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042. 港町ノヴォミ~高台スモトロ (3)

川沿いを離れ、丘を越え、そして谷にかかる古びた吊り橋を前に足を止める移動団。

平穏な道のりの中で、子どもたちの笑い声や団員たちの語らいが、緊張をほぐし、確かな絆を育てていきます。

やがて偵察が行われ、脆い橋の現実が突きつけられました。

安らぎの裏側で、一行は次の試練に備える心を固めつつあったのです。


※川沿いの平常走行


 朝霧を割るようにして、馬車の列は川沿いの道へと進み出した。

 谷を抜けた水流は澄んでおり、朝日を浴びて銀の帯のように輝いている。

 馬たちは昨夜の休養で体力を取り戻し、蹄音は軽やかだった。


 「水の匂いが気持ちいいな」

 護衛の一人が深呼吸をして、川風を胸に吸い込む。

 「昨日の崖道とは大違いだ」

 隣の仲間が笑い、馬車の列にも少しずつ柔らかい空気が流れ始めた。


※子どもたちの声


 川の浅瀬で魚影が走るのを見つけた子どもたちが、歓声を上げた。

 「見て! あそこ、跳ねた!」

 「捕まえられるかな?」

 護衛のひとりが冗談半分に靴を脱ぎ、水へ足を突っ込むと、子どもたちが笑い転げた。

 それを見た新参の少女も思わず駆け寄り、他の子らに混ざった。

 昨日まで遠慮がちだった笑顔が、川面のきらめきに弾けて広がる。


 岸辺でそれを見守る女性は、胸を撫で下ろした。

 「この子も、もう一人じゃない……」

 呟く声は川のせせらぎに消えたが、その目には確かな安堵があった。


※青年の一幕


 荷物を積んだ馬車がぬかるみにはまり、動かなくなった。

 「押してくれ!」

 声がかかると、青年がすぐに駆けつけ、肩を入れて力任せに押し上げた。

 泥が跳ね、背中を濡らしても構わない。

 「助かった!」

 護衛が声を上げると、青年は息を切らしながらも笑った。

 「俺の役目は、これくらいしかないからな」

 だが、その姿を見た団員たちの目は、彼をただの「流れ者」ではなく、頼れる仲間として映し始めていた。


※女性たちの輪


 昼の休憩、川辺に幕が張られ、女性たちが料理の支度を始めた。

 煮込みの鍋から立ちのぼる香りに、人々が集まる。

 「あなたの作る味、どこか懐かしいわ」

 隣の女性にそう言われ、新参の女性は恥ずかしそうに笑った。

 「港町にいた時、居場所を作れなかった。でも……料理だけは、人をつなげるんですね」

 その言葉に周囲が頷く。

 味や香りを囲む輪は、言葉よりも早く人を受け入れていた。


※レイナとイオス


 午後、川沿いの道を歩きながら、レイナとイオスは並んで行程を確かめていた。

 「今日は順調ね。馬たちも元気だわ」

 「川沿いは比較的歩きやすい。だが油断は禁物だ」

 そう言いながらも、イオスの表情はどこか柔らかかった。

 「昨日の崖を越えたとき……あなたが皆に声を掛けたから、列が乱れずに済んだ」

 レイナは少し驚いた顔をした。

 「イオスが冷静に支えてくれたからよ」

 互いに素直に褒め合うことは珍しい。

 それでも二人の間には、言葉以上の信頼が育ちつつあった。


※名もなき団員たちの語らい


 夕暮れ近く、馬車を止めて野営の準備を始めるころ、あちこちから語らいが聞こえた。

 「昨日の橋よりマシだな」

 「いや、次はもっと難しいって聞いたぞ」

 「でも団長や副団長がいれば大丈夫だ」

 小さな笑いや冗談が、野営地のあちこちに灯る焚き火と共に広がっていった。


※夜の星空


 夜、川辺の草地に寝転がった子どもたちが、星を数えていた。

 「いくつあるかな?」

 「数えきれないよ!」

 その輪に新参の少女も混ざり、指差す先を一緒に数えた。

 彼女の笑顔は、かつて港町で見せることのなかったものだった。


 焚き火の影で青年は空を見上げ、ぽつりと呟いた。

 「……空に、何かがいる気がする」

 意味深な言葉に隣の団員が首を傾げたが、青年はそれ以上語らなかった。

 それは本人にすら説明できない感覚――伏線のように心の奥に刻まれていた。


※丘越えの平常走行


 川沿いを離れ、道は丘陵へと続いていた。

 緩やかな斜面を馬車が進むと、川音は遠のき、かわりに鳥の声が谷間に響き渡る。

 馬たちは鼻を鳴らし、丘を渡る風にたてがみを揺らした。

 昨日までの水辺の匂いとは違い、乾いた土と青草の香りが旅人の心を軽くする。


 こうして川沿いの一日は、笑いと語らいに彩られて過ぎていった。

 平穏な時間の裏で、それぞれが小さな絆を結び、やがて訪れる次の難関に備えて力を蓄えていた。


※子どもたちの声と笑い


 丘の上へと差しかかると、子どもたちが一斉に歓声を上げた。

 「見て! すごく遠くまで見える!」

 「川が小さく見えるよ!」

 小さな手が指し示す先には、蛇行する川と、遠く霞む森が広がっていた。

 新参の少女もその中に混じり、目を輝かせていた。

 昨日までの控えめな様子は薄れ、今は友だちと肩を並べて景色を指差している。

 女性は少し離れた場所からその姿を見つめ、静かに息をついた。

 「……よかった。この子が笑っていられる」


※青年の一幕


 坂道で馬車がもたついた時、青年はまた力仕事に駆けつけた。

 「押すぞ、せーの!」

 掛け声と共に、背筋を軋ませながら車輪を押し上げる。

 その力強さに護衛の一人が声をあげた。

 「まるで鍛冶屋の槌みたいだな!」

 笑い混じりの言葉に、青年は照れ隠しのように肩をすくめた。

 「俺は槌なんかより不器用だよ。でも……役に立てるなら、それでいい」

 その言葉は何気ないものだったが、近くで聞いていた団員の胸に残った。


※団員たちの語らい


 丘を越える道中、馬車の列のあちこちで小さな輪が生まれていた。

 前を歩く護衛たちは、昨日の魚の話で盛り上がり、笑いながら「次は必ず捕まえてやる」と誓い合っていた。

 後方では荷を担ぐ若者が「もっと軽く運ぶ工夫をしよう」と語り、仲間と新しい結び方を試していた。

 女性たちは歩きながら料理の工夫を話し合い、道端の野草を摘んで「これならスープに合う」と籠に入れていく。

 どれも小さなやりとりだが、その積み重ねが団を確かなひとつの集団へとまとめていた。


※レイナとイオス


 丘を登り切った時、レイナとイオスは足を止めて景色を見下ろした。

 「こうして見ると……ずいぶん遠くまで来たのね」

 レイナがつぶやくと、イオスは頷いた。

 「だが、まだ始まりにすぎない。次の谷には難しい橋がある。今日の景色は、その前のひとときだ」

 イオスの言葉は現実的だったが、その横顔にはどこか安堵の色もあった。

 レイナはその表情を見て、静かに微笑む。

 「こうして団を見守るあなたがいるから……私は進めるのだと思います」

 イオスは答えなかった。ただ一瞬、視線を川の方から彼女へと移した。


※夜の野営


 丘を下りた場所で野営が始まった。

 夕暮れの光に照らされ、団員たちは荷を降ろし、焚き火を囲む。

 子どもたちは丘で拾った小石を並べて遊び、青年は荷物を整理して力仕事を担い、女性は料理に加わって笑顔を見せていた。

 焚き火の輪の外では、老いた団員が若者に昔の旅の話を語り聞かせている。

 「若い頃はな、もっと狭い道を命がけで通ったもんだ」

 誇張混じりの話に若者が目を丸くし、輪の中に笑いが広がる。


 夜空には昨日より多くの星が瞬き、川沿いよりも高い丘から見上げる空は一層澄んでいた。

 その光を仰ぎながら、人々は明日へ向けて静かに休息を取った。


※第二難関手前での休養


 午前の丘を下り、川を渡った先に、開けた草地が広がっていた。

 風は涼しく、谷の奥からは滝の音がかすかに届く。

 「ここで一泊だ」

 イオスが判断を下すと、馬車の列は一斉に止まり、野営の準備が始まった。


 谷の奥に吊り橋の影が見えた。

 古びた板と揺れる縄が遠目にも頼りなく映り、団員たちは思わず息を呑んだ。

 だがそれは明日の課題。

 今日は休養の日だった。


※焚き火の輪と語らい


 焚き火を囲む輪がいくつもでき、あちこちで話し声が広がった。

 「明日は橋か……落ちるなよ」

 「縁起でもない!」

 笑い交じりのやり取りに、張り詰めていた空気が和らぐ。


 別の輪では若い団員が小枝を削り、子どもたちに笛を作っていた。

 「吹いてごらん」

 少女が恐る恐る息を吹き込むと、か細い音が谷に響き、子どもたちは手を叩いて喜んだ。

 「いい音だな。明日もこの音で励ましてくれよ」

 そう言うと少女は照れながらもう一度笛を吹いた。


※新参家族の一幕


 新参の女性は他の女性たちと共に鍋をかき混ぜていた。

 「野草を入れると香りが変わるのね」

 「そうだ、川沿いの葉っぱも刻んで入れてみろ」

 先輩の助言に従い、鍋から立つ香りが一層豊かになる。

 周りから「いい匂いだ」と声が上がり、女性は小さな誇らしさを感じた。


 青年は補強用の木材を担ぎながら、護衛たちに混ざって作業を手伝っていた。

 「お前、本当に力があるな。どこの出身だ?」

 問いかけに、青年は一瞬ためらい、そして苦笑した。

 「港町から……でも、本当の名はもう使いたくない」

 護衛は頷き、それ以上は聞かなかった。

 沈黙の中に、互いの理解があった。


 夜、少女は女性の膝に寄りかかり、星空を見上げた。

 「ねえ、橋を渡るんでしょう?」

 「そうね。でも大丈夫。みんながいるから」

 少女は小さく頷き、眠たげに目を閉じた。


※名もなき団員の交流


 焚き火の輪のひとつでは、老いた団員が昔話を語っていた。

 「若い頃な、似たような橋を渡ったことがある。板が割れて、片足がぶら下がったんだ」

 聞いていた若者たちが青ざめる。

 「でもな、仲間が手を伸ばして引き上げてくれた。だから生きてる」

 老いた声は力強く、輪の中に温かさを残した。


 別の輪では楽器を持つ者が弦を弾き、緩やかな調べが流れていた。

 疲れを癒す旋律に、団員たちが口ずさみを合わせる。

 その歌声は谷にこだまし、橋を越える前の静かな夜を彩った。


※レイナとイオス


 野営の最後に、レイナとイオスは共に吊り橋の影を見やった。

 「頼りない橋ね……。本当に渡れるのかしら」

 レイナの声にはわずかな不安が混じっていた。

 イオスはしばらく黙って橋を見つめ、やがて低く答える。

 「渡るしかない。だが俺たちならできる。……あなたが人をまとめ、俺が道を見極める」

 その言葉にレイナは静かに微笑んだ。

 「ええ。共に進みましょう」



 夜空には星々が瞬き、谷を渡る風が焚き火を揺らした。

 休養の一日が終わり、団員たちはそれぞれの輪で眠りに就いた。

 吊り橋を渡る――その試練を前に、安らぎの夜は静かに更けていった。


※偵察の日


 朝の霧が晴れると、谷をまたぐ吊り橋が全貌を現した。

 長く伸びた縄は古びて黒ずみ、板はところどころ欠けている。

 風が吹くたびに揺れ、木霊のような軋む音が谷に響いた。

 その光景を見た団員たちは、思わず息を呑んだ。


 「……よく今まで残っていたものだな」

 護衛の一人が低くつぶやく。

 イオスは無言で橋の根元に近づき、手で縄を確かめた。

 粗い繊維はほつれているが、まだ芯は生きていた。

 「補強すれば持つだろう。ただし、一度に渡れるのは限られる」

 冷静な言葉に団員たちは頷いたが、顔は硬いままだった。


※偵察班の動き


 護衛二人が命綱を巻き、慎重に橋へと踏み出した。

 板がぎしりと鳴り、谷底からの風が吹き上げて体を揺らす。

 「足元に注意!」

 見守る仲間が叫び、橋を渡る二人の背中に視線が集まった。

 下を覗き込んだ若い団員は思わず顔を青ざめさせる。

 「……あんな高さ、冗談じゃない」

 隣の年配の団員が肩を叩いた。

 「恐れるのは当然だ。だが、恐れても足を止めるな。俺たちの荷と仲間を渡すには、この橋しかない」


 やがて二人は対岸に辿り着き、手を振った。

 「板は三か所欠けてる! 縄の緩みも二本!」

 声が谷を渡り、こちら側に届く。

 イオスが地図に印をつけ、技術班が資材の量を計算した。


※団員の交流


 橋を見守る輪の中では、それぞれの不安と決意が交錯していた。

 「俺、高い所は苦手だ……」

 顔を青ざめさせる若者に、隣の仲間が笑って肩を組む。

 「大丈夫だ、目をつぶって渡れば一瞬だ」

 「お前に限って先に落ちるんじゃないだろうな」

 冗談混じりのやり取りに、周囲から小さな笑いが生まれ、緊張が和らぐ。


 女性陣は料理の手を止めて橋を見つめていた。

 「渡る時は子どもをどうするの?」

 「抱えて渡るしかないわね……」

 「でも、もし足を滑らせたら」

 言葉が途切れると、皆が無言で祈るように橋を見つめた。


※新参家族の一幕


 新参の青年は橋を凝視していた。

 「板の並びが不規則だ。……力を分散させなければ危ない」

 思わず漏らした言葉に、近くの団員が怪訝そうに振り返る。

 「分散? どういう意味だ」

 「……いや、ただの感覚だ」

 青年は慌てて口を濁したが、その視線は真剣で、橋の揺れを見逃さなかった。


 女性は少女を抱き寄せ、不安げに囁いた。

 「大丈夫よ。みんなで守るから」

 少女は小さく頷き、震える声で答えた。

 「……みんなでなら、渡れる」


※レイナの声


 日が傾き始め、偵察が終わると、レイナが団員を集めた。

 「橋は確かに脆いわ。でも、道はこの先にしかない。明日は今日の報告をもとに、皆で会議を開き、準備を整えましょう。……その先にある渡橋のために」

 その言葉に、団員たちの顔に静かな決意が宿った。


川辺の安らぎ、丘の見晴らし、谷に響く笑い声。

名もなき人々の声と交流が、移動団という大きな輪を形作っていきました。

しかし目の前には、崩れかけた吊り橋という難関が待ち構えています。

それでも、会議と準備を経て、誰ひとり欠けることなく渡るために、団はひとつになろうとしていました。

次の一歩が、旅路の新たな節目となるでしょう。


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