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047. 港町ノヴォミ~高台スモトロ (8)

青年一家を乗せた可変戦闘機は、一路、高台にいる移動団へと帰ります。

機内では青年一家は、どんな会話をするのでしょうか。


 住宅見学を終えると、女性技師はにこりと微笑んだ。

 「せっかくですし、購買施設も見ていきませんか。買い物の中心区画です。」

 その言葉に、妻は思わず青年の袖を握った。

 「か、買い物……? 市場じゃなくて?」

 「はい、ショッピングセンター。ここでは日用品から食材、衣服、書物まで揃います。」


 透明チューブの回廊を抜けると、巨大な吹き抜けが現れた。青い海の光が天窓から差しこみ、白い床に波の揺らぎを描いている。

 中央には魔導搬送路と呼ばれる静かな動く床、左右には小さな店が連なり、その上階には衣服と雑貨の看板が淡く光っていた。


 娘が指をさして跳ねた。

 「床が動いてる! のってるだけで進むよ!」

 女性技師が笑って頷く。

 「重い荷物でも楽に運べるように。お年寄りにもやさしい設計なんです。」


 妻は戸惑うように辺りを見回した。

 「こんなに明るいのに、煙の匂いがしない。」

 「魔導照明ですから。火は使いません。空気は循環庭園と呼吸調整で常に新鮮に。もしもの時は天井の減圧シャッターが閉じます。」

 言いながら、技師は柱に埋め込まれた緊急案内の紋章を示した。

 「避難路はあちら。訓練も定期的に行います。」


 パンの香りが、ふっと鼻先をくすぐった。

 娘の視線が一瞬で吸い寄せられる。

 「いい匂い!」

 ベーカリーの前では、焼きたての丸パンが温度保持の小さな結界に守られて並んでいる。店員がにこやかにトングを差し出した。

 「試食、どうぞ。」

 妻は慌てて首を振った。

「いえ、そんな、買わないのに。」

 女性技師が壁際の端末に触れて、来訪者用の識別札ゲストタグを三人の手首に留めてくれる。

 「施設見学の方には少額のゲストクレジットがつきます。よろしければ体験してみて下さい。」


 恐る恐る丸パンを割ると、湯気が立ちのぼり、娘は目をきらきらさせた。

 「ふわふわ! おとうさん、雲の味がする!」

 妻は小さく笑い、頬に手を当てる。

 「……街で買う硬いパンしか知らなかった。噛むたびに、やさしい」

 青年がそっと視線を落とし、胸の奥があたたかくなるのを感じた。


 次に立ち寄ったのは食材の区画。

 水槽では海藻がゆらぎ、海底農園の葉物が並ぶ。野菜には「魔導冷蔵・鮮度保証」の印が揺れ、そのとなりで養殖魚が捌かれていく。

 技師が説明する。

 「主食と野菜は水耕栽培。魚は内海ドームから。外海に頼り切らないのが、この都市の強さです」


 妻は、色とりどりの果物の前で立ち尽くした。

 「こんなに……季節がばらばらでも、あるの?」

 「栽培ドームの季節を制御できるからです。

  もちろん配給のバランスは守りますが、子どもの誕生日に好物を用意できるくらいには」

 その言葉に、娘がぱっと母の顔を見上げた。

 「ねえ、わたしの誕生日、赤い実のケーキにできる?」

 妻は返事を詰まらせ、やがて小さく頷いた。

 「……約束、してみようか」


 上階の衣服フロアでは、無地の布から自動縫製台が静かに衣を縫い出している。

 「作り置きもありますが、計測紋でぴったりサイズに仕立てられます」

 技師の説明に合わせ、娘が鏡の前でくるりと回った。

 「おかあさん、見て! わたしの丈にぴったり!」

 妻は笑ったが、その笑みの端に、少し涙がにじんでいる。

 「こんな……“当たり前”が、当たり前の場所があるなんて」


 会計のとき、店員が微笑んで支払い紋章を示す。

 「こちらに手首をどうぞ。ゲストタグで精算できます」

 妻はどきどきしながら手首をかざした。淡い光が灯り、支払い完了の印が浮かぶ。

 「……お金を数えなくても……?」

 「記録は端末に残ります。紛失時は無効化できますから、現金より安全ですよ」

 技師はさりげなく付け加える。

 「配給と自由購買の併用です。基礎は誰にでも、嗜好品は働きに応じて。無理なく、でも働けば暮らしが豊かになるように」


 小さな袋を提げて、三人は吹き抜けに戻った。袋の中には、焼き菓子が少し、娘用の小さな髪飾り、そして妻が迷いに迷って選んだ白いマグが一つ。

 青年は歩調を落とし、横顔で問いかける。

 「……どう思う?」

 妻はマグを抱きしめるように持ちながら、ゆっくり答えた。

 「怖いくらい、便利だけど、ここで、生きる形が、少しだけ分かった気がする」

 娘が二人の手を両方つかんで、跳ねる。

 「ここに住んだら、お誕生日ケーキ作って、海の図鑑を買って、髪飾りも……ね?」

 青年は笑って、娘の額に軽く指をあてた。

 「約束は、ひとつずつ叶えていこう」


 女性技師が腕時計型の端末をちらと見て、穏やかに告げる。

 「改造はもうすぐ仕上がります。風魔法エンジンの調整と、遮音・隠密の組み込み。戻りましょう」

 吹き抜けの天窓の向こうで、海の光がゆるやかに揺れた。

 家族の小さな紙袋が、未来への試し買いのように心地よく手の中で鳴った。


 青年一家が呼び出されると、すでに技術班の面々が集まっていた。

 中央に立つのは、髪を乱したままの若い技術者。

 服には油染みが目立ち、眼鏡越しの視線は異様に自信に満ちている。

 「改造は完了した!」

 彼は大声で宣言した。

 「風魔法エンジンを搭載し、遮音結界を常時稼働させている。

  さらに、光学幻影を用いたカメレオン迷彩も加えた。空を飛ぶ影は完全に消える!」


 背後の機体が照明に照らされ、滑らかな外殻を光らせた。

 青年が思わず息を呑む。

 「……別物みたいだ」


 周囲の技術者が一斉にざわめいた。

 「おいおい、幻影まで組み込んだのか!」

 「こいつ、また勝手に試作品を使いやがったな!」

 「でも、すげえよ! 俺たちも見習わなきゃ」


 中には興奮のあまり前に出て叫ぶ者もいた。

 「もっと詳しく説明しろ! 風魔法の流路はどう組んだんだ?!」

 「遮音の位相合わせは? あの理論、まだ誰も成功してないはずだ!」


 問題児の技術者は鼻で笑い、胸を張った。

 「実験と失敗を繰り返してたら、偶然うまくいった。それを“センス”って言うんだよ」

 「ぐぬぬ……悔しいけど、確かにすげえ!」

 「次は俺がもっと良いのを作ってやる!」


 場は熱気に包まれ、技術者同士が口々に未来の改造を夢想し始めた。


 青年はその熱気に押されつつ、コックピットに目を向けた。

 「……今すぐ試してみたい」

 その言葉に周囲の視線が一斉に集まり、羨望の声が飛んだ。

 「いいなあ! お前が一番に乗れるなんて!」

 「俺たちも試験飛行したいのに!」


 妻はその様子に戸惑いながらも、微笑んだ。

 「あなた……みんなに頼りにされてるのね」

 娘は機体の翼を撫で、目を輝かせた。

 「これ、ほんとうに隠れちゃうの? 空の色と同じになるの?」

 技術者が嬉しそうに身をかがめ、説明を始める。

 「そうだ。空だけじゃない、雲や夜空にも溶け込むんだ。

  君のお父さんは“忍者みたいに空を飛ぶ”んだよ」

 娘はきゃあっと歓声を上げ、妻は思わず笑い声を洩らした。


 技術者が両手を広げ、声を張り上げた。

 「さあ、これは君の機体だ! 使いこなしてくれ!」

 青年は静かに頷き、家族の方へ目を向けた。

 「俺たちの旅を支える翼だ。必ず守り抜く。」

 妻と娘は、その言葉に胸を震わせ、機体を仰ぎ見た。

 格納庫に集まった者たちは口々に声をあげ、まるで祭りのような喧騒となっていた。

 新しい翼は、技術班の誇りと共に、青年へと託されたのだった。


 青年が操縦席に乗り込み、機体を起動させた。

 エンジンが唸りを上げ――いや、ほとんど音はしない。ただ空気が揺れるだけで、機体はゆっくりと浮かび上がった。


 「……ほんとに音がしない……!」

 妻が両手で口を覆い、娘は飛び跳ねて叫んだ。

 「わあ! 空に浮かんでるのに、風の音しかしない!」


 青年は指示に従い、格納庫の奥に設けられた巨大な鏡の前にホバリングで移動した。

 そこに映った機体は――次の瞬間、すうっと姿を消した。

 「……え?」

 妻は思わず目をこすった。娘は鏡の前で両手を振りながら、はしゃいだ。

 「おとうさん、見えないよ! 隠れんぼしてる!」


 青年は計器を確かめつつ、機体の安定度を確認し、再び静かに着陸させた。

 「……確かに、全部機能してる」


 着陸と同時に、技術班の面々が駆け寄り、外殻を点検していく。

 その間に、別の班がカーゴポットを次々と運んできた。

 新鮮な野菜、冷凍保存された肉や魚、乾燥保存の穀物、移動団が切望していた物資だ。


 「接続ポイントに固定!」

 「よし、次を持ってこい!」

 胴体側面や下部に取り付けられたカーゴポットは、見た目の印象をほとんど変えなかった。


 青年は不思議そうに首をかしげる。

 「こんなに積んでるのに……外見が変わらないのか?」

 作業を指揮していた技術者がにやりと笑う。

 「もともと空輸用に設計し直したからな。カーゴポットを取り付けて“完成形”になる。無理なく積んでも、見た目は変わらん」

 青年は目を細め、深く頷いた。

 「……なるほど、そういうことか」


 作業が一段落すると、妻と娘も機体に招き入れられた。

 後部座席に腰を下ろした妻は、思わず息を呑む。

 「これ、私と娘用に?」

 シートは二人が並んで座れるよう幅広に改造され、柔らかなクッションが備えられていた。

 娘は隣で歓声をあげた。

 「わあ! 二人で座れる!」


 前席に腰掛けた青年も、何か違和感を覚えた。

 「操縦席も広くなってないか?」

 班長が咳払いをして答えた。

 「言い忘れてたがな。人型形態に変形したときは、全面投影型の操縦システムに切り替わる。

その関係で前席も幅を広げた。後部も横二席にしたのは、その仕様のおまけだ。」


 妻はあっけにとられ、青年は半ば呆れたように笑った。

 「魔改造、極まれりだな。」

 娘は両手を広げ、きらきらした目で父を見上げた。

 「おとうさん、この飛行機、わたしたちの家みたいだね!」

 技術班の面々は誇らしげに胸を張り、その声にさらに賑やかさが加わった。


 格納庫の扉が開き、外の滑走路に朝の光が差しこんだ。

 可変戦闘機のエンジンが静かに唸りを上げる。だが、もはや轟音はない。

 風魔法エンジンと遮音魔法が音を包み込み、ただ軽い振動が床を伝えるだけだった。


 「行ってらっしゃい!」

 整備班の若者たちが両手を振る。

 「無音飛行、ちゃんと試してこいよ!」

 「次はもっとすごい改造をしてやるからな!」


 問題児の技術者は胸を張り、堂々と声を張り上げた。

 「この機体は俺たちの誇りだ! 使いこなして、世界に見せつけてこい!」

 仲間たちが歓声を上げ、格納庫の中は一瞬、祭りのような騒ぎになった。


 妻はその光景に目を潤ませ、小さく呟いた。

 「こんなに皆に支えられて、あなたが飛ぶのね。」

 娘はシートに座りながら、興奮で頬を赤らめた。

 「おとうさん、早く! みんなが見てる!」


 青年は操縦桿に手を置き、深く息を吸った。

 「必ず、無事に届けてみせる」


 静かな推進力が背を押し、機体はゆるやかに加速する。

 だが音はなく、ただ風が流れるばかりだった。

 妻は思わず窓に顔を寄せ、目を見開く。

 「……本当に、音がしない……!」

 娘は笑い声を上げた。

 「おとうさん、忍者の飛行機だ!」


 技術班の面々が手を振り続ける中、機体はふわりと舞い上がり、青空に溶け込んだ。

 幻影魔法が働き、次の瞬間にはその姿も見えなくなる。


 残された整備員の一人が、ぽつりと呟いた。

 「本当に行っちまったな」

 「見えなくても、聞こえなくても、あれは俺たちの翼だ」

 誇らしげな声に、周囲の皆が静かに頷いた。


 青い海原の上を、改造機は風を切らぬまま滑るように進んでいた。

 静寂の中、ヘッドセットに低い声が響く。

 《こちら忍。限界高度を試す。弾道飛行をやってみてくれ。

 時間短縮がどれだけできるか、データを取っておきたい》


 青年は眉を上げ、すぐに返答した。

 「了解。弾道飛行に入る。」


 後席の妻が不安げに首を傾げる。

 「弾道、ってなに?」

 青年は短く説明した。

 「高く上昇して、山なりの軌道を描く飛び方だ。真上に打ち上げて、落ちるまで滑空する。

  時間を大幅に短縮できるけど、ちょっと驚くかもしれない」


 娘は目を輝かせた。

 「やるやる! おとうさん、早く!」


 スロットルが開かれると、機体は一気に上昇を始めた。

 地平線が窓の外でぐんぐん傾き、青い海と白い雲が足下へと押し流されていく。

 妻は思わず座席を握りしめ、息を呑む。

 「ちょ、ちょっと待って……! 空が、ひっくり返る!」

 娘はきゃあきゃあと歓声をあげていた。


 やがて計器が限界高度を示し、機体は宙に放り出されたようにふっと浮遊感をまとった。

 重力が消えたような一瞬。

 娘の身体がふわりと浮き、シートベルトに支えられる。

 「わぁ……! 浮いてる! おかあさん、見て!」

 妻も口を開けたまま、指先が宙に泳ぐ。

 「本当に体が軽くなるなんて」


 次の瞬間、機体はゆるやかに前傾し、再び重力が戻ってきた。

 「うっ……!」

 妻はシートに押し付けられながらも、必死に笑おうとした。

 「こ、これは心臓に悪いわね。」

 娘はそれでも大喜びで叫ぶ。

 「もう一回! もう一回やって!」


 青年は計器を確かめつつ、苦笑を洩らした。

 「データは十分取れた。忍に報告しておこう」


 ヘッドセットから、落ち着いた声が返る。

 《よし、よくやった。時間短縮の目処は立ったな。》


 母は胸を押さえながら夫の横顔を見た。

 「あなた、本当に前世で空を飛んでいたのね。」

 青年は小さく頷き、進行方向を見据えた。

 その視線の先には、まだ見ぬ目的地が、遥か遠く輝いていた。



未知の翼が示した可能性と、家族として歩む決意。

帰還した広場には、緊張よりも期待と安堵の色が広がっていました。

この空からもたらされた翼と物資は、ただの道具ではなく、移動団の未来を支える力となるでしょう。


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