死と絶望と脅迫
女王が亡くなった――
その知らせが流れてから、城塞都市はまるで発狂したように慌ただしくなった。
街を歩けば、どこか張り詰めた空気が漂っている。屋台はほとんど閉ざされ、人々は無言で足早に行き交い、時折、遠くで爆発音のようなものが聞こえた。
かつて賑わっていた賭場や酒場も、あれほど賑わっていたのが嘘みたいに、ぱったりと姿を消した。
「……まるで、世界が息を潜めているみたいだな。」
俺は独り言をつぶやきながら、地下への入り口に足を向けた。
地下社会の連中も、普段ならヒソヒソと賑やかに話しているのに、今日はどこかピリついている。
「今は上に出るな」
そう言い渡されただけで、誰も余計なことを口にしなかった。
(……何かが決定的に変わる。そんな気配が、皮膚の下にじわりと染み込んでくる。)
時間が経つにつれ、事態は悪化の一途をたどった。
ちらほらと耳に入ってきた噂――クーデターが、城塞都市のあちこちで勃発しているという。
街角で見かけるのは、血のついた兵士たちや、焼け焦げた建物の残骸ばかりだった。
地下で暮らす俺たちも、上から響く怒号や、悲鳴、時折聞こえる砲撃の音に、次第に眠れなくなっていった。
そして――決定的な“終わり”は、あっけなくやってきた。
エルフと獣人の連合軍が、城塞都市に対して総攻撃を仕掛けたのだ。
始まりは、どこか遠くで爆発したような音だった。
だが、時間が経つにつれてその音は際限なく大きくなり、まるで大地そのものが唸り声を上げているかのようだった。
地下の壁がビリビリと震え、天井の土がポロポロと落ちてくる。
「……もうダメだな。」
誰かが低くつぶやいたその声が、異様に冷静で逆に怖かった。
それから――
たったの3か月。
街は死に絶えた。
人間も、エルフも、獣人も――
あの戦争は、文字通り、ほとんどすべての民族を死に追いやった。
生き残ったのは、ほんの一握りの者たちだけ。地下に隠れていた俺も、もはやいつ死んでもおかしくない状況だった。
俺は……もう何も感じなくなっていた。
ただ、あの虚ろな瞳の女王の顔が、何度も何度もフラッシュバックしてくる。
「……もういいだろ。」
独り言の声が、カラカラと乾いた笑い声に変わる。
「もう……終わりで、いいよな……」
そう言いながら、俺は地下の奥で見つけた、青黒いキノコを手に取った。
こいつが、かつて孤児院の仲間を“あの世”に送った猛毒キノコだってことは、わかっていた。
だけど――もういい。
口に放り込み、無理やり噛み砕く。
苦味とえぐみが口いっぱいに広がり、喉の奥が焼けるように痛む。
意識が遠のくその瞬間、俺は最後にこうつぶやいた。
「……これで、終わりだな……」
暗闇が、全てを包み込んだ。
・・・・・・
「おい、聞こえるか。おい、君。おい、聞こえるか。おい」
「……うん。ここは… あんたは……」
そこにはただ暗闇の中に光の粒子があった。前にも見た景色だ。
「久しぶりだね。ほらこういう事なんだよ」
辺りを見渡しても一面の闇。静寂の中にただ光の粒子と、神様の声が響く。
「どういうことですか?」
なにを言っているのかわからない。
「ほら…君は女王を笑わせるのを回避しようとしただろ…だから世界が滅びたんだよ」
「はぁ???どういうことだ」
俺は思わず語気を荒げてしまった。
「あの…女王はね。
この世界のバランスを保っていたんだ。
ちなみに…
エルフにも…
獣人にも…
バランスを保つ役割がある。
だからどの種族がかけても世界は崩壊する」
「そんなこと先に言えよ!!!」
もう冷静ではいられなかった。
こんな若造に…
そんな世界の運命をゆだねるなんて…
「言っていたら?少しは上手くいっていたかい?
どうせプレッシャーでおかしくなるだろう。
君の依り代のように…」
なるほど…
そういうことか…
ライラックがおかしくなったのは
このプレッシャーのせいか…
「俺もできない…辞退します…お願いします…開放してください」
俺はなにふりかまわず、懇願した。
「いいよ。いいよ。君の代わりはいくらでもいる」
そういうと、頭のなかにリストが浮かんできた。
そのリストには自分の後輩 自分の相方 自分のライバルなどが書かれていた。そのリストはとても分厚く何百ページもあった。
大半は知らない人だが、ところどころ有名芸人もいる。
「彼らが君の代わりになるから」
俺はふたたび絶望に囚われた。
「自分が…諦めれば…彼らが…」
俺は自己犠牲という言葉が嫌いだ。
自分が犠牲になり…人を救う。
そんな生き方はまっぴらごめんだと…
そう思っていた。
しかし自分が苦しみを回避したことで…
多くの知人や…
同じ夢を持つ奴らが…
苦しむ…
それもとびっきりの恐怖を何度も味わう。
しかも大好きなことでだ。
芸人にとって…
ウケない恐怖は
潜在的な恐怖だ。
そして
人にとって…
死の恐怖は
潜在的な恐怖だ。
この恐怖が同時に来る。
そんな事に耐えれる奴がいるのだろうか…
(これは自己犠牲者じゃない…
これは自己犠牲者じゃない…
これは自己犠牲者じゃない…)
そう俺は心でつぶやいた。
「女王を笑わせたら…貴族になれるなんて…めちゃくちゃおいしいやん…
しかもやで…しっぱいしたら死んで復活するねんで…めちゃくちゃ笑えるやん…」
そう叫びながら、心はぐちゃぐちゃになっていく。
笑いの世界では、不幸なことや、とんでもない事件に巻き込まれることを
「おいしい」
という言葉で表現する。
「笑いの神様が降りてきた」
みたいな表現もする。
そこから考えると
今は…
最高に美味しい状況ともいえる。
グランプリは毎年1回しか行われない。
そして勝ち抜かないといけない。
今の状況は
死に戻りの苦痛さえ無視すれば、なんども勝負できる。
しかも勝ち抜きはない。
ミッションは一つ
女王を笑わせる事だけだ。
しかも商品は貴族の地位。
最高じゃねーか。
こんなの他の芸人には任せれない。
そうだ。
自己犠牲じゃない。
これは俺の勝ち確定の成り上がりストーリーなんだ。
そう思うと…
がぜん勇気がわいてきた。
「いくよ。神様」
「わかった。たのんだよ。あの子を…」
そういう神様の声は、どこかせつなげだった。
神様にも色々事情があるのかもな…
不覚にも俺はそう思ってしまった。
光がすっと俺を包み込み、意識が遠のく。
そうだ――もう逃げねえ。
これは俺の“ステージ”だ。
(……次こそ、女王。爆笑させてやるからな。)