001. プロローグ
「あのゲーム、神様まで混じってたってマジ?」
「全職業オールスターで異世界転生って、反則でしょ……」
警官に医師、学生に議員、果ては神様――
そんな多種多様な仲間と、創造魔法ありの異世界で“本気の遊び”が始まる!
セーブもリセットも効かない、“リアル”な異世界での物語。
ヘッドセット越しに響く仲間の声。
指先の操作ひとつで、数百人規模の部隊が動く。
画面の中では、戦車と飛行艇、魔法騎士団が入り乱れながら、空中に浮かぶ要塞に迫っていた。
俺の名前は“しのぶ”。
この戦略型MMO《FINAL OVERFIELD》では、ギルド〈ポリクロマ〉の指揮官――つまり“師団長”をやっている。
戦場は、科学と魔法が入り混じる世界。
魔導エンジンで飛ぶ可変戦闘機、現代式の装甲車、果ては魔素核で動く宇宙艦艇まで――何でもアリだ。
ただし、見た目は自由でも、すべての装備や兵装は“構造理論”と“創造計算”という二つの要素によって制限されている。
つまり、リアルでの知識や思考がなければ、強い兵器も作れないし、使いこなすこともできない。
それが、このゲーム最大の特徴であり、俺たち〈ポリクロマ〉の強みでもあった。
「巡航砲塔、斜角16度で準備完了!」
「次のタイミングで『幻影煙幕』も使えるよ、指示くれ!」
「後衛支援班、エンジニアが欠けてる。再配置どうする?」
スピーカーからは次々と連携要請が飛び交う。
部隊内で使われている用語や戦術は、軍隊のそれに近いが、どれもプレイヤーたちの実生活に基づいた発想で成り立っている。
というのも、俺たちのギルドには、とにかく色んな人間が揃っていた。
たとえば、リアルで現役の警察官。
判断の速さと指揮統制の冷静さは、まさに現場のプロだった。
医師のメンバーは、ダメージ解析と回復支援において右に出る者はいない。
損耗計算や味方の再配置タイミングも的確で、いわば戦場のブレインだ。
大学でAIを研究している学生は、状況予測のアルゴリズムを自作してきて、味方全体の行動パターンを分析してくれていた。
さらには、航空会社勤務の元整備士、税理士、保険外交員、漁師、政治家秘書、保育士……
正直、ギルドチャットを初めて見たときはカオスすぎて目が回った。
でも、彼らは全員「知っていること」を最大限に使ってこの戦場を攻略していた。
たとえば、整備士が設計した“稼働率重視型の多脚砲台”は、予備パーツの交換を前提にした耐久構造で、戦闘中の回復効率が異常だった。
政治家秘書が立案した“疑似外交戦術”は、他ギルドとの名声値を操作し、敵対行動を取られないようにする画期的な策だった。
そんな変人……いや、多才な仲間たちが、200人以上も集まったギルド。
それが〈ポリクロマ〉。
俺は、そんな連中をまとめる立場にいた。
たぶん、「なんで指揮役なんてやってんの?」と思う人もいるかもしれない。
でも、実際のところ、俺は単に「忍者が好き」だっただけだ。
隠れて動き、仲間と連携し、必要とあらば一撃で決める。
そのスタイルに憧れて、ゲーム内でも“隠密特化型の戦術構築”をひたすら追求していた。
そして、そんな俺を「指揮官向き」と言ってくれたのは、仲間たちの方だった。
「忍って、全体を見て状況判断できるのに、前に出たがらないとこ、すごく信頼できるわ」
「空気読む力が異常。あれが“師団長”ってやつの資質なんじゃない?」
照れくさくて否定できなかったけど、でも悪い気はしなかった。
そんな仲間たちと一緒に、いま俺たちは、半年以上かけて計画した“最終決戦”の真っ只中にいる。
敵は、超巨大魔導要塞。
上級ギルドが結託して攻略しても崩せなかった最強拠点だ。
だけど俺たちは、いま確かに、そいつを追い詰めている。
(さあ、終わらせようか)
全軍、戦闘配備。指令座標、発信――!
※※※
「敵魔導要塞、バリア残り8%!」
「コアの波動が不安定化してます! 今のうちに圧力かければ、魔導炉が暴走するかも!」
「空戦部隊、再展開完了! 照準、合わせます!」
戦場はまさに最終局面だった。
画面の中では、巨大な魔導要塞が、空に浮かびながら斜めに傾き、右舷側から白煙を噴き出している。
その周囲を、可変式の飛行魔導機や重装甲砲台が旋回し、雷のような砲撃を浴びせていた。
「支援班、ブレイカーとクラッシャーを左翼に寄せろ。砲台の連動、切れてない!」
「オッケー、忍隊長! バフを重ねて、誘導ミサイルも流す!」
「ステルス部隊、展開開始。幻影陣張ります!」
各部隊のリーダーたちが、俺の指示に合わせて即座に動く。
指示の一秒後には、画面上で隊列が変わり、射線が通り、エフェクトが連鎖する。
それはもう、戦争というより、芸術だった。
この戦闘はただの乱戦じゃない。
何百という個人が、一つの意思のもとに連携する“巨大な生き物”みたいなものだ。
俺たちは半年かけて準備してきた。
前哨戦でパターンを探り、偵察で拠点内部の構造を記録し、物資の流通と敵対ギルドの動向まで分析した。
そして今日――ついに《アスラ・コア》本体を追い詰めた。
「第七遊撃班、左右に分かれて。敵の反撃予兆あり!」
「了解、展開! 右側斜線、あけます!」
ブン、と画面内の戦場を大砲がなぎ払った。
一瞬遅れていたら、こちらの機動班は吹き飛んでいたはずだ。
「敵魔導炉、過熱限界に近いです!」
「じゃあ、叩き込め。総攻撃だ。全軍、火力集中!」
「了解ッ!」
光と火花が、画面の中央を白く染めた。
戦場のBGMがフェードアウトし、爆煙が風に流れるように揺らめく。
「……コア破壊、確認。要塞機能、完全停止」
一瞬、スピーカーの向こうが静かになった。
「……やった!」「勝ったぁああああ!!」
「しのぶ隊長、最高! マジ伝説!」
「半年の努力が……やっと……!」
言葉が、叫びが、チャット欄を埋め尽くしていく。
画面の中央には、崩れ落ちる《アスラ・コア》と共に、“VICTORY”の大きな文字が表示されていた。
俺はそっと、手を画面から離し、深く息をついた。
達成感――それだけじゃない。
これは、200人の意志をつないで掴んだ“勝利”だった。
※※※
勝利の瞬間、スピーカーの向こうがざわめいた。
「え、マジ?」「終わった……ほんとに?」「勝っちゃった……」
そのあとに続いたのは、爆発するような歓声だった。
「忍隊長マジ神! 今日の主役確定!」
「俺、正直半分諦めてた……けど、勝てたな」
「半年分の作戦ノート、捨てずにすんだわ……!」
「桜夜が提案したフェイント戦術、あれなかったら突破できてなかったよね」
「いやいや、最後の戦術切り替え、あれは忍の読みでしょ!?」
勝利に沸くチャットログと、飛び交うボイス。
それはまるで、文化祭が終わった直後の教室みたいな、熱と疲労と達成感が入り混じった空気だった。
「しのぶー、ちょっとマイク入れてくれよー。ひとこと、師団長!」
「ほら、締めのコメントまだー?」
「そろそろ泣いてもいいんだぜー?」
相変わらず、うるさい連中だ。
でも、そんな“うるさい”が、たまらなく愛しかった。
俺はマイクをオンにした。
「……みんな、お疲れ。よく戦ってくれた。ほんと、最高の戦いだった」
「うぉー! 忍が素直に褒めたー! これ録音だ録音!」
「忍隊長が褒めたら、明日雨だな! 傘持ってこ!」
笑いが起きた。ふざけてるけど、でも、その笑いの奥には、ちゃんとした信頼があった。
「隊長さ、さっきから“俺”って言ってるけど……泣いてない?」
「いや、むしろ感極まってるでしょ、今」
「……泣いてないよ」
言葉には出さなかったけど、確かに胸の奥が熱かった。
たぶん、みんなもそうだろう。勝利という結果がもたらすものは、数字やランク以上のなにかだった。
画面の中では、戦場に残った機体が次々と帰還していく。
照り返す残光。砲煙の名残。静まり返った空の色。
たしかに、これで終わったんだ。
「……あー、ちょっと飲み物とってくる」
「俺も。リアルの体、限界かも」
「うちの猫が腹空かせて扉叩いてる……」
それぞれの生活が、すこしずつ、現実に戻っていく。
でも、しばらくは、余韻に浸っていたかった。
俺たちが、“一緒にいた”という、この時間に。
次回からは、妾腹の子として生まれた忍の現実と、少しずつ戻ってくる記憶が描かれます。
彼を取り巻く人々と世界の仕組み、そして仲間との再会までの道のりを、じっくりとお楽しみください。
次回予告 01. 微笑ましい親子と、残念一家
病に伏した母と、彼女を支える幼い忍。
だがその献身的な姿とは裏腹に、本家の家族は領民にすら「残念」と陰口を叩かれていた――。