暗幕
俺は自分の部屋のベッドに腰かけ、一人考え込んでいた。
街は相変わらず賑やかだ。
うまく開き直れたお陰で、ずいぶん楽になった。
とりあえず状況を整理してみよう。
ふたたび俺は部屋にあったチラシの裏に、状況を書きだした。
・イジリもギャグもネタもウケる
・しかし女王には通じない
・そして逃げることは不可能
ということだ。
お笑い学校では、様々な笑いの手法を教わった。
使える手法はあったかな…
そう考え込む。
ふいに先生と雑談した時のことを思い出した。
「いいか…人によって笑いのツボっていうのは…違うんだ。
たとえば身内ネタは、身内にはウケるだろ。
でも全然知らない人にいったらウケるか?
ウケないだろう…
だからな…その人の立場や環境などを知るってことが重要なんだよ・
たとえば都会じゃ草刈りのネタは響かない。
でも田舎じゃ草刈りのネタは割と刺さる。
こういうのがあるんだよ」
先生はそう言っていた。
「女王の情報収集か…」
俺はそう…つぶやいた。
俺は立ち上がり、窓の外をぼんやりと眺めた。
いつもと変わらない景色。市場のざわめき、遠くから聞こえる商人の呼び声、子どもたちのはしゃぐ声。だけど、心のどこかで、俺は違和感を抱いていた。
(あの女王は……何を考えてるんだ?)
目を閉じると、あの冷たい無表情がフラッシュバックする。兵士も貴族も腹を抱えて笑う中、女王だけが決して表情を崩さなかった。
(なぜなんだ……?)
これまで俺は、「自分が面白ければ笑わせられる」と信じてきた。けど――もしかしてそれ自体が、勘違いだったのかもしれない。
「女王の情報……」
そうつぶやきながら、俺は街に繰り出した。
◆
広場は今日も人であふれていた。商人、職人、使用人……どの顔も忙しそうだが、何かを探している俺の目は、妙に鋭かったと思う。
「なあ、ちょっといいか?」
俺は、前にも情報をくれた焼き栗屋の親父に声をかけた。
「栗は一袋でいいか」
「いや……今日はちょっと違うんだ。女王様について、何か知ってることはないか?」
親父は一瞬顔を曇らせた。
「買わねーなら帰んな」
俺はお金を渡し、焼き栗を一袋買った。
「女王様の話は……あまり口にしないほうがいいぜ、坊主。」
「そこをなんとか頼む。」
少しの沈黙の後、親父は渋々口を開いた。
「……まあ、有名な話だがな。女王様はまだ若いのに、即位したときから“氷の女王”って呼ばれてた。感情を見せることがほとんどなくてな……両親を毒殺されたって噂だ。」
両親を毒殺……。
あーこの話か…胸がズキリと痛んだ。
「他には?」
「女王は幼い頃から、城の外にはほとんど出たことがないそうだ。城の中だけが、あの方の世界だってさ。」
(城の中だけが、世界……。)
その言葉が、頭の中でこだました。
親父は肩をすくめて言った。
「坊主、いいか。女王様は特別なんだ。庶民の俺たちの考えが通じる相手じゃねぇ。深入りしねぇほうがいい。」
「……ありがとう、助かった。」
◆
そのあとも、俺は何人かに話を聞いて回った。
・子どもの頃から冷静で、人前で泣いたことがない。
・即位後もほとんど誰にも心を開かない。
・趣味も、友人も、恋愛の話も一切なし。
わかったことは――“何もわからない”ということだった。
(この城塞都市の中で、一番孤独なのは……もしかして、あの人なんじゃないか?)
何かが、胸の奥でかすかに引っかかっていた。
俺はベッドに戻ると、またチラシの裏にメモを書き足した。
・両親を戦争で失った?
・幼い頃から感情を出さない
・城の外の世界を知らない
・心を開かない
「……心の中が、まるで氷みたいだな。」
けど、氷っていうのは、溶かせるものだ。
(俺は……もっと、深く知る必要がある。)
そう思いながらも、具体的な打開策は浮かばなかった。
「でも……もう一度、行くしかない。」
翌日、俺はまた謁見に向かった。
今度は、ネタの力じゃなく、“想い”で笑わせるんだ――そう決意しながら。
◆
結果は――
「退屈。」
またしても、あの無機質な声。
「処刑せよ。」
(……クソッ……まだ“外側”しか見えてなかった……!)
ギロチンの音が響く瞬間、俺は心の中で叫んだ。
(絶対に……絶対にお前を笑わせてやる!)
そして、再び暗闇に沈んでいった――。