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模索2

また俺は自分の部屋のベッドに腰かけ、一人考え込んでいた。


俺が生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのに、街は相変わらず賑やかだ。


そりゃ当然だ。またスタート地点に戻ったのだから…


俺はふと財布の中を見てみた。


だいじょぶだ。昨日と金額は変わっていない。


どこかのRPGのように、デスペナで所持金が半額にというのはないようだ。


とりあえずだ。

とりあえず状況を整理してみよう。


ふたたび俺は部屋にあったチラシの裏に、状況を書きだした。


・ギャグはウケる

・しかし女王には通じない


ということだ。


お笑い学校では、様々な笑いの手法を教わった。


次に試すべきは…


「いじるネタか…」


俺はそう…つぶやいた。


「いいか―――

客いじりはアホでもできる!

だからな―――。

それを芸だと思うな―――

ただどうしても困ったら客をいじれ。

そうするとなんとかなる」


先生がよく言っていた。


まーいわんとすることは…わかる。


でも実際に舞台に立つと

客いじりをする芸人は多い。

芸がないのではない…

ただやはり…

とても楽なのだ。


特に客いじりが使われるのは…

”つかみ”だ。

笑いというのは、連鎖反応だ。

いったん笑いだすと…

どんなことを言ってもウケるようになる。


よく子供が箸が転がっても笑うように…

いったんウケると…

とことんウケる。


こういった状況を容易に作り出すのが

客いじりなのだ。


とりあえず…


プライドは封印しよう。


方向性は決まった。


客いじりで行こう。俺はそう決めた。


そうと決まったら、次にすることは決まっている。

貴族や近衛騎士などのウワサ話を集める事だ。



俺は広場に向かった。


ここは人と情報が集まる場所。

屋台が立ち並び、行商人、使用人、下働き、怪しい情報屋……とにかく多種多様な人間が行き交っている。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」


俺はまず、露店で焼き栗を売っていた親父に声をかけた。

客が途切れたタイミングを見計らって、そっと小声で切り出す。


「この辺で、王宮の面白いウワサ話とかない?」


親父は一瞬目を細め、ふっと鼻で笑った。


「……兄ちゃん、命が惜しくないのか?」


「ま、まあ一応事情があってさ」


「フン、なら……そうだな。あの近衛騎士の副団長、実は大の虫嫌いでな。

この前も鎧の中にゴキブリが入り込んで、泣きながら剣を投げ出したって話だ」


おお、それはなかなか美味しい話じゃないか。


「ありがとう、助かる!」


礼を言って、次は洗濯物を干していた女中二人に声をかけた。


「ねえ、王宮の噂話とか、ちょっと教えてもらえない?」


女中たちは最初は怪訝な顔をしていたが、「お笑いのネタに使うんだ」と言うと顔を見合わせ、にやにやと笑い出した。


「じゃあ教えるわ。あの若い貴族のウケル様ね、

実は大のマザコンで、城の外出るときもいつもお母様の形見のぬいぐるみを懐に忍ばせてるの」


「それから、それから!」

もう一人が乗り出してくる。


「宰相様は、夜な夜な酒場に変装して出入りしてるらしいの。しかも“踊り子のお姉さん”に化けて!」


濃い。こっちの世界、意外と闇が深いな。


「ありがとう!めっちゃ助かった!」


情報をメモして歩いていると、

道端で酒を飲んでいた初老の男が、ひゅっと俺を呼び止めた。


「おい、坊主。お前、王宮の噂探してんだろ。ひとつ、強烈なのを教えてやる」


「な、なに?」


「先代の王様は、宰相に殺されたらしい……」


「え?」


「表面上は、エルフ族の呪いと言われているが……毒を盛られたんだとさ」


冷たい汗が背中を伝った。

……なにそれ、どういうこと?


「ま、信じるか信じないかはお前次第だがな」


そう言って男はグラスを煽り、再び一人の世界に戻った。



……とにかく、材料は揃った。

これだけあれば、いじりネタの宝庫だ。


俺は拳を握りしめた。


「よし……次こそ、笑わせてやる」


そう決意して、王宮への道を見上げた。




そして、いよいよ謁見の日。


俺は、胸にメモをしっかりと忍ばせて、王宮の謁見室に入った。

目の前には、あの氷の女王。玉座に冷たく座り、今日もまた無表情だ。


その周囲を囲むのは、そう……あの時ウワサに出てきた連中。


副団長、ウケル卿、そして宰相。

皆、今日もピンと背筋を伸ばして女王を護っている。


俺は深呼吸した。


(よし、いくぞ……今日は"いじり"で決める)


「それでは始めよ」と声がかかる。


まずはつかみ。


「皆さま、こんにちは! さてさて……

この国一番の勇者、副団長~~! ……おや? 今日は虫はいませんよね? 大丈夫ですか~?」


……クスクスッ。

近衛たちの間に、早くも笑いが広がる。副団長はピクッと顔をひきつらせた。


続けて。


「それから、ウケル卿! いや~お母さま思いで素晴らしい! ぬいぐるみは今日は……どちらのポケットですか?」


ドッと小さな笑いが起きる。ウケル卿が無理やり笑顔を作りながら目をそらす。


(いいぞ、反応は上々だ)


さらに畳み掛ける。


「そして、我らが宰相様! ええと……今夜も酒場で、"踊り子の姉さん"やっちゃいます? いや~その美脚に俺も惚れそうですわ!」


一瞬、空気が張り詰まった後――

会場は爆発したような笑いに包まれた。


(よし、これで流れは完璧……!)


女王の顔を見る。……動かない。やっぱり氷のままだ。


だが俺は勝負に出た。

あの"最終兵器"を。


「そして、最後に……これはさすがに禁断かな……。

でも言っちゃいますか。えーと……先代の王様が亡くなった原因、実はエルフ族じゃなくて――」


その瞬間。謁見室の空気が、一瞬で凍り付いた。


近衛たちの顔が、みるみる血の気を失っていく。

貴族全員が、無表情でこちらを睨みつけた。


……あ、やっちまった。



「他者を貶めての笑い。私は、好きではない。


―――処刑せよ。」


女王の、いつもと変わらない無機質な声が響く。


その瞬間――


「その役目、わたくしめに!」


副団長が、一歩前に出た。目が血走っている。


「いや、わたくしめが!」


「私がやらせてください!」


怒涛の勢いで、処刑役を名乗り出る声が続々と上がる。

見れば、皆……俺がいじり倒したあの連中だった。


(あ、これ……完全に恨み買ったな……)


次の瞬間、俺は取り押さえられた。


「ちょ、ちょっと待って話せばわか――」


ドガッ!バキッ!


有無を言わさず、顔面に拳。腹に蹴り。鼻血が吹き出し、骨がきしむ。


「もうやめ……ギャー!」


完全にフルボッコだ。

ボロ雑巾のように殴り倒された俺は、ズルズルと引きずられていった。


最後に見えたのは、遠ざかる女王の冷たい瞳。


処刑場に引きずられる途中、

あの副団長が耳元で囁いた。


「……次に虫の話をしたら、笑いじゃ済ませねぇからな。」


もう一発、腹に蹴りが入る。


俺は朦朧としながら思った。

(……いや、これもう十分すぎる罰なんだけどな……)


そして――ギロチンが落ちた。


鈍い音が響き、俺の世界は真っ暗になった。


気が付くと、またベッドの上にいた。


「……ははっ……マジかよ……」

血の味を思い出しながら、俺は天井を見上げた。


「もう一回、いくしか……ないよな……」


拳を握りしめる手が、まだ少し震えていた。


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