……」


医師たちは緊張した面持ちで液体薬を準備していた。

先ほどアスランから聞いた使用説明が、頭の中で細かく反芻されていく。


(希釈比を誤るな……時間を守れ……投与後、体温の急変に注意……)


医師長が、深く息を吸って声を出した。


「……では。一例目、投与を開始する。」


液体薬を吸い上げた小瓶が、微かな光を帯びて揺れていた。


※最初の投与


少女の口元に薬が流し込まれる。

父親は祈るように両手を握りしめ、医師たちは固唾を飲んで見守る。


一分、二分、三分。


少女の呼吸が、かすかに変わった。


「……?」


父親が耳を寄せ、震える声で言う。


「息が……深く……なってる……」


医療師が額に手を当てた。


「熱が……下がり始めている!」


周囲が揺れた。


「効いた……!」

「本当に効くのか……この薬は……!」


少女の瞼がわずかに動き、喉が小さく音を立てた。

その瞬間、父親は顔を覆って泣き崩れた。


「ありがとう……ありがとう……!」


アスランは小さく微笑む。


(間に合ってよかった……)


※連鎖する回復


次の患者へ。

そしてその次へ。


投与するたびに、高熱が落ち、震えが弱まり、

呼吸が整い始める。


医師たちの表情は、

最初の緊張から確信へと変わっていく。


「……この薬、すごい……」

「まるで、身体の中の毒が消えていくようだ……」

「こんな即効性……見たことがない……!」


かつてプライドを盾にアスランの説明を拒んだ医師たちも、今は真剣に観察し、メモを取り、一滴も無駄にせぬよう慎重に扱っていた。


医師長は深く頷きながら言う。


「……これは救いだ。どれほど遠い地から運ばれようと……この薬がある限り、王都は持ち直す。」


※外で待つ人々


王城の外には、家族の無事を祈る者たちが集まり、息を潜めて治療の結果を待っていた。


医療兵が駆け出してきて、広場に声を上げた。


「最初の患者、生存率が大きく改善しました!薬は有効です!!」


ざわっ──!


悲しみで沈んでいた広場が、一瞬で息を吹き返す。


「助かったのか……!?」

「うちの夫も……!」

「お願いだ、順番を……!」


希望と涙で混ざった声が溢れ、民の間に力が戻っていく。


その様子を遠くから見たアスランは、胸の奥がじんと温まるのを感じた。


(届けられて……よかった。)


※医師長の言葉


夕刻。

患者たちが安定し始めた頃、

医師長はアスランの元へ歩み寄った。


深い、深い礼をした。


「アスラン飛行士……。我らは、己の狭い矜持で、あなたの説明を軽んじようとしていた。…愚かでした。」


アスランは首を横に振った。


「いいえ。あなたたちが治したんです。僕は“届けた”だけ。」


医師長は微笑み、静かに言葉を返した。


「ではこう言おう。あなたが空を飛ばなければ…救えぬ命だった。」


(……ああ)


アスランは初めて、その言葉を真正面から受け止めた。


※王都の空が明るくなる


治療院から次々と聞こえる「回復の報告」。

患者たちの呼吸が整い、家族が泣き、医療師が走り、王都の空には少しずつ活気が戻り始めた。

朝の冷たい風は去り、夕に向かう陽光が城壁を照らす。

王都は救われつつある。

アスランは静かに空を見上げた。


「次は、街の復興だな。」


白い翼の影が、王都に希望を落としていた。

この続きは、翌日に続きます。

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