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045. 港町ノヴォミ~高台スモトロ (6)

温泉療養の日々を経て、青年は夢の中で前世の記憶を語り、仲間たちの前に新たな一歩を踏み出しました。

忍の指導のもと、格納庫魔法の修行が始まり、団は第三の難関である温泉渓谷を越えて進んでいきます。

やがて展望台に到着し、遠くに広がる街を一望した一行。

その夜、青年は家族と共に初めての飛行へ挑みます。

前世と今がつながる瞬間は、旅路に新たな可能性をもたらすのでした。

 温泉療養も四日目。

 団員たちはすっかり顔色を取り戻し、笑顔の輪があちこちで広がっていた。

 少女は湯上がりの頬を赤らめ、母代わりの女性に寄り添って眠り込む。

 青年はその寝顔を見守りながら、焚き火の傍らで目を閉じた。


 ――そして、夢が始まった。



 白く霞んだ空間に立つと、目の前には忍がいた。

 「やっと会えたな」

 その隣で、カグヤがひらひらと手を振る。

 「昨日は驚かせちゃったかしら? でも大事なことだから」

 青年はため息をつき、苦笑を浮かべた。

 「……あれじゃ、驚かない方がおかしい」


 忍が一歩踏み出し、真剣な目を向けた。

 「きみは、本当に“前世の記憶”を持ってるのか?」


 青年はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 「……俺は、あの世界で“可変戦闘機”のパイロットだった」

 白い夢の空間に、その言葉が落ちる。

 「空を飛び、敵を撃ち落とす。仲間と共に編隊を組んで、空を駆けていた。けれど……気がついたら、こっちの世界にいた」


 彼の声には懐かしさと、かすかな哀しみが混じっていた。

 「港町では、どうしても人と馴染めなかった。俺の中の“記憶”が、現実と噛み合わなかったからだ。だから……新しい名前で、新しい自分をやり直したかった」


 忍はじっと耳を傾け、やがて口を開いた。

 「前世の記憶を持ってるなら、それは大きな力になる。この世界でも、きっと役に立つ」

 「でもねぇ」

 カグヤが横から割り込む。

 「ただ“飛べる”ってだけじゃ駄目よ? 格納庫を創れるようにならなきゃ、飛行機はしまっておけないでしょ?」

 にっこり笑うその姿に、青年は呆れた顔をした。

 「夢の中まで茶化すのか……」


 忍が真剣に言った。

 「この力は必要だ。移動団にも、旅団にも。……だから、俺と一緒に修行してほしい」

 青年は少しの間うつむき、やがて顔を上げた。

 「分かった。どうせ新しい人生をやり直すなら、逃げるよりも飛んでみるさ」

 その表情は迷いを捨て、静かな決意を帯びていた。


 気がつくと、焚き火の音が耳に戻っていた。

 隣では少女が穏やかな寝息を立て、女性が毛布をかけ直している。

 青年はそっと空を仰ぎ、夢で交わした言葉を胸に刻んだ。

 「……飛ぶのか。今度こそ、この家族と仲間のために」


 温泉の湯気が立ちこめる谷に、新しい物語の予感が静かに満ちていた。



 温泉での療養が続いた数日を経て、いよいよ次の難関へ備える会議の日がやってきた。

 谷間に広げられた地図を前に、団員たちは輪になって腰を下ろす。

 イオスが立ち上がり、低い声で告げた。


 「渓谷の道は険しく、温泉の蒸気が吹き出す箇所もある。荷を軽くし、馬車の進む順を定める必要がある」


 技術班が持ち出した資材を広げ、補強の方法を示す。

 護衛たちは渡る際の警護配置を議論し、女性たちは子どもや老人の待機場所について声を上げた。

 会議は熱を帯び、次第に具体的な作業分担へと移っていった。



 その頃、青年は焚き火の端に座り、心ここにあらずといった様子で手を組んでいた。

 昨夜の夢で忍から告げられた言葉が、胸の奥に残っている。

 ――格納庫を創れるようになれ。


 会議が一段落した後、青年は静かに席を立ち、人気のない岩場へと足を運んだ。

 そこには、既に忍の小さな姿が待っていた。


 「来たな」

 「夢の中だけじゃ足りない。実際に試すんだろ?」

 忍は頷き、両手を広げた。

 「創造魔法は“形を思い描き、空間を与える”ことから始まる。心の中に、納めるべき“格納庫”を描け」

 青年は目を閉じ、深く息をついた。

 頭の中に広がるのは、無機質なコンクリートの格納庫、煌々と灯る照明、そしてそこに並ぶ鋼鉄の機体。

 「……こんな場所、か」

 思わず漏れた言葉に、忍がうなずく。

 「いい。だが、ここでは“鉄”や“コンクリート”を想像するだけじゃ足りない。空間そのものを編み上げろ」


 青年の額に汗がにじむ。

 足元の地面がわずかに震え、空気が歪んだ。

 しかし次の瞬間、ふっと霧のように消えた。


 「失敗か……」

 青年が息を吐くと、忍は肩をすくめて笑った。

 「最初はみんなそうだ。焦るな。大事なのは、“しまう場所を作る”って気持ちだ」



 一方その頃、団員たちは馬車の荷を降ろし、分担して運び直していた。

 「食料はこっち、医療用具は後方へ」

 「馬具の点検を急げ!」

 掛け声が飛び交い、汗を流しながらも、皆の顔には決意が宿っていた。

 谷を吹き抜ける風に、作業の音と人々の声が溶けていく。


 その夜、青年は再び夢の中で忍と向き合った。

 「昼間の失敗を思い出せ。形を保てなかったのは、力ではなく心が揺らいだからだ」

 忍の声は真剣だったが、どこか年齢不相応な落ち着きがあった。

 青年は小さく笑った。

 「子どもの姿で言われると、余計に不思議だな」

 「母様に言うなよ。説得力がなくなる」

 忍のむくれた顔に、青年は思わずくすっと笑った。


 だが、すぐに表情を引き締める。

 「……もう一度だ」

 心の奥に描いたのは、暗闇の中に広がる無限の空間。

 そこに、自分の未来と、守りたい家族の姿を重ねた。


 かすかに空気が鳴り、夢の中に格納庫の扉が形を結び始めた――。


 こうして、団の準備と並行して、青年の新たな修行が始まった。

 それはまだ不安定で頼りなかったが、確かに第一歩を踏み出していた。


※翌朝・出発前


 渓谷の奥からは白い湯けむりが立ちのぼり、硫黄の匂いが風に混ざって漂ってきた。

 イオスが隊列の前に立ち、声を張る。

 「本日、温泉渓谷を突破する! 荷を軽くし、馬車の間隔を保て!」

 「煙の濃い場所では声をかけあえ!」

 団員たちの表情は引き締まり、昨日までの笑顔は影を潜めた。


※渓谷通過


 馬車の列が進み出すと、岩肌の隙間から立ち上る蒸気が道を覆った。

 「こっちは避けろ、右へ!」

 護衛が叫び、子どもたちを抱きかかえて迂回する。

 馬が鼻を鳴らして怯えるたび、御者は必死に声をかけて落ち着かせた。


 途中、車輪が岩に取られて傾く場面もあった。

 「押せ! 一気に!」

 青年を含む男たちが肩を入れ、重い馬車を持ち上げるようにして押し上げる。

 汗と硫黄の匂いに混じって、叫びと息遣いが渓谷にこだました。


 煙の濃い一帯では、視界が数歩先しか見えなかった。

 「息が……苦しい!」

 布で口を覆った団員が声を荒げる。

 イオスは即座に判断を下した。

 「止まるな! 一気に抜けろ!」

 列は声を合わせ、歌を口ずさみながら歩を速めた。

 子どもたちの震える手を大人が握りしめ、笑顔を作って励ます。

 歌声は震えていたが、確かに恐怖を押し返していた。


 長い蒸気の帯を抜けると、青空がぱっと広がった。

 団員たちから歓声が上がり、肩の力が一斉に抜ける。

 「やった……抜けたぞ!」

 馬も安堵したように鼻を鳴らし、草を探して足を止めた。


 レイナは振り返り、皆の顔を見渡して小さく頷いた。

 「全員、無事……それだけで十分」

 その声には涙に似た熱がにじんでいた。


 野営地に戻ると、人々は疲れを癒すためにすぐ眠りについた。

 だが青年だけは焚き火の明かりを背に、岩場に立っていた。

 「……今日もやる」

 目を閉じると、夢の中に忍の姿が現れる。


 「よく渓谷を抜けたな。だが、お前の課題もここからだ」

 忍の声は真剣そのもの。

 青年は深呼吸し、心の中に再び「格納庫」を描いた。

 暗闇に浮かぶ巨大な扉。そこに“家族を守る場所”という想いを重ねる。


 空気が震え、形が揺らぎ、やがてぼんやりとした輪郭が現れる。

 ――まだ扉は薄い。触れれば崩れてしまいそうだ。

 「焦るな。今日の成果は昨日より確かだ」

 忍の言葉に、青年は小さく頷いた。

 「必ず……完成させる」



 坂を登りきった一行の前に、ついに街が姿を現した。

 青い海に抱かれるように広がる白壁の街並み、港に浮かぶ船、そして背後の山並み。

 団員たちは息をのんだ。


 「……あれが、コルキス」

 ユーリが静かに口にする。


 興奮と歓声が上がりかけたその時、イオスが前に進み出て手を挙げた。

 「静まれ。この街はただの通過点ではない」

 人々の視線が集まる中、イオスの声が響いた。

 「この街は辺境伯正妻の故郷だ。」

 「ゆえに辺境伯領の関係者がこの地に滞在している可能性が高い。」

 「我らが無闇に踏み込めば、不測の事態を招きかねん。」

 団員たちの顔に驚きと緊張が走る。

 誰もが街の美しさに目を奪われていたが、その裏に潜む事情を知らされ、口をつぐんだ。


 レイナは皆の顔を見渡し、しっかりと声を張った。

 「調査が済むまでは街に入らない。この展望台を拠点とし、数日休息を取りつつ探索を進めます」

 その言葉に団員たちは一斉に頷き、緊張を含んだ表情で荷を降ろし始めた。


 「調査は明日の早朝から。護衛と探索班を分け、街へ降りる道を探らせる」

 イオスの声が続き、準備の指示が飛ぶ。


 その場で野営の設営が始まった。

 天幕が張られ、焚き火の煙が立ちのぼる。

 子どもたちは不満そうに街の方向を見つめたが、大人たちは真剣な顔で準備に取りかかった。


 「せっかく見えているのに……」

 少女がつぶやくと、母代わりの女性が微笑んだ。

 「きっとすぐに行けるわ。でも今は休む時よ」



 野営地が静まり返る頃、青年は忍、レイナ、イオス、ユーリと共に人気のない場所へ向かった。

 「いよいよだな」

 忍が真剣な声で告げる。

 青年は深呼吸し、両手を広げる。


 心の奥に描いた巨大な扉――守るべき家族と仲間を収める格納庫。

 そのイメージを強く思い描くと、地面が震え、光が集まっていく。

 「……開け!」


 眩い光とともに、空間に黒鉄の扉が出現した。

 重々しい音を響かせて扉が開くと、そこには鋼の機影、可変戦闘機が姿を現した。

 「本当に……」

 レイナが息を呑み、ユーリは目を見張った。


※試験飛行


 青年は無言でコックピットに乗り込み、スロットルを押し込んだ。

 轟音とともに機体は宙へ舞い上がる。

 夜空に翼を広げ、星々の間を縫うように飛ぶ姿は圧倒的だった。


 「すごい……!」

 レイナが思わず声を上げ、イオスも無骨な顔に驚きを浮かべた。


 しかし次の瞬間、機体の輪郭が変わり始めた。

 翼が折りたたまれ、脚部が展開し、鋼の躯体が人型へと変形する。

 「……はっ?」

 地上の三人が目を丸くする中、空を駆ける人型の巨体は軽やかに宙返りし、まるで舞を踊るように夜空を翔けた。

 「おいおい……楽しんでやがるな」

 ユーリが呆れ声を漏らす。


 青年の笑い声が通信越しに響いた。

 「ははっ、やっぱりこの形の方がしっくり来る!」


 その声を遮るように、鋭い叱声が飛んだ。

 「遊ぶな! これは試験飛行だ!」

 忍の声は幼い姿からは想像できぬほどの迫力を帯びていた。

 夜空に響くその一喝に、青年は思わず肩をすくめる。

 「……す、すまん。つい」

 機体は再び飛行形態に戻り、夜空を静かに旋回した。


 やがて可変戦闘機は格納庫へと戻り、重々しい扉が閉じられた。

 青年は降り立つと、頭を掻きながら苦笑した。

 「久しぶりに飛んだら……我慢できなかった」

 レイナは呆れたように笑い、イオスは小さくため息をついた。

 ユーリは肩をすくめて言う。

 「まあ……団の士気は上がるかもな」

 忍は腕を組んで一言。

 「次は“任務”の飛行だ。遊びじゃないぞ」

 厳しい言葉に場は引き締まったが、その直後、誰もが小さく笑みを洩らした。



 夜の展望台は、昼間の賑わいを失い、焚き火の明かりだけが頼りとなっていた。

 野営地の片隅で、母子と共に休んでいた青年の前に、レイナと忍が姿を現した。

 「来てもらえますか」

 レイナが微笑むと、忍は手を振り、まるで遊びに誘う子どものような顔をしていた。


 青年も立ち上がり、女性と少女も一緒に歩き出す。

 忍は小柄な背で先導しながら、展望台とは反対側の草地へと導いていった。


 そこにはイオスが待っていた。

 焚き火の炎に照らされるその姿は、静かに頼もしさを湛えている。

 「来たか」

 イオスは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、青年に差し出した。

 「これが、現在の移動団に必要な物資のリストだ。そして、補給先である技術部の仮設基地の座標も」


 青年は無言で受け取り、紙面に目を走らせた。

 「……つまり、俺に運べということか」

 青年は深く息を吸い込み、地面に片膝をついた。

 「――開け」

 言葉と共に、地面が震え、光の門が現れる。

 巨大な扉が開くと、中から牽引車両が姿を見せた。

 鋼鉄の巨体、可変戦闘機を引き出す。


 女性と少女は言葉を失い、ただその光景を見上げるばかりだった。

 「……おかあさん、これ……なに?」

 「わたしにも分からないわ。でも……すごい」


 青年は牽引車を格納庫へと戻し、扉を閉じると空間は音もなく消え去った。

 残されたのは、月明かりに照らされた一機の鋼の翼だった。


 忍が口元を歪め、いたずらっぽく笑った。

 「機体は複座型だったよな。よし、家族で往復して来い」

 「任務……兼、遊覧飛行だ」

 あまりに唐突な命令に、青年は思わず目を瞬かせた。

 「おいおい……本気か?」

 「本気だ。団の未来のためにも、お前の家族のためにも」

 忍の声音は師団長らしい厳しさを帯びていた。


 青年が妻と少女を複座の後部座席に乗せ、操縦桿を握る。

 轟音とともに機体が宙へ舞い上がった瞬間、母子は息を呑んだ。


 「きゃああっ!」

 少女が目を輝かせ、母は必死に座席を握りしめる。

 「嘘みたい……本当に空を飛んでる……!」


 青年は笑いながら叫んだ。

 「前世じゃ、これが俺の日常だったんだ。雲を抜け、星の海を駆けるのがな!」

 彼の声は高揚に満ち、顔には久しぶりの少年のような笑みが浮かんでいた。


 数時間後、機体は仮設基地の上空に到達した。

 降下して着陸すると、待ち構えていた技術班の面々が一斉に駆け寄ってきた。

 「おお、来たぞ!」

 「本当に空を飛んで来たんだな!」

 「早く点検だ、部品を用意しろ!」


 青年がコックピットを開けると、母子はまだ呆然とした表情を浮かべていた。

 少女はきらきらとした目で言った。

 「おとうさん……すごい!」

 女性は胸に手を当て、震える声で呟いた。

 「……これが、あなたの力……」


 青年は静かに頷いた。

 「そうだ。今度は、この力を“守るため”に使う」

夢で告げられた前世の記憶。

現実の中で積み重ねた修行と、仲間に託された役割。

青年は格納庫を開き、空を舞うことで、自らの過去を今の旅へと結びつけました。

それは遊び心をにじませながらも、確かな決意を帯びた飛行でした。

街を目前にした移動団は、新しい仲間の力を胸に、次なる歩みを進めていきます。

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