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059. 黒咬病 (6)

コルキスの街へと向かった捕縛隊と移動団は、ついに外縁部へ到達した。

しかし街には灯がなく、人の気配もない。

残されていたのは、住民たちが必死に逃げた痕跡だけ。

暗い森と静まり返った沿岸部。

そのどちらにも、生存者の温もりと、原因の影が潜んでいた。

※山側隊の北東部到達


夜気がまだ冷たいまま、山側に回った捕縛隊と移動団の混成隊は、鬱蒼とした林を抜けて街の北東部へと降りていった。

木々の間から、内海へ向かって伸びるコルキスの街並みが、ぼんやりとした輪郭だけを見せている。

捕縛隊の斥候が手を上げた。


「――ここが北東部、最初の到達地点です。」


足元には折れた枝、地面には不規則な踏跡。

つい最近まで誰かが駆け抜け、そのまま森の奥へ逃げ込んだことがわかる。

イオスが屈み、指先で土をすくった。


「湿ってる。昨夜のうちに通った痕跡だな……何人もだ。」


捕縛隊の副長が後ろから息を整えつつ、辺りを観察する。


「街から逃げてきた住民か……。方向は北東。ここに来たが、さらに奥へ向かった可能性が高い。」


森の闇は深く、風の音が妙に大きく聞こえる。


街がどれほどの混乱だったか・・・その痕跡が、静かに目の前に広がっていた。


※海側隊の北西部到達


一方、海側へ回った別動隊は、崖に沿って降りる細道を慎重に下っていた。


足元から、かすかに潮の匂いが漂ってくる。


「隊長、見てください。」


斥候の一人が指さす。


北西部の外れ。


小屋が数軒並ぶ漁師街の端で、いくつかの扉が開け放たれ、荷物が外に散乱したまま放置されている。


捕縛隊員がその一つを覗き込み、呟くように言った。


「急いで逃げたのは間違いない。家財も、生活道具も、そのままだ。」


瓦礫ひとつ動かない静けさなのに、その散らかった痕跡だけが、住民の恐怖と混乱を物語っていた。


移動団の斥候が、地面に残った細かな足跡に指を触れる。


「子どもの足跡もあります。複数名、北西沿岸へ向かって逃げています。」


波の音が静かな悲鳴のように聞こえた。


※住民の逃走痕跡


山側でも海側でも、痕跡は同じ方向へ伸びていた。


森の奥へ、海岸沿いへ、それぞれが必死に逃げ出した跡。


折れた枝、落ちた布切れ、転んだ跡、擦れた土。


「……街中がパニックになったんだな。」


どちらの隊の隊員も、表情に緊張が走る。


イオスが木々の隙間から街方向を見下ろし、静かに呟いた。


「住民は生きている。、ただ、このままじゃ、黒咬病の危険がある。」


確かに息づいていた街。


だが今は人影がない空虚さが、余計に不安を強調していた。


※アスランへの報告


イオスは深呼吸し、通信魔道具。いや、今は“無線機”を手に取った。


「こちら山側隊、北東外縁に到達。住民の逃走痕跡多数。向かった方向は三つ。これより探索へ移る。」


少し間を置いて、低く落ち着いたアスランの声が返ってくる。


『了解、山側隊。海側の状況も確認済みだ。こちらでも空から熱源を探知する。』


海側隊長が同じく無線に報告を入れる。


「海側隊、北西部で住民の避難痕跡を確認。複数名が海岸方向へ逃走した可能性大。」


『把握した。そのまま痕跡を追ってくれ。上空から合流地点を指示する。』


雲の向こうに姿は見えなくても、空から見守るアスランの存在が、この複雑な捜索に確かな指針をもたらしていた。


イオスが森の奥を見つめながら言う。


「行くぞ! 救える命は一人でも多く。」


山側と海側の二隊は、静かに分かれて走り出した。


夜の闇の中、二つの光が街の救出戦を切り開いていく。


※アスランの空中探索


夜の空は、薄い雲がかかり、星の光をぼんやり滲ませていた。


その中を、アスランの可変戦闘機はほとんど音を立てずに滑るように進む。


コルキスの街全体が眼下に広がる。

街の輪郭は闇に沈んでいるが、熱源探知の表示だけが機内パネルに浮かび上がっていた。


アスランは眉を寄せ、データを拡大した。


「……ここか。」


街の外れ、森の中。そして海側の小さな倉庫付近。さらに、石造りの古い集会所。


微弱だが、確かに“体温”があった。


アスランは無線機を取る。


「こちらアスラン。住民の生存反応を三箇所確認。森の北東部、海岸沿いの倉庫、集会所だ。それぞれ小規模だが、確かな反応がある。」


すぐにイオスの声が返ってきた。


『了解。地上隊を三分割して対応する。上空から動きがあれば知らせてくれ。』


アスランは深く頷き、再び機体を傾けながら低空に入る。


(……間に合うかどうかは、俺たちの動き次第だ。)


目の前の街は静かすぎた。


その静けさが、逆に胸を締め付けた。


※住民救出(山側)


山側隊は、森の中を慎重に進んでいた。


木々は風でかすかに揺れ、どこか遠くで何かが走る気配がある。


「イオス副団長! この先に人の匂いが……!」


斥候の少女が小声で告げた。


暗視具のレンズがわずかに緑光を反射する。


木々の切れ目に、身を寄せ合って震える住民たちがいた。


「王国の方々…ですか?」


泣き声は枯れていた。


疲労と恐怖で、足元はふらついている。


イオスがしゃがみ込み、柔らかい声で言う。


「大丈夫、迎えに来た。ゆっくりでいい、今はもう安全だ。」


捕縛隊の隊員たちが丁寧に抱き上げ、移動団の医療班が脈を取りながら粉薬を与える。


幼い子がイオスの服を掴んだ。


「たすけに、きてくれたの?」


「もちろんだ。君たちを置いていくわけがない。」


森の中に、安堵の息が広がった。


※住民救出(海側)


倉庫街へ向かった海側隊は、崩れた木箱と散乱した漁具の間を慎重に進んでいた。


扉の隙間から、震える呼吸音が漏れる。


捕縛隊長が合図する。


隊員が静かに扉を押し開けた。


「……ひっ!」


中には数名の住民が身を寄せ合っていた。


剣を構えた捕縛隊を見て、身を固くする。


隊長はすぐに剣を下ろし、静かに言った。


「安心しろ。俺たちは助けに来た。領主の兵ではない。王都から派遣された救護隊だ。」


年配の男が涙を浮かべる。


「もう……助からないと思っていた……」


移動団の医療班が症状を確認し、希釈した粉薬を与える。


海風が冷たかったが、住民の呼吸は徐々に落ち着いていった。


※港側の救出


港の裏手、古い倉庫の陰で、重症者が数名倒れていた。


ユーリがすぐに駆け寄る。


「呼吸浅い! 早く担架! 医療馬車に急ぐぞ!」


捕縛隊員と移動団員が協力し、負傷者を慎重に担ぎ上げる。


馬車に搭載された魔道炉が温かな光を放ち、中で待つ医療班がすぐに処置を開始した。


「水分補給! 体温を安定させて!」


「了解!」


倉庫街には、必死に生きようとする人々の微かな声がこだましていた。


※街中心部の惨状確認


住民救出が落ち着いた頃、イオスは街の中心部を確認するため、捕縛隊長と共に街道へ入った。


──静かだった。


市場には野菜が転がり、倒れた屋台の上には薄く砂埃が積もっている。


生活が突然途切れた。

そんな気配が街全体に漂っていた。


捕縛隊長が息を呑む。


「……誰もいないのか。」


「逃げられたならいい。でも……」


イオスは地面についた黒い染みを見つめた。


「そうじゃない痕跡もある。」


風が吹き抜け、布の切れ端を揺らした。


※臨時医療テントでの分類


救出した住民たちは高台近くの医療テントへ運ばれ、

次々と診断が行われた。


医療班が淡々と声を上げていく。


「軽症。発熱のみ。」

「中症。呼吸荒い、粉薬追加。」

「重症、医療馬車に!」


ユーリは走り回りながら指示を飛ばし、医療班は迷いなく動く。


粉状の薬はすぐに効きはじめ、住民から安堵の息が漏れた。


疲労と恐怖に沈んでいた目に、少しずつ光が戻っていく。


※一旦の救出完了報告


住民救出の第一段階が完了した頃、イオスは無線機を取り、短く息を整えた。


「こちらイオス。住民救出は第一段階が完了。軽症・中症は治療中、重症は医療馬車で対応している。アスラン、上空の状況は?」


すぐに返事が返ってくる。


『了解。こちらも街の北側ルートを監視中。残りの熱源は微弱だが、中心部付近で動く反応が少しある。まだ、終わっていない。』


イオスは無言で頷いた。


捕縛隊長が近寄る。


「救出は成功だ。しかし、ここからが本番か。」


イオスも静かに答える。


「そうだな。街を救うには、原因を断ち切らないと。」


夜風が吹き抜け、高台に設置された灯がかすかに揺れた。


救出フェーズは終わった。だが、戦いはまだ続く。


※アスランから異常熱源報告


夜の帳が降り切った街の上空を、アスランの可変戦闘機が静かに旋回していた。


眼下のコルキスは、灯りひとつない黒い塊のようで、その沈黙が逆に不気味だった。


アスランはパネルに視線を移す。


熱源探知の画面が淡い赤を描き、いくつかの点が脈のように瞬いていた。


「……これは?」


街はずれにある旧下水路付近。そこだけ、不自然な“複数の熱源”が密集していた。


しかし、それは人間の温度とは少し違う。高すぎず、低すぎず、境界線の温度をゆらゆらと彷徨っている。


生き物。それも、かなり“動いている”。


アスランは眉を寄せた。


「人じゃない……か。」


次の瞬間、熱源のいくつかが急に跳ねた。

まるでこちらに気づき、

一斉に散っていくような動き。


嫌な予感が、背筋をひやりと走らせた。


アスランはすぐに無線機を取る。


「こちらアスラン。救助地域とは別に、旧下水路周辺で異常な熱源の集まりを確認した。動きが速い…住民とは思えない。」


イオスの声がすぐに返ってくる。


『異常熱源? どんな種類だ?』


「動物だと思う。大きさは……犬より少し小さいか。ただ群れている。数も多い。」


沈黙が数秒、重く落ちる。


その無言が、事態の深刻さを雄弁に物語っていた。


アスランはさらに情報を送る。


「旧下水路の入り口付近だ。熱源は半分ほど潜り込んでいる。……まるで“巣”に戻っていくような動きだ。」


『巣?』


イオスの声が低く落ちた。


『黒咬病の媒介獣ということか……。』


アスランは再びパネルを見つめた。


動きは乱れ、散り、だが最終的には同じ一点へ収束していく。


そこは、街の中心から外れた、誰も使っていない古い排水口。


「イオス。ここが……原因のひとつかもしれない。」


静寂の中、アスランの声は落ち着いていたが、その奥には緊張が滲んでいた。


無線から、深い息の音が返ってくる。


『ありがとう、アスラン。地上側で追跡隊を組む。上空からの監視を頼む。』


「任せろ。」


アスランは機体を旋回させ、旧下水路付近の空へと移動した。


下から吹き上がる冷えた風が、どこか、街の“傷口”を撫でているように感じられた。


腕の中の操縦桿に力がこもる。


(逃がさない。どんな種でも、どんな危険でも、ここで止める。)


街の運命を握る次の戦いが、静かに幕を開けようとしていた。

住民救出の手がかりが見つかった一方で、アスランが上空から捉えたのは、異常な動きを示す複数の熱源だった。

街の混乱を引き起こした“本当の敵”は、まだ姿を現していない。

次の行動が、コルキスの命運を左右する。

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