002. 生まれ変わった日、神様が隣にいた!
師団規模のギルドを率いて挑んだ、最終決戦。
その勝利のあとに待っていたのは、まさかの“終わり”――そして“始まり”だった。
信じて戦った仲間たち、そしてゲームの向こうにあった真実。
これは、“あの瞬間”の続きから始まる、新しい物語の第一歩。
勝利の余韻に包まれながら、俺はそっと背もたれに体を預けた。
深く息をついて、まぶたを閉じる。
体中に、心地よい疲れが広がっていく。
半年以上続けてきた戦術研究と部隊調整、ようやく終わったんだな……と、そんなふうに思っていた。
……が。
(……ん?)
胸の奥が、ズクン、と音を立てた。
一瞬、息が止まる。
(今の、なに……?)
もう一度、ズキン――今度は鋭く、重い痛みが胸を突き上げた。
思わず身体を起こそうとして、息が詰まった。
(……おかしい。苦しい)
背中を冷や汗が流れていく。
鼓動が速すぎる。手が、震えている。
画面が、にじんで見える。
「……しのぶ? 聞こえるか? さっきからマイク、無音なんだけど」
「返事してくれ。ちょっと、忍隊長?」
「え、なに? なんか変じゃない? しのぶ、しゃべって!」
耳元で、仲間の声が交錯する。
けれど、その声さえ、もうはっきりとは聞こえなかった。
(まずい……この感覚、やばい)
視界が歪む。片耳が聞こえにくくなってきた。
呼吸が、浅くなる。
肺が、空気をうまく取り込めない。
「誰か、しのぶの連絡先知らないのか!?」
「リアルの住所、メモってた人いない!?」
「いやだ、ちょっと待って、やめて……忍、返事してよ!」
「しのぶー! おいっ、返事しろっ!」
仲間たちの声が、重く、遠く、かすれていく。
耳鳴りが、鼓膜を叩く。頭の中が、どんどん静かになっていく。
(ダメだ、動かない……)
手も、足も、口も。
もう何も動かせない。
ただ、心臓の鼓動だけが、耳の奥で暴れていた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドク――
――シン。
その瞬間、世界から、音が消えた。
真っ白な光の中で、俺の意識は、ゆっくりと、沈んでいった。
(……これで、終わりか)
でも、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、静かな満足感と、ほんの少しの未練だけが残った。
――楽しかったな。
みんなと、戦えて。笑いあえて。
師団長として、最後まで“やり切った”ことを、俺は、たぶん誇っていた。
(……ありがとう)
そう思った最後の瞬間。
光の中に、誰かの声が、響いた。
「――しのぶ。もう一度、生きろ」
それは、優しくて、どこか懐かしい声だった。
※※※
どこまでも白い光の中、俺の意識は漂っていた。
時間の感覚はない。ただ、静かだった。
耳鳴りも、苦しさもない。
……まるで、何もかもがリセットされたような、真っさらな空間だった。
(ここは……どこだ)
声にならない問いすら、空気に吸い込まれて消える。
けれど、次の瞬間――
遠くから、何かが聴こえてきた。
ぴちゃ、ぴちゃ……水の音。
ざわざわと、木の葉が揺れるような音。
そして、どこか遠くで響く、女の人の叫び声。
「……んん、う……っ!」
身体に、急激な圧迫感。
そして――押し出されるような感覚。
目を開けようとしても、瞼が重い。
肺に空気が入る。それだけで、刺激が強すぎて、苦しい。
(うわっ……!? なんだこれ……)
――泣いていた。
いや、泣かされていた。
自分の意思とは関係なく、口が開いて、甲高い声が漏れていく。
「おぎゃあ!」なんてベタな泣き声じゃない。もっと、本能的な悲鳴だ。
それでも、誰かが抱き上げてくれた。
温かい腕。優しいぬくもり。聞き覚えのある、落ち着いた声。
「よし……生きてる。ちゃんと、息してる……!」
ぼやけた視界の中で、何人かの人影が動いていた。
部屋は薄暗くて、壁は土。天井は木材が組まれ、隙間から光が漏れていた。
焚き火のにおい。獣の毛皮。薬草の香り。
すべてが、前の世界とは違っていた。
そして、その中に――ひときわ、はっきりとした“存在”があった。
「あ、起きた?」
顔を覗き込んできたのは、まぎれもない。
「……カグヤ……?」
声にはならなかったけど、心で呼んだ瞬間に、彼女が笑った。
「うん、正解。よく覚えてたね。さすが師団長」
彼女の手が、そっと俺の頬に触れる。
そのぬくもりに、不思議な懐かしさが広がった。
「おめでとう、忍。君は、また生まれたよ」
※※※
「驚いた?」
赤子の体でうまく動けない俺の意識に、カグヤの声が、まるで心の中から直接響いた。
(……ああ、まあ、さすがに、ね)
喋れない。動けない。けれど、なぜか“考え”だけは明瞭だった。
(そりゃ驚くさ。だって、お前……)
「うん。私は“神様”だよ。この世界を管理してる存在。あなたたちとゲームをしてた時から、ずっと」
(なんでそんな奴が、ゲームやってたんだよ……)
「楽しかったからに決まってるでしょ? 人間の文化って本当に面白いの。
戦略とかチームワークとか、“勝つこと以上に楽しむ姿勢”とか。すごく刺激的だった」
そう言って、彼女は微笑む。
まるで昔と変わらない、“ちょっと不思議で自由人”なカグヤのままだった。
(でも……それで俺、死んだのか)
「うん。ぽっくりと。でも、ね」
彼女は一歩、俺の寝ている“ゆりかご”に近づいた。
「あなたの死が、ただの終わりで終わるなんて、もったいないと思った」
(……なにを勝手な)
「勝手だよ。でも、忍はずっと“みんなの中心”だった。指揮官とかリーダーって肩書じゃなくて、みんなの“軸”だったんだよ」
その言葉に、少しだけ心がざわついた。
(そんなふうに思ってたのか、お前)
「私だけじゃない。ゲームで一緒だった仲間たち――あの200人以上の全員が、きっと、そう思ってる」
カグヤは、少しだけ表情を和らげた。
「だから、みんな一緒に連れてきちゃった」
(……は?)
「あなたたち、全員。この世界に“転生”させたの」
(待て待て待て。それ、どういう……)
「ちゃんと説明するから落ち着いて」
カグヤは、笑いながら言葉を続けた。
「ここは、私が担当している“下級世界”。ゲームの舞台になった異世界を、ほぼ再現してある。でもこれは現実。命があって、死があって、文化があって、人の営みがある」
(ゲームと似てるけど……違う、ってことか)
「うん。あのゲームは、私がこの世界をモデルにして作らせたの」
(……それ、もはやチートじゃん)
「バレた? まあね。でも、ただ見てるだけじゃつまらなかったから、自分も混ざってプレイしてみたの」
(ゲームの中で“神”が混ざってるとか、普通に卑怯だろ)
「でも、楽しかったでしょ?」
(……まあ、な)
「あの時間が、ただの仮想現実で終わるなんて、寂しかったから。
だから私は、君たちが持っていた“知識”と“経験”をベースに、チート能力を設定したの。
この世界で、君たちの力がちゃんと意味を持つように」
(チートって……何ができるようになってるんだ、俺たち)
「“創造魔法”っていう概念を付与してるよ。思考と理論に基づいて、武器や装備、構造物を具現化できる。
もちろん制限はあるけど、君たちのように多分野の知識を持つ人たちには、きっと相性がいい」
(まるで、ゲームの世界がリアルになったみたいだな)
「でも、これはゲームじゃない。リセットも、リスポーンもない。
本物の命、本物の人生。それでも、もう一度“指揮官”として生きてくれる?」
彼女の声に、返す言葉はなかった。
でも――心は、もう決まっていた。
(……もう一度、やってみるか)
静かに、そう思った。
※※※
目の前のカグヤは、神様らしい威厳もなければ、派手な奇跡も使ってこない。
けれど、あの頃と同じように、俺のそばで笑っている。
それが、なによりありがたかった。
(……俺だけじゃなくて、みんなも、こっちに来てるんだよな)
「うん。今はまだ、バラバラの場所にいるけど、そのうち再会できると思う。
だって、この世界、そんなに広くないから」
(お前の“調整”次第だろ、それ)
「ふふっ、まあね。でもね、私、あくまで管理者だから。基本的に“手出し”はしないよ」
(……信じるしかないか)
正直、怖くなかったと言えば嘘になる。
この体はまだ小さくて、自分の力じゃ何もできない。
前世の知識や経験があるとはいえ、それを活かせるようになるには、まだ時間がかかる。
でも――
(やってやろうじゃないか)
もう一度、最初から。
今度は、“生きる”という現実のフィールドで。
仲間たちと再び出会って、またあの“ポリクロマ”を再建して。
今度は、国でも都市でも、好きな拠点を作ってやる。
……あいつらなら、絶対同じことを考えてるに決まってる。
「その気になってくれて、嬉しいよ」
(聞こえてたのか)
「そりゃもう。師団長の心の声、聞き逃すわけにいかないでしょ?」
まったく……相変わらず、都合のいい神様だ。
でも、悪くない。
(名前は、“忍”のままで行く。今さら変える気はない)
「うん。それが、あなたでしょ」
カグヤの声が、あたたかく響く。
その時、部屋の外から誰かがドアを開ける音がして、赤子の俺はすぐに視線を向けた。
まるで、自分の物語が――始まりの第一歩を踏み出した瞬間のようだった。
(よし……始めるか)
ここには、セーブも、リセットもない。
でも、仲間がいる。信頼もある。そして、神様もいる(ちょっと調子に乗ってるけど)。
だったら、何度でも始めよう。
この異世界で――“本気で、生きてやる”。
最後までお読みいただきありがとうございます!
本話では、しのぶが命を落とし、異世界で再び生まれ直すところまでを描きました。
神様だったゲーム仲間・カグヤとの再会、そして“もう一度生きる”という決意――
本作のスタートラインがようやく立ち上がりました。
次回からは、“異世界での現実”がじわじわと姿を現していきます。
忍と母との日々、そして“もう一つの家族”との関係も、物語を大きく動かしていくことに……。
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