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4/12

成功

また俺は自分の部屋のベッドに腰かけ、一人考え込んでいた。


街は相変わらず賑やかだ。


とりあえず状況を整理してみよう。


ふたたび俺は部屋にあったチラシの裏に、状況を書きだした。


・イジリもギャグもウケる

・しかし女王には通じない


ということだ。


お笑い学校では、様々な笑いの手法を教わった。


次に試すべきは…


「ネタ作りか…」


俺はそう…つぶやいた。


笑いというのは、即興で行うもの…

そんなイメージがあるかもしれないが―――

実際はネタを集め、ちょっとした話を作るのが一般的だ。

漫才では、このネタをコンビ同士のやり取りにして…

場を作る。


このネタのストックがどれだけあるかが…

お笑い芸人の真骨頂だ。


ネタ帳というのを聞いたことがあるかもしれない。

あれがネタのストックだ。

厳密にいえば、あれは部品

漫才になると、部品を組み合わせて、一つの作品を作っていく。


俺は小学生のころからネタ帳を書き出し、もうすでに30冊を超えていた。


しかし場所は異世界…ネタ帳はない…

しかも…

いじりは封印された。



俺は広場や街中いろんなところを歩き回った。

この国は城塞都市で。どこを見ても壁だらけ…

どことなく…

大都会の繁華街と下町を足して二で割ったような

混沌感がある。


この世界は、人間族、エルフ族、獣人族の3種族が覇権を

争っている。


人間は城塞都市に、エルフ族は森に、 獣人族は山岳地帯に住んでいる。


よくファンタジーの話では、ハーフエルフなど、人とエルフの混血、獣人と人間の混血という表現がされるが、こちらの世界では混血は不可能のようだ。


仮に混血ができるのであれば、王族同士の婚姻などで、戦争回避という手もあるのだが…


さて…

そんなわけで、この世界は常に戦争と隣り合わせだ。


なにか起こればすぐに戦争。そんな殺伐とした世界なのだ。


むろん民間レベルでは、多少の貿易や行き来などはある。


しかし完全に分断がある世界なのだ。


俺は自分でネタを考えるのもそうだが…

いろいろネタの研究もした。

グランプリで優勝したコンビのネタを聞き、それを写経した。

古典落語の鉄板ネタを写経した。

そうやって…いろいろネタを考えてきた。


ただまったくウケなかった。


この世界でウケるかどうかはわからない。


とりあえず古典落語のいくつかを

この世界にあわせてアレンジしてみた。


そしてたまたま行った酒場で披露させてもらった。


こういう酔客相手の仕事も芸人時代やったが

まー話は聞いてないので、場慣らし程度だ。


すると…

意外に、いきなりウケた。

ビックリするくらいウケた。


「兄ちゃん…お前面白いな」

そう言われ、何杯も酒をおごってもらえた。


酒場の店主も上機嫌で

「明日もまた来い」

と言ってくれた。


なるほど古典落語のアレンジは、この世界でもいけるのか…

俺はなにかを掴んだような気がした。


次に挑戦したのは、グランプリで優勝したコンビのネタを

一人芝居バージョンに替え、それをこの世界のネタに改造したものだった。

なかなかテクニカルな笑いなので、どうかなと思っていたが…


これもビックリするくらいウケた。


俺は天才じゃなかろうか?そう思うようになっていた。


次の日からは、広場やレストランなどでも披露するようにした。

あちこちで話はウケた。


そうか…そうだ。今回は6日間フルで練習し、それから本番に挑もう。

そう思い。時間が許す限り、舞台経験を積んだ。

そして最終的に自分の中の鉄板的なものが3つできた。


ただどれも他人のカバーだ。こればっかりは情けない。

でも…この笑いで成功し…貴族になったら…

自分のネタも披露しよう。

まずは人まねでもいい。テンプレートでもいい。

とりあえずウケる事だ。

そう心に言い聞かせ…6日間を乗り越えた。


すでに街では俺の事を知らないものはいない。


そう錯覚するまで知名度は上がったと思った。


そしていよいよ本番


ついにその日がやってきた。


街を歩けば、もう至るところから声がかかる。


「兄ちゃん、今日だろ! 絶対いけるって!」

「昨日のネタも最高だったぜ、女王も笑うに決まってる!」


子どもまで俺に手を振り、「がんばってー!」と声援を送ってくる。


……これだけ盛り上がってれば、そりゃ自信も湧くってもんだ。


俺は心の中でつぶやいた。


(今回はいじりなし。正面突破だ。ネタだけで勝負する。)


あの氷の女王を笑わせるには、変化球じゃなく、真正面からの笑いが必要なんだ。

俺は6日間、この異世界に合わせて改良を重ねた鉄板ネタを磨き上げた。


広場の拍手に見送られながら、俺は王宮へと向かった。


謁見室。


もう何度目だ、この光景。

玉座に座る氷の女王、取り巻く貴族たち、そして近衛騎士団。


だが、今日は違う。

俺は真正面から、笑いをぶつける。


「始めよ。」


その声を合図に、俺は深く一礼して口を開いた。


「さて――皆さま、本日は“城塞都市鉄板ネタスペシャル”をお届けします!」


場が少しざわつく。


まずは一本目。


題して――『冒険者ギルドのありがち風景』


「冒険者ギルドってさ、必ず奥に“謎に渋い老人”がいるんですよね~。

で、新人が『あの人、すごい冒険者だったんだぜ』って言うけど、結局ただの帳簿係だったりするっていう!」


クスクス、っと広がる笑い。

チラッと見た近衛たちも肩を揺らしてる。



次は二本目。


題して――『ポーションあるある』


「この国の回復ポーション、めちゃくちゃ苦いらしいんですよ。

“命の水”って言うけど、飲んだ人は毎回“もう一度死んだ方がマシだ”って言うんですよね~!

もう、味改良してから売れって話!」


ドッと笑いが広がる。

兵士たちが「わかるわかる!」と頷きながら吹き出している。


(いいぞ、流れは完璧だ。)


そして最後は、異世界版『時そば』アレンジ――『時パン』


「屋台のパン屋の親父がね、注文取るたびに“今、何時?”って聞くんですよ。

で、“4時です”って答えたら、“じゃあ4個だね!”って勝手に増やしてくんの。

おかげで腹いっぱいすぎて動けない……それ、パンじゃなくて罰ゲームですから!!」


どっと爆笑が起きた。


近衛騎士も、貴族たちも、肩を揺らして笑っている。

中には涙をぬぐっている者もいる。


俺は満足げに頷いた。


(これで勝った――間違いなく、今回は勝った!)


勝利を確信して、最後に女王の顔を見上げた。


……


冷たい。


まったく、微動だにしていない。


(……え?)


静寂の中、女王が口を開いた。


「――退屈。」


その一言が、謁見室を切り裂いた。


「処刑せよ。」


……絶句。


「ちょ、ちょっと待ってください! 皆笑ってましたよ!? 今回は“いじり”もしてません! 正統派で、完璧な構成で――!」


だが、もう遅い。


「……すまん、兄ちゃん。」

副団長が、申し訳なさそうに目を伏せながら、俺の腕をがっちり掴む。


「な、なんでだよ! こんなにウケてたのに……!」

俺はもがくが、近衛騎士たちがすぐに取り押さえてくる。


「兄ちゃん……“ウケる”のと“笑わせる”は違うんだ。」

ウケル卿が、ぽつりとつぶやいた。


ズシン、と全身から力が抜ける。


「……何それ……どういう意味だよ……」


ドカッ――!

腹に重い一撃が入る。視界が歪む。


バキッ――!

今度は背中に鈍い痛み。


(ウケるのと、笑わせるのは……違う?)


その意味を考える暇もなく、俺は殴られ続けた。


ボロボロの体で処刑場に連行され、最後に見たのは――

やっぱり、あの無表情の女王。


ギロチンの刃が、静かに降りた。


ガシャン――。


また、暗闇。


目が覚めると、天井が見えた。


「……やっぱり、またここか……」


体は無傷。けど、心の奥はヒリヒリと痛んでいた。


「……ウケるのと、笑わせるのは……違う……か……」


あの時の副団長の沈んだ顔、そしてウケル卿の言葉が、何度もリフレインする。


(どう違う? 何が違う?)


わからない。わからないからこそ、苛立ちが募る。


「クソッ……次こそ……次こそ絶対に……!」


そうつぶやきながら、俺は拳を握りしめた。


……だが、その拳は、さっきよりも少し震えていた――。



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