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知られざる過去

「突破口を開くには、思い切って別の行動をするしかない。」


そんな事を先輩芸人が言っていたことを思い出した。


(別の行動……か。)


俺は天井を見上げて深く息を吐いた。

もう、この状況に正攻法はない。

なにせ「永遠ループ」が確定してるんだ。なら――


「……孤児院に行ってみるか。」


思いついたのは、ライラックの記憶の奥に残っていた、あの懐かしい場所。

もうこの世界は俺の第二の人生みたいなもんだ、少しくらい寄り道してもいい。


城塞都市の外れ。

石畳を歩く靴音が、ガランと響く。

曇り空の下、見上げた孤児院は、思った以上に古びていて、壁の一部がひび割れている。

でも……どこか、やっぱり温かさがあった。


門をくぐり、玄関の木のドアをノックする。


「こんにちは」


声が少し震えたのは、寒さのせいか、それとも。


やがて扉が開くと、そこに立っていたのは――シスターだった。

シワが刻まれた優しい目が、俺を見て、ぱっと驚きに変わった。


「……ライラックじゃないの。久しぶりだね。」


その一言で、胸の奥がじんわりと熱くなった。

……もちろん、これはライラックの記憶の残滓だ。それでも、懐かしさがこみ上げる。


「覚えてくれてたんだ……。」


思わずポツリとこぼす。


俺は部屋に通され、久しぶりの孤児院の匂いを吸い込んだ。

木の机、薄暗い廊下、遠くから響く子どもたちの笑い声――全部、どこか懐かしい。


お茶を出してくれたシスターと向き合いながら、俺は自分の近況を曖昧に語った。

そして、それとなく聞き出す。


「……孤児院、最近どうなんですか?」


シスターはふっと、少し陰った目をした。


「……この孤児院はね、今年中に閉鎖されることが決まったの。

それだけじゃなくて、貧民街も……ね。あの子たちは、たぶん地下に潜るしかないでしょう。」


シスターは、窓の外で遊ぶ子どもたちをじっと見つめた。

その視線が、悲しげに揺れる。


「誰が……そんな決定を?」


声が震えそうになるのを抑えた。


「宰相よ。……本当は女王様がずっと反対してくれていたの。でも……貴族たちの猛反対に、ついに抗えなかったみたい。」


(女王……)


喉がきゅっと詰まる。


そして、ふとした気持ちで、俺は口にしていた。


「シスター。……女王様って、どんな人なんですか?」


シスターは一瞬不思議そうに俺を見て――そして、にっこり笑った。


「どんな人って……あなたをこの孤児院に連れてきてくれた、あの女の子よ。」


――ズキン。


頭の奥で、何かが破裂するような痛み。

視界がぐにゃりと揺れる。

記憶が、一気に流れ込んできた。


小さな女の子――涙ぐんだ瞳で、ぼろぼろの俺を抱きしめてくれた。

その腕の温かさ。

震える声で、「大丈夫」と言ってくれた声。


(あれが……女王だった……!?)


「ぐっ……!」


激しい吐き気が込み上げ、俺は椅子をなぎ倒すように立ち上がり、外に飛び出した。

口を押さえ、塀の影で何度も何度も吐き続ける。


「ハァ……ハァ……」


冷たい風が汗を冷やしていく。

でも、全然落ち着かない。

頭の中で、女王の無垢な笑顔と――玉座に座る、冷たく無表情な彼女の顔が、何度も何度も交互にフラッシュバックする。


(ライラック……お前、知ってたんだな……

自分を救ってくれた女の子が、女王だってこと……

そして、救わなきゃこの世界が滅ぶことも……

それが、どれほどの重圧だったか――)


胸がぎゅっと締めつけられる。

苦しくて、痛くて、涙がにじむ。


そして――

混じる、ライラックの想い。


あの子への、淡い恋心。

どこかで憧れていた。救ってくれた彼女に。


(……辛い。辛いよな……

好きな女を救えない。

しかも、自分の一番得意な“笑い”で――

それができない苦しみって……)


ガクンと膝をつき、肩が震える。


シスターが心配そうに駆け寄ってきた。


「大丈夫? 無理しちゃいけないよ。……でもね、ライラック。

女王様は、昔も今も――とても優しい人だよ。」


その言葉が、胸にズシンと響いた。


(……昔も今も――優しい。)


今まで見えていなかった“女王の人間らしさ”が、ようやくぼんやりと見えてきた気がした。


――俺は、あの人を、救わなきゃならない。


冷たい風の中、俺はしばらく膝をついたまま、ぎゅっと目を閉じていた。


俺は孤児院を出て、ふだんいかない居酒屋で情報収集することにした。


ガヤガヤとした賑わいの中で、俺は酒を片手に、何度も情報を聞き込みしていた。

地方のネタを仕入れるのは、営業の“つかみ”では鉄板だ。

この世界でも通じるかもしれない。


「へぇ、空気読めない盗人が貴族様にキレる話? ……そりゃ確かに面白いな。どこの国の話?」


「いや、それがどこの国かわからんのよ。異国の話らしいが……作り話かもな。」


一人の常連が肩をすくめる。


(異世界転生者の伝説か、それとも……?)


別の常連は、低い声で言った。


「そういえば、女王様……昔はエルフ族の姫と仲良しだったが、あの暗殺事件のせいで関係が完全に切れたらしいぞ。」


(……悲しみを抱えた、氷の女王――か。)


そしてこんな話も聞いた。

王と王妃が暗殺されて、すぐに戦争が始まった。

あの戦争で得をした人間は…

没落寸前だった武器商人アクドイ家と。

その面倒を見ていた宰相だ。

あれで莫大な利益上げただろう。という噂だ。


もしこれが本当なら…

いじりで本気でキレていたのうなづける。


噂はどれも断片的だったが、見えない糸が、じわじわと繋がり始めている気がした。




そして最後――偶然再会した、昔の役者仲間。


「あー久しぶり……最近どうよ。」


名前が出てこなかったが、このフレーズは芸人の鉄板。

先輩芸人から教わった、万能の“ごまかし”だ。


「ライラックさん、お久しぶりです。まあまあ、普通にやってますよ。」


「なにか面白い話は?」


彼は少し考えてから、ぽつりと呟いた。


「心が凍りついた人はね……その人の立場を理解し、気持ちを“整理”してやると、道が開けるって――そう聞きました。」


「なるほど……でも、それって難しいな。」


「……ええ。演劇でも難しいです。だって、お客さんにはいろんな立場の人がいますからね。」


――その言葉が、妙に心にひっかかった。


(いろんな立場の“お客様”……女王も、その一人だよな。)


俺は、じっと空のグラスを見つめた。




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