9万8,000円 これが俺が芸人として稼いだ全てだ
1舞台500円。それが俺のギャラだ。
交通費? もちろんそんなものはない。
先月の収入は2,000円。
去年の総額は2万円。
芸歴5年、積み上げた総額は……9万8,000円。
あと2,000円で、ようやく大台の10万円に届く。
芸人の先輩は言っていた。
「10万円の大台を超えると、なにかが変わるぞ」
でも、それはきっと――
月10万円って意味なんだろう。
……怖くて、聞けなかった。
そんな俺は、相方と動画配信を始めた。
視聴者が増えれば、広告収入が得られるらしい。
でも、全然増えない。
動画配信者兼・売れないお笑い芸人。
考えつくのは、ただひとつ。
「どこまで過激にできるか?」
だが、過激にやれば――BANのリスクがちらつく。
うーん…どうすればいいのか…
そう思いながら、コンビニのバイト帰りに
公園を歩いていると、あちらこちらにキノコが見える。
えっこんなところにキノコが生えているんだ。
数分間キノコを見続けていると
これを食べたらウケるんじゃね?
という気持ちが沸き上がってきた。
さっそくキノコを取り、相方を呼び
アパートで動画を撮りはじめる。
タイトルは『公園のキノコたべちゃいました』
なかなかキャッチ―なタイトルだろう。
これでチャンネル登録者が100人を超えてくれたらいいな。
そんな野望を俺は抱いていた。
キノコはバター炒めにした。
もちろん普段はバターなんて高級食材は使わない。
今日は人生をかけた特別な企画なのでバターを使った。
その時点の俺のこの企画への意気込みが伝わるだろう。
撮影がはじまり、俺はガスをつけ、はがれきったテフロンのフライパンに
薄くきった謎のキノコとバターを入れ炒めだした。
そして塩とコショウを振り、頂くことに。
もちろん「いただきます」と言った。
正直味は期待していなかったが、美味い。
俺は勢いよく全部のキノコをたいらげた。
相方も満足げで、これはバズるよと笑顔で言ってくれた。
編集するからと、相方は自転車で自分のアパートへ帰っていった。
公園のキノコを食べた動画――
これで俺たちの人生、少しは動き出すはずだった。
……あの時までは、そう思っていた。
それから5時間後
俺はICUにいた。
あー俺死ぬのかな?
あれ…救急車呼んだ?
俺…病院代払えるのかな…
あれ…もうこれ詰んでね…
遠くで俺を呼ぶ声がする。
あーもう眠たいや…
寝不足でしかも昼ごはん明けの授業の時のように
完全に意識は消失した。
「おい、聞こえるか。おい、君。おい、聞こえるか。おい」
「……うん。ここは… あんたは……」
そこにはただ暗闇の中に光の粒子があった。まばゆく、そしてどこか懐かしい。
「私かい? 私は神様だよ。うっかりとはいえ、ずいぶん不本意な死に方だったようだね」
辺りを見渡しても一面の闇。静寂の中にただ光の粒子と、神様の声が響く。
「それで…ま…突然なんだけど…君は死んだんだよ」
なにを言っているのかわからない。
「なんでやねん!」
とつっこもうとするが、手がない…
ふ…手がない???
ここでようやく死んだというのが、神様のボケではないことに気が付く。
あーそうか。あのキノコか…
俺は死の原因をようやく理解した。
よく地縛霊は自分が死んだことを理解していないというが、まさにこういうことなのだろう。
「それで…いいかな?」
「はい…どうぞ」
「で…君は転生するんだけど」
「えーっと僕は…イケメンで女性にもてて、闇魔法とか使える勇者がいいです」
と希望を伝えた。
「いや。。。あのね…申し訳ないけど、それは上級の神様にしかムリなんだよね」
「はぁ…」
いやちょっとテンション上がったのに…超下がるんですけど
そう思っていると
「でね。君には…。女王様を笑わせるというクエストをしてもらう。
それができたら…。貴族になれるので、一生安泰だよ」
「あっ笑わせるだけで…貴族ですか。めちゃいいじゃないですか。よしやります」
「そっかありがとう…といっても強制なんだけどね」
……え?
「っで前任がピエロだったんで、その人を依り代に転生するから…じゃあね」
とそれだけ言って光は消えた。
気が付くと、俺は知らないベッドに横たわっていた。
雰囲気からして、中世ヨーロッパっぽい。どうやら転生は本当にしたらしい。
ズキン……
頭が痛い。記憶が、流れ込んでくる。
これは依り代だったライラックという人物の記憶だ。
あまりにも気持ち悪くて、何度も吐いた。
自分の中に他人の記憶が入ってくる――これは、二日酔いの5倍は不快だった。
どうやら俺の依り代ライラックは戦争孤児で、孤児院に入り、その後サーカス団に拾われピエロをやっていたらしい、18歳になり、女王を笑わせる仕事を命じられ、失敗して処刑された。
「はぁ?処刑」
俺は意味がわからなかった。
しかしギロチン台に連れていかれる恐怖。
ギロチンが落ちた瞬間の衝撃が首筋に感覚として残っている。
血の気が引く。足が震える。思わず首元を押さえてしまう。
……これは現実だ。いや、現実だった。
しかも3回。そして3回目に頭がおかしくなって、動けなくなった。
あっそうか…俺はこの代わりなんだ。
もう絶望しか感じなかった。
次回作は2025年05月26日 21時20分 の予定
以降毎日21時20分に更新します