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043. 港町ノヴォミ~高台スモトロ (4)

吊り橋を渡りきった移動団は、次なる試練を前に足を止めました。

会議を重ね、準備を整え、そして再び進み出す一行。

丘を越え、谷を抜け、やがて漂う硫黄の匂いは、難所と温泉の気配を同時に告げます。

人々の表情には、不安と安堵、そして小さな笑顔が交錯していました。


※会議・準備の日


 朝の光が谷に差し込み、吊り橋の板がきらりと光った。

 崩れかけたその姿を背に、移動団は野営地中央に集まった。

 大きな布を広げ、その上に地図と木の枝で橋の簡単な模型が作られている。

 緊張を含んだ沈黙の中、イオスが口を開いた。


 「昨日の偵察で判明したことを整理する。橋板の欠損は三か所。縄は二本が緩んでいる。渡れるのは一度に馬車一台、人は二列まで」

 低い声が谷に響き、団員たちの視線が模型に集まった。


※報告と不安


 護衛が声を上げる。

 「欠けた板の部分に補強板を打ち込めば、荷を通せます。ただ、馬が怯えて暴れれば危険です」

 「荷を軽くするのは必須だな」

 「縄は編み直せるか?」

 技術班のひとりが縄を手に取り、繊維を確かめる。

 「簡易的に補強は可能です。ただし一時しのぎ。長持ちはしません」


 不安げな声もあがった。

 「……もし途中で切れたら?」

 その言葉に空気が張りつめる。だがイオスは即座に答えた。

 「だからこそ、渡る順を決める。軽い馬車から順に。資材班と護衛は先行して補強を施す。失敗は許されない」


※レイナのまとめ


 全員の視線が自然とレイナに集まった。

 彼女はひとつ息をつき、柔らかな声で言った。

 「確かに危険はあります。けれど、この橋を越えなければ前には進めません。だからこそ今日、皆で力を合わせて準備をしましょう。明日の渡橋を必ず成功させるために」

 その言葉に頷きが広がり、場に一体感が生まれた。


※団員たちの声


 後方から小さな声が上がる。

 「俺たちにできることは?」

 「重荷を降ろして仕分けをお願いします。子どもや老人は渡る順番を最後に」

 「橋を渡る時、歌を歌ってはどうでしょう? 子どもが怯えぬように」

 意外な提案に場が和み、何人かが笑みをこぼした。

 「いいな、それ。声を合わせれば心も強くなる」


※新参家族の役割


 青年は黙って聞いていたが、やがて口を開いた。

 「荷の重心を調整すれば揺れは抑えられる。……俺がやります」

 唐突な言葉に団員たちが驚いたが、イオスはじっと彼を見つめ、うなずいた。

 「頼む。お前の力は必要だ」

 女性はその横で料理の支度を申し出た。

 「渡橋の前にしっかり食べなければ力が出ません。私が食事を整えます」

 少女は少し緊張しながらも言った。

 「わたし……子どもたちに笛を吹いてあげる」

 その言葉に場が温まり、いくつもの視線が優しく注がれた。



 会議は昼過ぎまで続き、午後は資材の運搬や縄の補強、荷の仕分けに分かれて作業が始まった。

 谷に木槌の音が響き、縄を編む音が重なり、人々の声が交わる。

 それは緊張の中にも確かな連帯を刻む音だった。


 夕暮れ、作業を終えた人々は焚き火を囲み、明日に備えて静かに休息に入った。

 吊り橋はそこにあり、越えるべき試練は待ち受けている。

 だが今は、確かな準備と仲間への信頼が胸に宿っていた。


※第二難関突破の日


 夜明け。

 谷を渡る風は冷たく、吊り橋はまだ薄明の中で軋んでいた。

 誰もが言葉少なく、荷物の最終点検に取りかかっている。

 馬の鼻息さえも普段より荒く、張り詰めた空気が一行を覆っていた。


 「出発する」


 イオスの短い声で、全員が顔を上げた。

 昨日補強した縄が揺れ、橋板の隙間から谷底がのぞく。

 その光景に若い団員の一人が思わず足を止めた。

 「……こんな所を、本当に渡るのか」

 すぐ後ろの仲間が背中を押した。

 「怖いのは皆同じだ。だが一歩踏み出せば道は開ける」


※レイナの声


 列の中央で、レイナは振り返り団員たちを見渡した。

 「誰もひとりではありません。前の者を信じ、後ろの者に信じられて進みましょう。必ず全員で渡りきります」

 その声は震える心を押し支えるように静かに響いた。


※最初の渡橋


 先行した護衛と技術班が、補強縄を手に板を打ち込みながら渡っていく。

 橋は大きく揺れたが、彼らは冷静に支柱を確かめ、片端から補強していった。

 「よし、次だ!」

 合図とともに、一台目の軽い馬車が橋に踏み出す。

 馬が怯えて立ち止まるが、ユーリが手綱を握り、落ち着いた声で囁いた。

 「大丈夫だ……足元を見なくていい。ただ前に進め」

 その声に馬が鼻を鳴らし、再び歩みを始める。


 軋む音、風に揺れる橋。

 団員たちの喉が一斉に鳴った。

 やがて一台目が対岸に辿り着いた時、安堵の声があがった。



 二台目の渡橋に備え、青年は荷の重心を調整し続けていた。

 「この位置なら揺れは最小限だ……」

 彼の真剣な眼差しに、技術班の一人が感心して呟く。

 「お前、ただ者じゃないな」

 青年は答えず、ただ無言で馬車を押し出した。



 列の外では少女が小さな笛を吹いていた。

 かすかな音色が谷に響き、怯える子どもたちの顔に笑みが戻る。

 女性は彼女を抱き寄せ、笛に合わせて優しく歌を口ずさんだ。

 その声は列の後方に広がり、緊張に凍る心をわずかに温めた。



 三台目の馬車が橋の中央に差しかかった時、突然、板が裂けた。

 「割れた!」

 護衛が叫び、馬車が大きく傾く。

 青年が駆け寄り、肩で必死に車体を支える。

 「今だ、補強を!」

 技術班が木材を打ち込み、縄を締める。

 橋はきしみながらも再び安定を取り戻した。


 泥にまみれた青年の背を、団員の手が叩いた。

 「よくやった!」

 彼は荒い息を吐きつつ、ただ頷いた。



 日が高くなる頃、最後の馬車が渡り終えた。

 谷に響いたのは歓声と、安堵の吐息だった。

 誰も欠けることなく、吊り橋を越えたのだ。


 イオスは振り返り、橋を見下ろした。

 「……もう二度と通れまい。だが我らは越えた」

 その言葉に団員たちは胸を張り、互いの肩を叩き合った。


 レイナは列の最後に立ち、橋を見やりながら小さく呟いた。

 「皆で渡れた……それだけで十分」


 谷を吹き抜ける風が、一行の歓声を遠くへ運んでいった。

 第二の難関を越えた日――それは、団がより強くひとつにまとまった瞬間でもあった。


※回復休養の日


 谷を渡り切った翌朝。

 川辺の草地に張られた天幕からは、穏やかな笑い声が聞こえていた。

 昨日の緊張と恐怖を乗り越えた一行は、今日だけは進まず、休養に充てることにしていた。


※馬たちの休養


 馬たちは放たれた草地で草を食み、蹄を川の水に浸して涼んでいた。

 「昨日はよく耐えてくれたな」

 団員が馬の首筋を撫でると、馬は鼻を鳴らして応えた。

 その仕草に周囲から笑いが起こり、空気は一層和らいだ。


※子どもたちの遊び


 子どもたちは草原を駆け回り、木の枝を振って騎士ごっこをしていた。

 「俺が馬車を守るぞ!」

 「じゃあ私は団長役!」

 歓声に混じって、新参の少女も楽しそうに輪に加わった。

 「わたしは笛を吹く役!」

 彼女の笛の音に子どもたちが駆け寄り、笑い声が谷に響き渡った。


 女性はその様子を見守りながら、隣の団員に微笑んだ。

 「この子があんなに笑うなんて……本当に、ここへ来てよかった」


※青年の安堵


 青年は焚き火のそばで体を拭いながら、昨日の泥だらけの服を干していた。

 「昨日は肝を冷やしたが……よく踏ん張ったな」

 声を掛けた護衛に、彼は肩をすくめて答えた。

 「怖くて足がすくみましたよ。でも……守るものがあったから、動けたんです」

 その言葉に護衛は目を細め、静かに頷いた。


※団員たちの語らい


 別の焚き火の輪では、楽器を持った団員が柔らかい調べを奏でていた。

 「昨日の橋を渡る時、この音があれば良かったな」

 誰かが冗談を言い、輪の中に笑いが広がる。

 「次の難関では頼むぞ」

 「まかせろ、音で橋を固めてやる」

 軽口が飛び交い、笑い声が絶えなかった。


 また別の輪では、老いた団員が子どもたちに昨日の話を語っていた。

 「昔もな、似たような橋を渡ったことがあるんだ」

 子どもたちは目を丸くし、「本当に?」と身を乗り出した。

 「本当さ。だがな、怖い思いをした後の飯ほど旨いものはない」

 その言葉に、周りの大人たちも大笑いした。


※レイナとイオス


 夕暮れ、焚き火の炎を見ながら、レイナは静かに呟いた。

 「誰も欠けずに渡れた……それが何より嬉しいわ」

 イオスは黙って頷き、川辺の方を見やった。

 「道はまだ続く。だが今日だけは休め。あなたが休まねば、皆も休めない」

 その言葉にレイナは少し微笑み、炎を見つめながら肩の力を抜いた。



 星が瞬く頃、野営地には穏やかな歌声と笑い声が漂っていた。

 谷を渡る恐怖はもう遠く、今はただ、仲間と共にある安らぎが胸を満たしていた。

 それぞれの心が癒され、団は次の道に備える力を取り戻していくのだった。


※草原を抜ける


 吊り橋を越えて、道は谷を離れ、緩やかな草原へと広がっていった。

 昨日までの岩場の影は消え、青い空の下に、風に揺れる緑の海が果てしなく続いている。


 「わあ……!」

 馬車の窓から顔を出した子どもが、思わず声をあげた。

 小さな手が指さす先には、黄色い花が群れ咲き、蝶が舞っている。

 草原を渡る風は甘い匂いを運び、緊張に固まっていた胸をほどいていった。


※子どもたちの笑い声


 子どもたちは次々と馬車から飛び降り、草むらを駆け回った。

 「待て、転ぶぞ!」

 大人が声を掛けると、かえって子どもたちは笑いながら遠くへ走っていく。

 昨日までの「怯えた顔」はどこにもなく、跳ねる声は小鳥のさえずりに混ざって野に響いた。


 新参の少女も誘われて、ぎこちなく駆け出した。

 最初は立ち止まって振り返っていたが、やがて笑い声に混じり、草を分けて走り始める。

 女性は少し後ろからその背中を見守り、ふと目頭を押さえた。

 「……この子の笑顔を、また見られるなんて」


 馬車の横を歩く青年は、荷を支えながら遠くの空を見上げていた。

 澄み切った青が広がり、雲が羊の群れのように流れている。

 「……空は、いいな」

 その呟きは誰に聞かせるでもなく、風に溶けて消えた。

 だがその横顔は、どこか遠い記憶を探すような色を帯びていた。



 草原の中で野営のための休憩を取ると、焚き火を囲む輪があちこちに広がった。

 「こんなに広い野で眠れるなんて、贅沢だな」

 「草の匂いが布団みたいだ」

 冗談交じりの声に、あちこちから笑いが起こる。


 護衛たちは剣を脇に置き、草に寝転んで空を見上げていた。

 「雲が船に見えるな」

 「俺は魚に見える」

 「お前のはただの腹減りだろう!」

 くだらない言い合いが続き、笑い声が草原に溶けた。



 草を渡る風の中、レイナとイオスは馬車の列を見守っていた。

 「皆の顔がやっと晴れたわね」

 レイナの声は柔らかく、安堵を含んでいた。

 イオスは頷き、遠くの丘を指差した。

 「あの先に進めば、また険しい道に戻るだろう。だが……今は休む時だ」

 彼の言葉は短かったが、静かな温もりがあった。

 レイナはその横顔を見て、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。



 夜になると、野営地の焚き火の上に、満天の星が広がった。

 「橋を越えたご褒美だな」

 誰かがそう言い、皆が空を仰ぐ。

 子どもたちは草の上に寝転び、星を指差して名前をつけて遊んだ。

 少女もその中に混じり、星を見ながら笑顔を浮かべていた。


 青年は少し離れた場所で星空を見上げ、拳を握った。

 (俺は……何を守るために、この空を見ているんだろう)

 その問いはまだ答えを持たなかった。だが、彼の胸の中で小さな火が灯っていた。


 こうして草原の一日は、笑いと安堵に満ちて過ぎていった。

 緊張を解き放った団員たちの顔には、新たな旅の力が確かに宿っていた。



 午後の日差しを浴びながら、馬車の列は谷間の小道を進んでいた。

 岩肌が切り立つ道は狭く、空を仰げば雲が近い。

 緊張を含んだ足取りが続く中、最初に変化を感じたのは馬だった。


 「ん?」

 護衛の一人が鼻をひくつかせた。馬も落ち着きなく首を振っている。

 やがて列の中から声が上がった。

 「……匂わないか? 硫黄のような」


 確かに、風に乗って漂う独特の匂いがあった。

 鼻を突くはずのその匂いが、むしろ懐かしいもののように人々の心を揺らす。


 「温泉の匂いだ……!」

 誰かが叫ぶと、途端に列のあちこちでざわめきが広がった。

 「本当に? あの硫黄の?」

 「前に湯治場で嗅いだことがある!」

 「じゃあ、この先に温泉が……?」


 イオスは険しい表情を崩さなかった。

 「油断するな。匂いがするということは、この先に温泉が湧き出している。だが同時に――地盤が不安定という証でもある」

 その声に団員たちははっとして沈黙した。

 温泉の甘い匂いが心を弛ませながら、同時に“ここが難所である”ことを思い出させる。


 しかし子どもたちにとっては、危険よりも期待の方が勝っていた。

 「ねえ、本当に温泉があるの? 入れる?」

 「身体がぽかぽかするやつだろ!」

 はしゃぐ声に大人たちは苦笑しながらも、どこか救われる思いがした。

 少女も目を輝かせ、母代わりの女性に抱きついた。

 「おかあさん……温泉に入りたい」

 女性は少し戸惑い、それでも頷いた。

 「ええ……もし安全が確かめられたらね」



 夕刻、団は谷間の開けた場所に野営地を築いた。

 草の上に天幕が張られ、焚き火が灯る。

 風は相変わらず硫黄の匂いを運び、火にかけた鍋の匂いと混ざり合う。

 「何だか不思議な匂いだな」

 「でも……嫌じゃない。むしろ落ち着く」

 団員たちはそう語り合い、張り詰めた気持ちを和らげていった。



 焚き火の前で、レイナは匂いの漂う夜気を吸い込んだ。

 「本当に温泉があるのかもしれないわね」

 イオスは頷きつつ、視線を谷の奥に向ける。

 「あるだろう。しかし、それは同時に……ここが第三の難所だという証拠だ」

 レイナはその言葉に頷きながらも、匂いに安堵している人々の笑顔を見回した。

 「でも、この笑顔は大切ね。束の間でも、気持ちを軽くするものだから」

 イオスの横顔に、わずかに柔らかな笑みが浮かんだ。


 夜空には星が瞬き、谷に反響する湯気のような匂いが漂っていた。

 子どもたちは笛を吹き、歌を口ずさみ、大人たちはその輪を見守った。

 明日以降に待つ危険を知りながらも、この夜だけは心がほどけていた。


 温泉の匂いがもたらした安らぎは、難所を前にした一行の心に、確かな灯をともしていた。


仲間たちの声、焚き火を囲む輪、子どもたちの笑い。

旅路は過酷であっても、そのひとときごとの交流が団を支え、絆を深めていきます。

温泉の匂いは、第三の難関を告げる一方で、心を解きほぐす慰めにもなりました。

次に待つのは偵察の日。

危うさの中で、移動団はさらに歩みを重ねていきます。


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