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050. 港町コルキス(2)

古帳簿の数字は、宮廷派閥への資金流用を示していた。

ユーリの解析、イオスの判断、そしてレイナの決断。

彼らは真実を胸に、夢通信を通じて王国の最上層へと声を届けることを選ぶ。

「神託」として伝えられる不正の告発。

それは彼らの存在を危険に晒すものでもあり、未来を切り拓く唯一の道でもあった。


※解析と決断

夜明け前の薄闇の中、宿営地の一角に灯されたランタンの光が揺れていた。波の音が規則的に打ち寄せる海岸広場。その中央に置かれた粗末な木の机の上には、裏帳簿と港で写し取った数字が並んでいる。

ユーリは羽根ペンを握り、記録の山を整理しながら低くつぶやいた。

「やはり……間違いない」

額には汗が浮かんでいたが、目は鋭く冴えている。彼は何度も数字を突き合わせ、港の帳簿と黒鳥が持ち出した古帳簿を行き来させていた。

「搬出された物資は公式帳簿には記されていない。だが裏帳簿にはしっかりと載っている。そして、その行き先は」

彼は最後の頁を指で叩き、イオスに示した。そこには、王都で名の知られた派閥の名が暗号のように記されていた。

イオスは腕を組み、長い沈黙ののちに言葉を絞り出した。

「……宮廷派閥への資金流用。表の交易に隠して、民から搾り取ったものを都へ吸い上げているわけか」

「そうです」ユーリの声は冷静だったが、その瞳には怒りが宿っていた。

「これを放置すれば、さらに民は疲弊し、この街は空っぽになるでしょう。私たちが聞いた“物価高騰”、“税の重さ”。すべてが裏帳簿に記されているこの流れと一致しています」

海風が吹き抜け、羊皮紙がぱらりとめくった。レイナが机に手を添え、その頁を押さえる。彼女は眉を寄せ、真剣な表情で二人を見つめた。

「……つまり、この街の苦しみは、ここで終わらず王都へとつながっている。そういうことなのね」

「ええ」ユーリは頷き、視線を落とす。

「だからこそ、国へ知らせるべきです。この街の声と共に、資金の流れを。宮廷にしか止められない仕組みになっています」

イオスも頷いた。

「国に渡さねば意味がない。だが方法を誤れば、我らが消されるだけだ」

しばしの沈黙。波の音がその場を埋め尽くした。

やがてレイナが静かに顔を上げる。その瞳には、母としての優しさと、団長としての覚悟が同居していた。

「……分かったわ。わたしたちが手にしたこの証拠、必ず国へ届けましょう。民の声を無駄にはできない」

その言葉に、ユーリは深く息を吐いた。重荷を共有できた安堵があった。イオスも短く頷き、机の上の帳簿を手で覆う。

「決まりだな。次は、どうやって安全に伝えるか……そこが鍵になる」

海の向こうに白い光が広がり始めていた。新しい一日が始まる。

だが、この夜に下された決断は、ただ朝を迎えるものではない。街の未来を揺るがす、大きな一歩となるのだった。

※情報伝達の作戦会議

夜の海岸広場は、すでに静けさに包まれていた。宴の喧騒は遠く過ぎ去り、残されたのは潮騒と風の音だけ。

レイナは焚き火の火を見つめながら、深く息を吐いた。今宵は眠りにつくのではなく、夢を繋ぐ夜だった。

目を閉じた瞬間、視界が揺らぎ、別の光景が現れる。

そこは白銀の霧に包まれた広間のような空間。現実ではなく、神託を受けるために開かれる「夢通信」の場だった。

そこに現れたのは、イオス、ユーリ、そして忍。

四人は互いに頷き合い、言葉を交わす前から、この場の重さを理解していた。

最初に口を開いたのはユーリだった。

「裏帳簿の内容は確かです。資金は宮廷派閥に流れ込んでいる。民の苦しみと帳簿の数字が一致しました。このまま黙していれば、街どころか領全体が疲弊するでしょう」

イオスが腕を組み、鋭い声で応じる。

「国へ伝える。それは誰もが理解している。しかし、方法を誤れば俺たちが標的になる。黒鳥ですら“触れた者は狙われる”と警告した」

沈黙が落ちる。白い霧の中で、四人の影だけが濃く生えていた。

やがて忍が小さく笑みを浮かべ、手を組んだ。

「ならば正面から行けばいい。裏帳簿は証拠、だが俺たちが運び屋になる必要はない。神託を使うんだ」

「神託?」レイナが小さく繰り返す。

忍は頷いた。

「王国のトップに直接、神々の声として伝える。俺たちが握った事実を“神託”として届ければ、隠蔽は不可能になる」

ユーリは息をのんだ。宮廷役人だった彼だからこそ、その方法の意味を理解していた。

「……確かに、神託は王国における最上位の情報伝達。誰も疑うことができない……。だが本当に可能なのですか?」

忍の横でイオスが口を開く。

「可能だ。カグヤを通じて神託の形を取ることができる。危険はあるが、これ以上確実な手はない」

レイナは三人の顔を順に見渡し、深く息を吐いた。

「……つまり、この情報を“神託”として届ければ、王国の上層に必ず届く。そして、私たち移動団の背後に静かな後ろ盾を築くことができるのね」

誰も言葉を返さなかったが、その沈黙は同意の証だった。

レイナは静かに瞳を閉じ、胸の前で両手を重ねた。

「分かりました。危険を承知で行いましょう。民の苦しみを止めるために……未来を選び取るために」

夢の広間に微かな光が射し込んだ。

その光はまるで神託の前触れのように四人を包み、決意を固めた者たちの影を長く伸ばしていった。

※神託による伝達

その夜、コルキスの海岸広場はひときわ静まり返っていた。

潮の満ち引きすら遠くに感じられるほど、空気は澄み渡り、星々が暗い天幕をびっしりと覆っていた。

レイナは焚き火のそばに座り、胸に手を当てた。瞼を閉じれば、すぐに夢通信の世界へと引き込まれる。

だが、今宵はいつもと違う。

彼女と仲間たちが繋ごうとしているのは、ただの会話の場ではない。「神託」を通じて、王国の最上層へと真実を届けるための儀だった。

霧の広間に意識が移る。

イオス、ユーリ、忍がすでに待っていた。霧の奥からは、透きとおるような声が降りてくる。カグヤの声だった。

《準備は整いました。伝えたい言葉を、この場に託してください。わたしが“神の声”として運びます》

その声に促され、ユーリが一歩前に出た。

「王国よ、聞き届けてください。コルキスにおいて、辺境伯領の資金が不正に流出しています。裏帳簿により、宮廷派閥へ資金が吸い上げられていることが判明しました。民は税と物価の重圧に苦しんでいます」

続けてイオスが、短くも力強い声で重ねる。

「これは街ひとつの問題にあらず。領全体を揺るがす不正。放置すれば国そのものを蝕むだろう」

最後にレイナが口を開いた。

「どうか、この声を無視しないでください。わたしたちは旅を続ける身ですが、民の苦しみを放置することはできません。未来を守るために、この事実を託します」

霧の広間が光に包まれた。

カグヤの声が、もはや人のものではない響きとなり、静かに広がっていく。

《神託として告げます。コルキスにおける不正の流れを止めなければ、国民は、さらに疲弊するでしょう。王国は真実を見抜き、正すべき道を選ぶのです》

光が収束した瞬間、霧の広間は消え去り、夢通信は終わった。

同じ時刻。

王都の大神殿では、神官たちが眠りから弾かれるように目を開けていた。

神託の光が祭壇を満たし、言葉が刻まれるように響く。

「……不正……資金流用……宮廷派閥……」

居合わせた高位神官たちは顔を見合わせ、蒼白になった。

そして翌朝、王城に報告が上がる。

「神託あり――コルキスにおける不正の流れ、至急調査すべし」

こうして、辺境の港町から上がったひとつの声が、王国の中枢を動かすきっかけとなった。

民の嘆きと移動団の決断が、ついに国を揺り動かしたのだった。

※返答の到着

それから数日、コルキスの海岸広場には落ち着かない空気が漂っていた。

団員たちは普段通りに動いてはいたが、心の奥底には「神託は届いただろうか」「国は動いてくれるだろうか」という不安が重くのしかかっていた。

その朝。潮風に混じって、神官の白衣が揺れた。クラズ神殿からの使者が、数人の従者と共に宿営地を訪れたのだ。

広場に集まった面々の前で、神官は厳かな声で告げた。

「王国は神託を受け止め、不正の存在を把握した。すでに調査が始まっている。そして、移動団には静かな後ろ盾を与えるとの言葉が伝えられた」

その瞬間、広場に張りつめていた空気がほどけるように揺らいだ。

安堵の息が一斉に漏れ、誰かが小さく「よかった……」と呟いた。

レイナは胸に手を当て、強く息を吐いた。

「これで……堂々と旅を続けられるわ」

その言葉は、団長としての責任感と、母としての優しさが入り混じったものだった。

イオスは目を閉じ、わずかに口元を緩めた。普段は冷静な彼の表情にも、確かな安堵の色が差していた。

ユーリは深々と頭を垂れ、「国が動いた……」と低く呟いた。その声には、元宮廷役人としての実感と、重い荷を下ろした人間の静けさがあった。

子どもたちが、大人たちの笑顔につられてぱっと駆け寄り、「ねぇ、これで旅は続けられるんだよね!」と弾む声を上げる。

大人たちはうなずき合い、その無邪気さに救われるように笑った。

海風が広場を吹き抜ける。潮の香りは同じでも、今はどこか柔らかく感じられた。

この港町コルキスで得たのは、街の裏に潜む不正の真実と、それを正す力を持つ国からの静かな支援。

レイナは空を仰ぎ、心の中で呟いた。

未来へ進む道は、まだ続いている。

そして彼女は振り返り、仲間たちに向かって笑みを浮かべた。

「行きましょう。次の道へ」

その声に応えるように、団員たちの胸に新しい鼓動が広がっていった。

港町コルキスの空が、ゆるやかに朱へと染まっていく。

海に沈みかけた太陽は大きく、波間に揺らめく光を撒き散らし、港に停泊する船の帆を赤く照らしていた。

宿営地に戻った移動団は、その光景を眺めながら、久方ぶりに肩の力を抜いていた。

子どもたちは潮風に髪をなびかせ、砂浜を駆け回る。小さな足跡が波にさらわれるたび、歓声が上がり、その声は港のざわめきと溶け合って響いた。

大人たちは焚き火のそばで腰を下ろし、簡素な食事を囲みながら笑い合う。

「やっと胸を張って歩けるな」

「これで安心して次の道へ進める」

そんな声が、あちこちで交わされる。数日前まで張り詰めていた表情は消え、互いの笑みが自然とこぼれていた。

イオスは焚き火の炎を見つめながら、ふと口元を緩めた。

「久しく、こうして心安らぐ夕暮れを見ていなかったな」

隣にいたユーリが頷き、「だが、ここで止まるわけにはいかない」と静かに返す。

二人の言葉は団員たちの耳に届き、旅の緊張が解けた今だからこそ、次の道へ進む力に変わっていった。

レイナは少し離れた場所で、遊ぶ子どもたちを見守っていた。笑顔に満ちた光景を見ていると、胸の奥に温かいものが広がる。

彼女はそっと目を閉じ、心の中で呟いた。

この旅は続く。けれど、この一瞬の安らぎを、必ず未来へ繋げていこう。

遠くでは港の鐘が鳴り、船乗りたちが次の航海に備えて網を引き上げていた。街もまた、明日に向けて歩みを始めている。

夕陽が完全に海へ沈む直前、宿営地にひときわ大きな笑い声が響いた。団員も子どもたちも一斉に振り向き、顔を見合わせて笑う。

 その笑いは、どこまでも穏やかで力強かった。

緊張から解放された今だからこそ、彼らは新しい旅路を恐れることなく進めるのだ。

港町コルキスに暮れる夕陽の下、移動団は再び未来へと歩みを進める決意を固めていた。


数日後に届いた返答は、静かだが確かな後ろ盾だった。

王国は不正を把握し、移動団の存在を認める。

緊張に縛られていた団員たちは安堵し、港町の夕暮れの中で笑顔を取り戻した。

希望の灯火は、海に沈む夕陽のように柔らかく、そして確かに胸に残る。

港町コルキスでの調査は終わり、次の旅路へ。

未来へと続く道が再び開かれていた。


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